注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
背部痛へのアプローチ
プライマリケア診療でみられる背部痛の97%は、非進行性であったり生命を脅かしたりしない機械的(非特異的)原因によるものである。しかし、ときには重篤な背部痛(筋骨格構造の障害、全身疾患、内臓疾患など)がみられるために、これらを鑑別することが臨床上重要となる。
◆外傷・先天奇形
背部痛の原因となる明らかな事象(重い荷物の運搬、交通事故、転落など)が認められる場合は、脊椎の骨折または脱臼の可能性を考える。軽度の損傷では、捻挫と挫傷や機械的刺激による筋痙攣が起こり、腰痛として出現することがほとんどで、自然軽快する。重度の外傷では椎骨骨折が起こり、神経障害を引き起こすことが多いため、早期の手術が必要となる。腰椎の先天奇形疾患である脊椎分離症、脊椎すべり症、後側弯症、潜在二分脊椎、係留脊髄症候群などのうち、重度の脊椎すべり症や係留脊髄症候群では馬尾症候群が起こる場合がある。
◆椎間板疾患・変性疾患
坐骨神経痛や神経学的異常所見が認められた場合は椎間板ヘルニアを疑い、保存的治療を行うか、硬膜外麻酔や手術を考慮する場合はCTまたはMRIを実施する。開脚歩行、座位での疼痛消失がみられる場合は脊柱管狭窄症を疑い、MRIを実施する。尿閉や尿失禁などの膀胱障害、下肢筋力低下、感覚鈍麻がみられた場合は、馬尾症候群や脊髄圧迫の可能性が高いため、迅速な画像検査(MRIなど)と除圧を行うべきである。
◆関節炎
若年発症(40歳以下の男性に好発)で、運動での背部痛改善や可動域制限がみられる場合は強直性脊椎炎を疑う。関節が硬直して骨粗鬆症をきたすことで疲労骨折を起こすと、馬尾症候群や脊髄圧迫をきたすこともある。Reiter症候群、乾癬性関節炎、慢性炎症性腸疾患なども同様に可動域制限を伴う。
◆腫瘍
年齢が50歳以上で、保存的治療が1ヶ月以上無効であり、癌の既往歴や原因不明の体重減少がみられる場合は、悪性腫瘍の椎骨転移を強く疑い、脊椎X線およびMRIを実施すべきである。椎骨転移は転移性癌(乳房、肺、前立腺、甲状腺、腎臓、胃腸管)、骨髄腫、Hodgkinリンパ腫、非Hodgkinリンパ腫によるものが多く、多くは胸椎に浸潤するが、前立腺癌は腰椎に浸潤することが多い。
◆感染と炎症
発熱、静注薬物使用、免疫抑制、感染症(特に肺・皮膚・尿路)、人工器具装着の既往がある場合は脊髄硬膜外膿瘍や椎骨骨髄炎などの感染症を疑い、MRIや血液培養によって、病変の部位や起炎菌の同定(ブドウ球菌が多い)を実施すべきである。硬膜外膿瘍では体動や触診で増悪する背部痛や発熱を伴い、神経学的症状がみられることもある。骨髄炎では絶え間ない背部痛や病巣部の脊椎圧痛がよくみられる。また化膿性骨髄炎をみたら常に、細菌性心内膜炎も考えるべきである。
◆代謝疾患
骨粗鬆症の危険因子(年齢が70歳以上、ステロイド使用歴など)が存在する場合は、骨粗鬆症性圧迫骨折を疑い、脊椎X線やMRIを実施すべきである。骨硬化症は多くがPaget病によるもので、X線検査で容易に見つかることが多い。
◆内臓病変関連痛
背部痛以外に、胸部、腹部の臓器障害症状(呼吸困難・腹痛・血尿など)が認められる場合は、内臓病変による関連痛としての背部痛を考える。その場合は主に背部痛以外の症状で鑑別を行う。ただし、背部痛以外の症状が明確に認められない可能性のある重篤な疾患としては、大動脈解離や腹部大動脈瘤などの大動脈疾患と、急性膵炎などの膵臓疾患が挙げられる。急性膵炎は突然の腹部または背部の激痛を訴え、持続する悪心、嘔吐、発熱、頻脈などを呈する場合に診断を考慮し、血液検査で血清アミラーゼとリパーゼの両方または一方の3倍以上の上昇によって確定する。大動脈解離は胸部前面あるいは背部に限局した突然の激痛ではじまり、血管系合併症(失神、脳卒中、心筋虚血)や、大動脈弁逆流による心不全が併発することもある。身体診察では上肢血圧の左右差があり、胸部X線では縦隔拡大がみられることがある(特に上行大動脈に多い)。腹部大動脈瘤は高齢喫煙男性に多く、拍動性腫瘤や血圧低下がみられることがある。腹部大動脈瘤を疑う場合は、腹部超音波、CTまたはMRIで評価する必要がある。消化性潰瘍または腫瘍は、後腹膜に病変が広がった場合に背部痛を生じる。泌尿器性の背部痛の原因としては前立腺炎、前立腺癌の脊椎転移、腎臓や尿管の疾患などがある。子宮内膜症や子宮癌が子宮仙骨靭帯まで浸潤した場合でも背部痛が認められる。また、月経痛が仙骨部に感じられることもあり、妊娠末期では一側または両側の大腿部に放散する腰痛がよくみられる。
◆皮膚疾患
疼痛部位に発疹がみられた場合は皮膚疾患も考慮に入れなければならない。特に帯状疱疹は発症48~72時間前に前兆として疼痛が出現することもあり、後に発赤を伴った斑状丘疹が急速に水疱疹に変化するため注意が必要となる。
◆精神疾患
慢性背部痛を訴える患者で精神疾患(うつ病、不安障害、薬物乱用)や、発症に先行する小児期外傷(身体的・性的虐待)が認められる場合は、詐病、薬物乱用、慢性不安状態またはうつ病などを疑い、心理学的評価を行う。
参考文献:ハリソン内科学第3版、Symptom To Diagnosis 第2版、Up To Date: Approach to the diagnosis and evaluation of low back pain in adults
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