注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
アンピシリンが緑膿菌に効く可能性は本当にないのか
院内で肺炎を発症した際、緑膿菌の関与を疑った場合はPIPC/TAZやCFPMを用いることがガイドラインでは推奨されている。逆に緑膿菌のカバーが不要であるということで通常型の誤嚥性肺炎ではABPC/SBTが第一選択とされており、本邦では最も頻用されている。1)
このように緑膿菌に対してはアンピシリンが無効であるとされているが、その理由を考えてみる。そもそもβラクタム剤が効果を発揮するには防御的外膜上に存在するポーリンを通過した後、ペニシリン結合蛋白に結合して細胞壁合成を阻害する必要がある。アンピシリンは疎水性であるためポーリンを通過できず、緑膿菌に効くことは不可能である。2)3)そこで緑膿菌の外膜になんらかの異常が生じればアンピシリンが緑膿菌に効く可能性があると考えた。
Kang-Mu Leeらの実験の結果、外膜の集合蛋白と脂肪酸合成酵素をコードする遺伝子であるbamBに変異がある緑膿菌はアンピシリンに反応することが判明した。4)この実験ではプロトタイプの緑膿菌(PAO1)とbamBに変異がある菌ΔbamB、fabYに変異があるΔfabYにおける抗菌薬への感受性を比較していた。比較には細胞壁をターゲットとするバンコマイシン、セフトリアキソン、アンピシリン及び蛋白合成を阻害するトブラマイシン、DNAの複製を阻害するシプロフロキサシンの5種類の抗菌薬が用いられた。それぞれの抗菌薬をLB培地下で緑膿菌に投与し16時間後に残ったコロニー数を数え、コントロール群と比較された。その結果、PAO1にはいずれの抗菌薬にも効果がないか僅かに反応する程度であった。一方でΔbamBはバンコマイシン、セフトリアキソン、アンピシリンへの耐性を完全に失っていた。ΔfabYは同じ処理を行ったところ、100~1,000のコロニーが抗菌薬に反応して死滅していた。トブラマイシン、シプロフロキサシンを投与した群に関してはΔbamB、ΔfabY共にそれほどコロニーの減少が見られなかった。
以上のことから基礎レベルのデータではbamBに変異のある緑膿菌はアンピシリンを含む細胞壁をターゲットとする抗菌薬に対して耐性を失うことが判明した。しかし本実験で観測対象となっていたΔbamBは実験室で人工的に遺伝子に変異を加えたものであり、自然に発生するものではない。従って、実臨床の場の緑膿菌に外膜異常が生じアンピシリンが効果を発揮するとは考えにくい。特定の遺伝子を操作することは新しい感染症治療の着眼点となりうるが、臨床的に効く根拠やデータは無く、アンピシリンが緑膿菌に効く可能性を示すものではなかった。
【参考文献】
- 一般社団法人日本感染症学会、2014、JAID/JSC感染症治療ガイドライン ―呼吸器感染症―
- 真智俊彦、2012、βラクタム剤の作用と耐性機序、恵寿総合病院医学雑誌第1巻
- 青木眞、2015、レジデントのための感染症診断マニュアル第三版、医学書院
- Kang-Mu Lee et al, 2017, A Genetic Screen Reveals Novel Targets to Render Pseudomonas aeruginosa Sensitive to Lysozyme and Cell Wall-Targeting Antibiotics, Frontiers in Cellular and Infection Microbiology.
寸評:テーマは非常に面白い。ビトロとビボの違いですね。よって、診療現場は非常に保守的であり、ちょっとした動物実験レベルでコロコロ治療方針が変わるというのは危ういのですね。
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