注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
感染性心内膜炎に対する抗血小板療法は有用であるか
感染性心内膜炎(Infective Endocarditis; IE)とは、弁膜や心内膜、大血管内膜に細菌や真菌、ウイルスなどの感染性微生物を含む疣贅を形成し、菌血症や血管塞栓、心臓弁膜の炎症性破壊など多彩な症状を呈する全身性敗血症性疾患である(1)。塞栓症は高頻度に生じるIEの合併症であり、IE患者の20-50%に見られる。特に塞栓の形成部位によって脾循環や肺循環、脳循環に影響を与え、死亡率を上昇させる。抗菌薬治療を開始した始めの2週間において塞栓症の危険性は最も高くなる (2)。このような血栓症を予防するために、抗凝固療法、特にアスピリンに代表される抗血小板療法の有用性について調べてみた。
AHAガイドライン(3)では、機械弁の患者についてはIEの診断後も抗凝固療法の継続を勧めているが、中枢神経系への塞栓症が生じた場合、抗菌薬投与を始めた最初の2週間は、すべての抗凝固療法を中止すべきとされている。この2週間は臓器に血栓を生じやすく、またその血栓性病変の出血性変性が起こりやすい為である。しかし、IEの抗凝固療法の有用性には確固としたエビデンスは未だ存在しておらず、その有用性については議論の対象になっている。
J. Pepinら(4) はIE発症以前より継続して抗血小板療法を行っていた患者75人を含むIE患者241人を対照とした後ろ向き研究を1991年から2006年の期間で行い、診断から90日以内の死亡率と全身の塞栓症の進行について調査を行った。期間中71人(29.5%) が死亡したが、弁置換術後患者群 (OR 0.28, 95%CI 0.09-0.84)とIE発症以前より継続して抗血小板療法を行っていた患者群(OR 0.27, 95%CI 0.11-0.64)において死亡率が低かった。しかし、入院後に抗血小板療法を開始した患者群では、死亡率が低くなるということに統計学的有意差を認めなかった(OR 0.29, 95%CI 0.08-1.13)。また、塞栓症の発症率に関しては、IE発症以前より継続していた場合(OR 0.63, 95%CI 0.31-1.26)、発症後に開始した場合(OR 2.40, 95%CI 0.94-6.13)のいずれも抗血小板療法を行わなかった場合と比べて有意な差はみられなかった。
Kwan-Leungら(5)の研究では、IE患者115人をランダムに経口アスピリン325mg/day 投与群60人と経口プラセボ投与群55人との2群に分類し、アスピリンが塞栓症発生率を低下させるかについて二重盲検化したランダム化比較試験を行った。しかし、塞栓症の発生率はアスピリン治療群とプラセボ群において有意差は認めなかった(28.3% vs. 20.0%, OR 1.62, 95%CI 0.68-3.86, p=0.29)。出血の発生率は、アスピリン群の方が多かったが統計学的有意差は認めなかった(28.8% vs. 14.5%, OR 1.92, 95%CI 0.76-4.86, p=0.075)。 また入院中における死亡率についても有意な差は認めなかった(6.7% vs. 10.9%, OR 0.58, 95%CI 0.16-2.19, p=0.516)。
以上より、IE患者に対する抗血小板療法は、IE発症以前より行われていた場合には死亡率を下げる。しかし、発症した後の抗血小板療法を始めることは塞栓症を予防できないだけではなく、統計学的な有意差はなかったものの出血のリスクを増加させる可能性があり、進んで用いるべきではないといえる。
(1) Guidelines for the Prevention and Treatment of Infective Endocarditis, JCS 2008
(2) Gilbert Habib et al. 2015 ESC Guidelines for the management of infective endocarditis, European Heart Journal Advance Access, August 29, 2015
(3) Infective Endocarditis, American Heart Association, Circulation June 14, 2005
(4) J. Pepin et al. Chronic antiplatelet therapy and mortality among patients with infective endocarditis, Clin Microbiol Infect 2009; 15: 193-199
(5) Kwan-Leung Chan et al. A Randomized Trial of Aspirin on the Risk of Embolic Events in Patients With Infective Endocarditis. J Am Coll Cardiol, 2003;42:775–80
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