注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
女性における高コレステロールの管理
2002年に発表され世界的に影響を持つコレステロール診療ガイドラインとしてNational cholesterol education program – Adult Treatment Panel Ⅲ(NCEP ATPⅢ)が利用されてきたが、今年11月米国心臓協会(AHA)と米国心臓病学会(ACC)から新たなガイドラインである2013 ACC/AHA Blood Cholesterol Guidelineが発表された。従来リスクの評価に用いられていたFraminghamリスクスコアに代わる新たな動脈硬化性心血管疾患イベント10年のリスク予測式が記載され、20歳~59歳の若年者におけるリスクを重視したものとなった。また、これまでの臨床試験結果よりスタチンによる絶対的なリスク軽減が指摘され、コレステロール降下によるリスク減少を最も享受しうる患者群として、(1)心血管疾患の既往 (2)LDL-C値≧190mg/dL (3)40~75歳の2型糖尿病 (4)10年後の心血管疾患イベントリスク予測値≧7.5% 以上の4グループを同定し、患者がいずれかに該当する場合には中等度または高度のスタチン服用を推奨している。性差による診断や治療の差は指摘されていない。
一般的に女性の血中脂質の特徴として、LDL-Cは男性より低いが閉経後に男性を上回り、HDL-Cは終生男性を上回っているが年齢が高くなると性差が少なくなるといったことがある。ランダム化比較試験でエストロゲン療法による血漿中のLDL-C低下とHDL-Cの上昇が示されており(それぞれ10~15%(1))、上記はエストロゲンの影響による差であると考えられている。
女性における冠動脈疾患の発生は男性より低いものの、閉経後の女性では急激に増加する。また冠動脈疾患の死亡率は男性より女性の方が高く、年齢の増加がそれらの一因を担っていると考えられる。閉経そのものが冠動脈疾患の発生に及ぼす影響についてはまだ明らかでなく、心血管疾患に対する一次予防・二次予防としての閉経後ホルモン療法の有効性は臨床試験では証明されておらず、早期の心血管リスクの増加が示唆される臨床試験がある(5~6年のエストロゲン-プロゲスチン併用療法で冠動脈疾患24%、脳卒中31%増加(1))。しかしながら、観察研究や動物実験のデータから、これらのホルモン療法と冠動脈疾患との関連には、エストロゲンは初期段階の動脈硬化の進展を遅らせるが進行した動脈硬化には悪影響を及ぼす可能性、つまりホルモン療法を開始するタイミングが影響を及ぼしている可能性があることが示唆されている。(1)
女性において、冠動脈疾患に対するリスクファクターとしての脂質異常症は男性と比べてやや異なる点がある。女性では高LDL-Cより低HDL-Cのほうが冠動脈リスクの予測により有用であること、リポ蛋白(a)が閉経前の女性および閉経後で66歳以下の女性の冠動脈疾患を決定づける因子であるということ(それぞれオッズ比5.1、2.4(2))、総コレステロール濃度は閉経前の女性または非常に高いレベル(>265mg/dL)でない限り冠動脈疾患との相関関係はなさそうであること(2)(3)、トリグリセリドは特に400mg/dLを超えるレベルで高齢女性の冠動脈リスクを左右しそうであること(4)(5)(6)などである。はじめ健康であった45歳以上の女性15600人以上を対象に10年以上フォローしていた女性の健康試験の前向き分析では、種々の脂質値のうち最も心血管イベントを予見するのに有用であったのは総コレステロール/HDL-C比であった。(4)(5)(7)リポ蛋白(a)やアポリポ蛋白B・A-1値は冠動脈疾患の若年発症(60歳未満)の既往があり、標準の検査結果が正常である女性では測定することが推奨されている。
全ての女性に対して、心血管疾患の一次予防を目的とした高コレステロール血症の治療を行う。女性のみでの一次予防についての前向き試験の臨床試験はまだないが、ハイリスクの女性には男性と同じように治療することが多い。女性を含んだ臨床試験のメタアナリシスでは、脂質異常症に対する薬剤の、脂質値や冠動脈疾患イベントの減少への影響は男性と同程度であった。日本人におけるスタチンの有効性を検討したMEGA 試験のサブ解析では女性においてもスタチンの介入で冠動脈疾患のリスクが低下し、特に60歳以上で冠動脈疾患、脳梗塞のリスクが有意に低下している。また、Framinghamリスクスコア>20%、確立した心血管疾患の既往、その他の血管疾患の既往、糖尿病、慢性腎疾患などの高リスクを持つ女性に対しては、二次予防を目的とした高コレステロール血症の治療を行う。女性のスタチンによる治療の恩恵は男性と同等かそれ以上であるとする臨床研究が多数ある。心筋梗塞または狭心症のある827人の女性を含む4S試験(the Scandinavian Simvastatin Survival Study)では、シンバスタチンを投与された女性は総コレステロール・LDL-C、主要な冠動脈イベント、血行再建の必要性が男性と同程度に減少した(30%、34%、49%)。女性における冠動脈疾患による死亡率との相関については、死亡数が少なく評価できなかった。高コレステロールのない心筋梗塞後の女性にプラバスタチンを投与するCARE試験では、男性に比べ女性は著明に主要な心臓血管イベントの減少がみられた(46% VS 20 %)。ただし多くの臨床試験では平均年齢50~60歳と高齢であり、若年女性に対する加療に関する前向き試験のデータは不足している。
女性における心血管疾患のリスクファクターとして喫煙、糖尿病、高血圧が特に重要であり、これらを満たさないような高コレステロールの女性患者、特に閉経前の若年患者に対しては、まずフルーツ・野菜・全粒穀物・低脂肪乳製品・豆類・魚・家禽・ナッツを摂取し、糖・糖加飲料・レッドミートを少なくするといった、いわゆるDASHやMediterranean dietに沿った食事指導および運動指導をするべきである。また、閉経後早期で動脈硬化の進展していない患者に対してはホルモン療法が有効であるかもしれない。ハイリスクな高齢患者に対してはスタチンによるLDL-C低下療法を施行するべきであると考える。
【参考】
“Daterminants and management of cardiovascular risk in women”Pamela S Douglas,Athena Poppas.
“A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines2013 ACC/AHA guideline on the treatment of blood cholesterol to reduce atherosclerotic cardiovascular risk in adults”J Am Coll Cardiol.
(1)ハリソン内科学 2337ページ
(2) Orth-Gomér K, Mittleman MA, Schenck-Gustafsson K, et al. Lipoprotein(a) as a determinant of coronary heart disease in young women. Circulation 1997; 95:329.
(3) Grundy SM. Guidelines for cholesterol management: recommendations of the National Cholesterol Education Program's Adult Treatment Panel II. Heart Dis Stroke 1994; 3:123
(4) Rich-Edwards JW, Manson JE, Hennekens CH, Buring JE. The primary prevention of coronary heart disease in women. N Engl J Med 1995; 332:1758.
(5) Miller VT. Lipids, lipoproteins, women and cardiovascular disease. Atherosclerosis 1994; 108 Suppl:S73.
(6) Criqui MH, Heiss G, Cohn R, et al. Plasma triglyceride level and mortality from coronary heart disease. N Engl J Med 1993; 328:1220.
(7) Ridker PM, Rifai N, Cook NR, et al. Non-HDL cholesterol, apolipoproteins A-I and B100, standard lipid measures, lipid ratios, and CRP as risk factors for cardiovascular disease in women. JAMA 2005; 294:326.
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