腹腔内感染症において血液培養で検出されなくても抗菌薬でカバーすべき菌はなにか
序論:急性胆嚢炎により腹腔内膿瘍を起こしたが、血液培養陰性で腹水からS. anginosusのみ検出された患者を担当し、抗菌薬選択において検出された菌以外にも原因菌を想定して抗菌薬投与を行うべきではと考えたので、上記のようにテーマを設定した。今回は、担当患者の症例に準拠し、続発性の腹腔内感染症に特に着目して考察していく。
本論:ドイツの20の病院において1999年1月〜2001年9月に市中感染性続発性腹膜炎に対して手術を必要とする425人の患者のその後の転帰を6521の入院日にわたり追跡した論文によると、初期の経験的非経口抗菌薬投与が適切であった患者(371人)は不適切な抗菌薬投与を受けた患者(54人)に比べて臨床的成功(:初回手術後の初期治療、step downされた治療によって、追加の抗菌薬投与が必要ない。外科医の技術的問題とは関係なく再手術が必要ない。患者が死亡していない。)が得られた上に、入院日数も短縮できたことが示されてあった。不適切な初期治療群での臨床的成功が53.4%(95%CI:41.1~69.3)、入院日数19.8日(95%CI:17.3~22.3)であったのに対して、適切な初期治療での臨床的成功は78.6%(95%CI:73.6~83.9)、入院日数13.9日(95%CI:13.1~14.7)であった。不適切な初期の抗菌薬投与とは、培養で同定された細菌全てがカバーされていない、または培養で同定されていない好気性菌、嫌気性菌の両方をカバーしていない抗菌薬の使用のことである。この調査は、患者の年齢、性別、併存症などの交絡因子について調整された重回帰分析が用いられていた。(4)
では、血液培養(以下BC)で偽陰性になりやすい菌にはどのようなものがあるかについてだが、採血とBCパフォーマンスに関して臨床的および技術的問題について論じている文献では、プレインキュベーション温度や時間についても言及されていたが、レンサ球菌、カンジダ属、シュードモナス属の培養では偽陰性率が高かったとしていた。(5) また、嫌気性菌が関与する感染症についての総説によると、嫌気性菌血症は血液培養陽性検体の0.5%~13%であるとされ、臨床医が経験的治療で選択していた抗菌薬が原因菌であった嫌気性菌をカバーできていないことは患者の死亡率を有意にあげることが示されていた。(7)
結語:腹腔内感染症は正常な解剖学的バリアの破綻によって生じ、原因が何であれ、定型的に腹膜炎の経過が進行し、2段階目として膿瘍が形成される。続発性の腹腔内感染の病原体は、ほとんど常に通性Gram陰性桿菌と嫌気性菌が大部分を占める混合細菌叢を構成している。腹腔内感染症に対して、好気性菌に対してのみ治療を行い嫌気性菌に対して治療を行わないでいると、腹腔内膿瘍を形成しやすい。腹腔内感染症に対する経験的治療にはGram陰性好気性菌、通性菌、嫌気性菌に効果のある薬物を使用する必要がある。(1)起因菌の一部である嫌気性菌は培養結果に表現されてこないことが多く、培養の結果に関わらず、嫌気性菌をカバーできる薬物を用いるべきである。(2)また、以前に抗菌薬で治療されたことがある場合、緑膿菌および他の薬剤耐性菌などの院内病原体を含んでいる可能性が高く、そしてまた、外科領域の感染症に占めるCandidaの重要性も増しているよう(3)で、患者の既往歴、治療歴も抗菌薬選択に関与していると考えられる。
市中感染による腹腔内感染症であれば、腹膜炎の原因菌が容易に予測できるため、有効な広域抗菌薬が施されることで、臨床転帰に細菌学的培養が影響するかについて疑問が持たれている。(6)
つまり、腹腔内感染症は複数感染が主であるため、血液培養で検出されていない菌、特に嫌気性菌も考慮して広域抗菌薬投与がなされるべきであり、また、患者の状態に合わせて、Candidaや緑膿菌なども想定して治療していかなければならないと考えた。
参考資料
(1)ハリソン内科学第5版
(2)レジデントのための感染症診療マニュアル第3版
(3)UP To Date ,”Antimicrobial approach to intra-abdominal infections in adults”
(4) K. Krobot,et al,” Effect of inappropriate initial empiric antibiotic therapy on outcome of patients with community-acquired intra-abdominal infections requiring surgery” European Journal of Clinical Microbiology and Infectious Diseases,September 2004, Volume 23, Issue 9, pp 682–687
(5)Brigitte Lamy, et al,” How to Optimize the Use of Blood Cultures for the Diagnosis of Bloodstream Infections? A State-of-the Art”, frontiers in Microbiology, 2016; 7: 697.
(6)IDSA GUIDELINES, Diagnosis and Management of Complicated Intra-abdominal Infection in Adults and Children: Guidelines by the Surgical Infection Society
and the Infectious Diseases Society of America, Complicated Intra-abdominal Infection Guidelines • CID 2010:50 (15 January)
(7) Kunitomo WATANABE, “Topics on Anaerobic Bacteria and Anaerobic Infection “J.J.A. Inf. D. 80:76~83, 2006
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