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注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
膿瘍治療でドレナージが必要なのはどのようなときか。
膿瘍の治療には抗菌薬、ドレナージ、膿瘍の手術的切除がある。今回の担当症例では骨盤内膿瘍の手術的切除を行ったのち、抗菌薬で加療していた。そこで、膿瘍治療において、どのような場合にドレナージが選択されるのか調べた。膿瘍の形成される部位ごとに調べ、また、ドレナージには、外科的、経皮的、内視鏡的といった手法があるが、それらを区別せずに検証した。
肺膿瘍は一般に抗菌薬療法によく反応するが、10-15%で外科的介入が必要であり、経皮的ドレナージまたは外科的切除が通常考慮される。経皮的ドレナージは特に手術適応のない患者に対して行われる。(1)Herthらは抗菌薬治療が失敗した42名のうち38名に患者に対し、内視鏡的ドレナージ治療を行った。2名が一時的に人工換気を必要としたが、38名とも治療は成功し、ほかの合併症もなかった。内視鏡的肺膿瘍ドレナージは抗菌薬治療が失敗した選択された患者の新たな選択肢となりうるとしている。(2)
腹腔内膿瘍では外科的治療やドレナージ術に対し、補助的に抗菌薬治療を行い、たいてい何らかのドレナージ術を必要とする。(3)なかでも、肝膿瘍は膿瘍形成の対象となることが最も多い臓器である。Liaoらは肝膿瘍に対して経皮的ドレナージを受けた患者175人の臨床、検査およびMDCT所見を後ろ向きにレビューし、大きさ、マージン、減弱値、位置、大きい膿瘍(> 3cm)の数、嚢胞性成分の存在、ガスの存在および肝臓被膜への最短距離について評価した。ドレナージ治療の失敗を予測する最適なカットオフ値が、膿瘍の大きさが0.25cm未満および7.3cmより大きいものであることを示した。また、MDCTパラメータの中で、膿胞内のガス形成が失敗の最も重要な予測因子であった。(4)
卵巣膿瘍では大部分が抗菌薬単独療法での治療が可能であり、70%の症例で有効であるとされ、抗菌薬のみでの治療の失敗は、膿瘍が大きいこと、持続的な発熱、腹膜炎の兆候のある患者で起こるとされている。膿瘍が10cm以上の患者は手術が必要であり(60%)、膿瘍が5cm未満の患者では20%しか手術を必要としないことが報告されている。N. Goharkhayらは58名の卵管卵巣膿瘍の患者のうち50名に抗菌薬単独療法を、8名に超音波ガイド下でドレナージを行った。結果は抗菌薬単独療法のうち29名(58%)が奏功し、21名(42%)が追加の治療を必要とした。追加治療が必要となった21名のうち2名は手術が必要となり、残りの19名中18名にドレナージ治療が奏功した。抗菌薬単独療法が失敗した症例では膿瘍容積が平均200.3mLで、成功した症例の平均99.5mLと比較して有意に大きかった。この研究で、抗菌薬による治療は膿瘍の大きさにより効果が影響され、利用可能な場合においてドレナージが第一選択治療として安全で効果的であることが示唆された。(5)
以上から、肺膿瘍においては抗菌薬単独での治療が第一選択だが、治療が失敗した場合においてドレナージは有用であり、その他の膿瘍では、調べた限りにおいてはドレナージによる治療は膿瘍の大きさにもよるが、膿瘍治療の第一選択と位置づけられるべきであると考えた。しかし、膿瘍に対するドレナージの必要性は、膿瘍が形成される部位や患者の状態、ドレナージの方法などの条件にばらつきがあるため、一概にまとめることはできなかった。
<参考文献>
(1)Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectional Diseases volume1
(2) ハリソン内科学第5版
(3) Endoscopic drainage of lung abscesses: technique and outcome. /Herth F, Ernst A, Becker HD./ Chest. 2005 Apr;127(4):1378-81.
(4) Pyogenic liver abscess treated by percutaneous catheter drainage: MDCT measurement for treatment outcome. /Liao WI, Tsai SH, Yu CY, Huang GS, Lin YY, Hsu CW, Hsu HH, Chang WC./ Eur J Radiol. 2012 Apr;81(4):609-15. doi: 10.1016/j.ejrad.2011.01.036. Epub 2011 Feb 16.
(5) Comparison of CT- or ultrasound-guided drainage with concomitant intravenous antibiotics vs. intravenous antibiotics alone in the management of tubo-ovarian abscesses./ Goharkhay N, Verma U, Maggiorotto F./ Ultrasound Obstet Gynecol. 2007 Jan;29(1):65-9.
寸評:ちょっとテーマがでかすぎてまとめきれませんでしたね。肺膿瘍とか肝膿瘍とか議論するのなら「じゃ、脳膿瘍はどこにいったの」みたいな話になりますから、「膿瘍一般」とするか自分の担当患者に寄り添ってレポートを書いたほうが良かったでしょう。あと、肺膿瘍が抗菌薬治療が第一なのはなぜでしょうか。これも演繹法、帰納法的ツメが足りません。でも、こういうレポートのほうが成長が促されますから、次のチャンスのときに捲土重来をきしてください。
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2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
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「カルバペネム系抗生物質に対する抵抗性が認められる患者にメロペネムを投与する意義はあるのか?」
今日コリスチンはカルバペネム耐性グラム陰性細菌感染症に対してしばしば唯一の治療選択肢となる。コリスチンはシステマティックレビュー/メタアナリシスにおいてin vitroでカルバペネムとシナジー効果が認められており、併用療法として臨床に応用できる可能性が示唆されてきた1)。
Zusmanらはポリミキシン単剤療法とポリミキシン・他剤併用療法を比較した22編の文献のシステマティックレビュー/メタアナリシスを行った2)。対象は成人で、ポリミキシン感受性かつカルバペネム耐性またはカルバペネマーゼ産生型グラム陰性菌による感染症に罹患している成人患者537名である。22編の文献には前向き/後ろ向き研究、RCTが含まれ、そのうち11編が主にICU患者の報告である。年齢の平均値または中央値は51〜77歳である。治療成績を30日間死亡率で成績を比較したところ、OR 1.58(95%CI=1.03-2.42, I2=0%)で併用療法の方が好成績だった。ここで、Zusmanらがこの研究のエビデンスの質がとても低いと認めていることに注意せねばならない。引用されている文献の多くは観察研究で、選択バイアス、治療方針の不統一といったバイアスがかかりやすい研究である。また、1編の研究を除きカルバペネムのMICを報告がなされていない。低いMICを示すグラム陰性菌(これに対してはカルバペネムが一部効くだろう)を多く対象にした論文が好まれる選択バイアスの存在は否定できない。したがってこの研究結果は併用療法を推奨しているが、バイアスの危険性を踏まえると併用療法の効果を示す証拠にはなっていないとZusmanらは主張している。
以上のことから私はカルバペネム耐性グラム陰性菌に対するメロペネムの投与はコリスチンとの併用療法として考慮されてよいものであるが、現時点では十分な科学的根拠はまだないと考える。
補足になるが、現在Dicksteinらによってカルバペネム耐性グラム陰性細菌性感染症(院内肺炎、人工呼吸器関連肺炎、血流感染、尿路性敗血症の患者を対象)に対するコリスチン単剤療法とコリスチン・メロペネム併用療法を比較するRCTが行なわれており3)、コリスチン・カルバペネム併用療法を評価する新たなエビデンスが得られることを期待したい。
【参考文献】
1) Zusman O, Avni T, Leibovici L, et al. Systematic review and meta-analysis of in vitro synergy of polymyxins and carbapenems. Antimicrob Agents Chemother. 2013 Oct;57(10):5104-11. doi: 10.1128/AAC.01230-13. Epub 2013 Aug 5.
2) Oren Zusman, Sergey Altunin, Fidi Koppel, et al. Polymyxin monotherapy or in combination against carbapenem-resistant bacteria: systematic review and meta-analysis. J Antimicrob Chemother. 2017 Jan;72(1):29-39. Epub 2016 Sep 13.
3) Dickstein Y, Leibovici L, Yahav D, et al. Multicentre open-label randomised controlled trial to compare colistin alone with colistin plus meropenem for the treatment of severe infections caused by carbapenem-resistant Gram-negative infections (AIDA): a study protocol. BMJ Open. 2016 Apr 20;6(4):e009956. doi: 10.1136/bmjopen-2015-009956.
寸評:悪くないレポートだと思います。議論もエッジが効いていてぼくは好きです。せっかく異質性のデータ(I2)を出したのだから、それを論じたらさらによかったでしょう。
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『バンコマイシン静脈投与で薬疹を示す患者は、その他の投与方法でも薬剤へのアレルギー反応を示すか』
(患者情報含むため冒頭はカット)
バンコマイシンの投与法として、静脈投与の他は経口投与や髄中、antibiotic-laden cement(ABLC)が挙げられる。
経口投与においては、McCullough JMらによる、慢性腎不全の82歳女性がクロストリジウム・ディフィシル腸炎の治療の為に経口でバンコマイシンを投与した後に、全身に発疹および掻痒感を認めた症例報告が存在した。このケースがバンコマイシンへのアレルギー症状を示唆する可能性はある1)が、薬疹の診断根拠は明確に示されておらず、これだけでは経口投与によってアレルギー反応が起こるとは断定できない。
髄注においては、研究もそれだと思われる症例報告も見つけることが出来なかった。よってこれに関しても論じることができない。
ABLCにおいては、Williamsらによる、バンコマイシンに対しスティーブンス・ジョンソン症候群をきたしたことのある患者がバンコマイシン含有セメント移植後に全身性落屑性皮膚炎を発症した症例報告があった。Naranjo有害事象因果関係判定スケールにおいて、バンコマイシンのスコア8であり、これは有害な薬物反応の可能性を示す。皮膚生検はスティーブンス・ジョンソン症候群を起こした時のものがなかったため、今回の症例と比較することはできなかった。しかしスティーブンス・ジョンソン症候群を引き起こした際のエピソードと同様の特徴があったこと、バンコマイシンを含むセメントの移植と症状のタイミング、セメント周辺が最も重症であること、他の最もらしい原因がないことなどから、バンコマイシンが原因薬剤だと考えるのが最も自然である。2) M.Chohfiらの研究では、バンコマイシン入りセメントの薬物動態についてin vitro実験の後に30頭のヒツジ大腿骨で研究され、その後10人の患者の全人工股関節形成術にバンコマイシン入りセメントを使用し観察した。患者らの移植後6,12,24時間後に採取した血液、排液、尿の検体でバンコマイシン濃度を測定し、排液の場合は2~5日、血液や尿の場合は10日間毎日測定した。すべての患者は最低2年間の臨床的および放射線学的追跡調査を受け、最大4年間の追跡調査を受けた。この研究によると、非常に低レベルではあるが、ABLCに含まれるバンコマイシンは血流に乗り全身に吸収される。3)よってABLCに含まれるバンコマイシンによって全身性のアレルギー反応をきたすことがあると考えても良いだろう。
これらを鑑みると、バンコマイシン静注に対し薬疹を示す患者は他の投与法においてもアレルギー反応を示すことは有り得るが、それが必ず起こるものであると結論付けることはできない。また、考察に大規模な比較試験などでないケース・スタディーを用いたことにより、可能性を一般化するには根拠が乏しい。だが、あらかじめ静注でのバンコマイシンアレルギーが判明している患者や、スティーブンス・ジョンソン症候群など重症薬疹の被疑薬にバンコマイシンが挙がる場合には、有用性に議論が残るABLCを使用するメリット以上にリスクが上回るのではないかと考える。ただしバンコマイシンという幅広いスペクトラムを持つ抗菌薬を除外する行為は、有効な投薬の幅を著しく狭めることとなるため、過去の薬疹疑いだけで安易にこれを除外することには慎重になるべきであろう。
<参考文献>
1) Oral vancomycin-induced rash: case report and review of the literature:McCullough JM, Dielman DG, Peery D. DICP. 1991 Dec;25(12):1326-8.
2) Diffuse Desquamating Rash Following Exposure to Vancomycin-Impregnated Bone Cement:Williams B, Hanson A, Sha B. Ann Pharmacother. 2014 Aug;48(8):1061-1065. Epub 2014 Apr 16.
3) Pharmacokinetics, uses, and limitations of vancomycin-loaded bone cement:
寸評:良いレポートです。どうも学生のレポートは帰納法ばかりで演繹法が上手く使えていないことが多いですが、このレポートは上手な演繹法が使えています。結語までの展開も無難でした。
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BSL感染症内科レポート
「アスペルギルス膿胸はどのような患者で発症しやすいのか?」
アスペルギルス膿胸は発熱、咳、体重減少といった症状が典型的で、胸水培養や胸膜・肋膜の生検でアスペルギルスが確認されることで組織学的に診断される1)。代表的なアスペルギルスの感染症にはアスペルギローマ・アレルギー性気管支肺アスペルギルス症・侵襲性肺アスペルギルス症・慢性肺アスペルギルス症といった4つのものがある2)。この4つの病態で発症の危険因子は明らかにされているが、アスペルギルス膿胸発症の危険因子の記載はなかったので、どのような患者で発症しやすいのか調べてみた。
Koらは1990年1月から1997年12月の間に胸水培養で真菌が陽性となった患者67人に対して後向き検討を行った3)。うち9名(12%)がアスペルギルス膿胸患者であった。このうち84%が院内感染によるものであった。また、79%に易感染性となる背景疾患があり、60%の患者に広域スペクトラムの抗菌薬が投与されていた。真菌性膿胸の主な原因としては腹部/胸部の手術後・先行する気管支肺炎といったものが多かった。
Nigoらは2005年1月から2013年8月まで真菌性膿胸を発症している悪性腫瘍患者97人に対して後向き検討を行った4)。この検討でアスペルギルス膿胸患者は12人(12%)であり、カンジダ膿胸の患者との2群に分けて比較した。アスペルギルス膿胸患者は全て侵襲性肺アスペルギルス症と診断されており、アスペルギルス膿胸患者では1ヵ月以内の腹部/胸部の手術が膿胸の主な原因となった患者はいなかった。患者数の総数が少ないことやこの検討が後向きであることを考えるとアスペルギルス膿胸発症の危険因子になりえないとは言えない。
その他のケースレポートで、アスペルギルス膿胸はアスペルギローマによって形成された空洞が破裂することや、先行する慢性の膿胸に合併することによって発症するという報告もあった5)。
さらに、Faridらは1996年9月から2011年9月までの間に肺アスペルギルス症の手術を行った患者30人に対して後向き検討を行った6)。対象となった30人の中でアスペルギローマの患者が12人、慢性肺アスペルギルス症の患者が18人であった。術後にアスペルギルス膿胸を合併した患者はアスペルギローマ患者より慢性肺アスペルギルス症患者の方が多く、全体で20%いた。そしてアスペルギルス膿胸を合併する危険因子として胸膜肥厚、菌球形成、表面が不規則な空洞形成、広範囲にわたる病変、手術部位への放射線治療、肺葉切除術など胸部の手術といったものが挙げられていた。アスペルギローマと慢性肺アスペルギルス症の術後にアスペルギルス膿胸を引き起こす可能性もあるが、この検討ではこれのリスクを正確に定量することはできなかった。
上記の検討は真菌性膿胸について検討であることやアスペルギルス膿胸についての検討でないため、アスペルギルス膿胸発症の危険因子となるかは判断できない。このテーマについてPubMed・UpToDate・書物で検索したもののアスペルギルス膿胸の一般的な危険因子について参考にできそうな文献を見つけることができなかった。アスペルギルス膿胸は患者が少なく大きな研究があまり行われていないためではないかと思われる。以上の検討よりこれらの検討からアスペルギルス膿胸を発症する危険因子を同定することはできなかった。
参考文献
寸評: 良いレポートです。レポートは情報を集めて貼り付けるのではなく、知の分水嶺をひいていくことです。そういう意味ではこのまれな現象の分水嶺が見事に扱われていると思います。ご苦労様。
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「成人における脾臓摘出に対する肺炎球菌ワクチンに有効性はあるのか?」
脾臓は人体で最大のリンパ組織であり、構造として白脾髄、赤脾髄、辺縁帯に分かれている。白脾髄では抗原の産生、オプソニン化、辺縁帯ではIgM memory B細胞による自然免疫、赤脾髄ではマクロファージによる貪食を行っており、脾臓摘出により感染症の発症が増加することが推察される。莢膜形成菌である肺炎球菌や肺炎桿菌、髄膜炎菌、インフルエンザ菌などはオプソニン化されにくいため、これらの除去には脾臓の辺縁帯における IgM memory B 細胞に
よる自然免疫が大きな役割を果たしており、脾臓摘出術時には肺炎球菌ワクチンの接種が推奨されている。今回その有効性と根拠について興味を持ち、テーマを設定した。
脾臓摘出患者の脾臓摘出後重症感染症(OPSI)へのリスクは脾臓摘出がない患者と比べると50倍以上になった。2)またD J Waghomらによる、OPSIを発症した患者77例を検討では、その原因菌は肺炎球菌が67例と最も多かった。3)このことからOPSI発症予防には肺炎球菌のワクチン接種が有効であると推察される。次は、実際に肺炎球菌ワクチンがOPSI発症を予防するのかを検討する。
Mohosenらが行った調査によると肺炎球菌ワクチンを接種した脾臓摘出群125例中3例がOPSIを発症し、摂取しなかった脾臓摘出群193例中15例がOPSIを発症した(P<0.05)。4) このことから成人における脾臓摘出後の肺炎球菌ワクチン接種には有効性があることが証明される。さらに現在、欧米で使われている肺炎球菌ワクチンには23価肺炎球菌多糖体ワクチン(PPSV23)と13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)2種類のワクチンが存在する。米国予防接種諮問委員会(ACIP)は、より多くの型の肺炎球菌をカバーするために、19歳以上の解剖学的または機能的無脾患者にはPPSV23とPCV13の併用を推奨している。接種する順序については、PCV13接種後8週以降にPPSV23を接種することを推奨し、PPSV23単独よりもさらに高い抗体濃度をもたらすことが証明されている。5,6)これらにより成人における脾臓摘出に対する肺炎球菌ワクチンの有効性はより高まることが期待できる。
以上から、成人における脾臓摘出に対する肺炎球菌ワクチンの有効性はあるといえるが、より有効性を高めるためには合併症の評価、脾臓摘出の原因、脾臓摘出者の教育などについて検討する必要がある。
-参考文献-
(1)A Di Sabatino,Post-splenectomy and hyposplenic states.,The Lancet,2011,vol.378,p86-p97
(2)K Hansen,Asplenic-hyposplenic overwhelming sepsis:postsplenectomy sepsis revisited Pediatric and Developmental Pathology,2001,vol4,p105-p121
(3) Dr Waghorn,Overwhelming infection in asplenic patients: current best practice preventive measures are not being followed , Journal of clinical pathology,2001,vol54,p214-p218
(4)MS El-Alfy, MH El-Sayed,Overwhelming postsplenectomy infection: is quality of patient knowledge enough for prevention?, The Hematology Journal,2004
(5)LG Rubin,Care of the Asplenic Patient,NEJM,2014,vol.371,p349-p356
(6)S Tomczyk etc,Use of 13-Valent Pneumococcal Conjugate Vaccine and 23-Valent Pneumococcal Polysaccharide Vaccine Among Adults Aged ≥65 Years: Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP),CDC,2014, vol63,p822-p825
寸評:最後の文章が取ってつけた感じですね。あと、「より多くの型」をカバーするのがPCV13とPPSV23併用の理由とは言えないと思います。もう少し議論のlimitationをしっかり論ずるべきでした。理論的に良さげでも、実際にやってよいとは限らないんですよ。
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PCNSLを合併したHIVの予後はどれくらいなのか
原発性脳悪性リンパ腫(PCNSL)は、HIV感染者により多く見られる疾患で、HIV感染者における発生率は2~6%で、HIV非感染者に比べると、少なくとも1000倍以上といわれている1)。1996年以降では、抗HIV療法としてantiretroviral therapy(ART)療法が広く行われるようになり、それとともにPCNSLの罹患率は激減している2)。AIDSに関連したPCNSL(AR-PCNSL)の治療方法はいくつかあり、ART療法に放射線療法や化学療法(メトトレキサートなど)を組み合わせて治療する。しかしAR-PCNSLに対する最適な治療法はいまだに定まっていない1)。
治療ごとの平均生存期間を比べた論文がある2)。この論文では、ART療法と放射線療法の併用では、平均生存期間は1ヶ月に対し、ART療法とメトトレキサート大量療法(HD-MTX)の併用では、60ヶ月以上、完全寛解率は65%(13/20)と報告されている。
この研究をもとにAR-PCNSLの治療法について考えると、放射線治療より、化学療法による治療のほうが適切なのではないかと考えられる。しかし、この研究にはいくつか問題点が存在する。ひとつはこの研究が後ろ向き研究であることである。とはいえ、ART療法の普及により、PCNSLの罹患率が激減したため、この問題を解決することは難しい。もうひとつは、この研究の対象となっている患者は23歳から55歳であり、高齢者は含まれていない。放射線治療による長期的な毒性のことも考えると、高齢者と若年者とでは治療方針が違ってくるであろう。また、他の問題点として、ART療法と放射線療法の併用を行った症例が4例、ART療法とHD-MTXの併用を行った症例が20例と少ないことである。ART療法と放射線療法の併用での平均生存期間は1ヶ月と極端に短かったが、この治療を行った症例が4例と少ないことが原因かもしれない。また、ランダム化比較試験ではないため、もともと全身状態の悪い患者に対して、ART療法と放射線療法の併用療法を行った可能性もある。これらのことを考えると、この研究だけでは、AR-PCNSLの予後は、ART療法とHD-MTXの併用でよりよくなる、と言い切ることはできない。AR-PCNSLのどの治療が最適な治療か考えるためには、これから幅広い年齢を対象とした大規模な前向きの臨床研究が行われる必要があるだろう。
以前は、副腎皮質ステロイドと放射線療法によって治療されてきたAR-PCNSL患者の平均生存期間は、一番長い研究で3.5ヶ月であり1)、予後が悪いといわれてきた。しかし、ART療法が広まるにつれ、HIV患者の予後は格段によくなった3)のと同様に、AR-PCNSLも、ART療法とHD-MTXの併用の適応が広がることにより予後がよくなり、近い将来数年以上生きることができるようになるかもしれない。
<参考文献>
1) UpToDate AIDS-related lymphomas: Primary central nervous system lymphoma
2) Neel K Gupta, Amber Nolan et al. Long-term survival in AIDS-related primary central nervous system lymphoma. Neuro Oncol (2017) 19 (1): 99-108.
3) UpToDate The natural history and clinical features of HIV infection in adults and adolescents
寸評:文章があちこちに逍遥していますが、議論はしっかりしているのでよいでしょう。ときに、ARTのTはtherapyなので、ART療法という言い方はおかしすぎて頭痛が痛いです。
ご苦労様。
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結石性腎盂腎炎の治療には、URSとESWLのどちらが優れているのか
上部尿路結石による尿路閉塞を伴う結石性腎盂腎炎の際には、緊急ドレナージと排石が重要である。欧州泌尿器学会の尿路結石ガイドライン1)によると、結石性腎盂腎炎では尿管ステントもしくは腎瘻によるドレナージ後、排石することが推奨される。しかし最適な排石方法は未だ確立されていない。今回は経尿道的腎尿管砕石術(URS)と体外衝撃波砕石術(ESWL)とのどちらの治療法が優れているのかについて調べることにした。
Kanno Tら2)は医仁会武田総合病院にて結石性腎盂腎炎に対してドレナージ後URS(48人)もしくはESWL(40人)を施行された88人の患者について、2004年4月から2011年9月までの治療経過の後ろ向き研究を行った。ICUでの管理が必要な重症例はURS群15%、ESWL群25%(p=0.34)、尿管ステント留置に成功した症例はURS群96%、ESWL群93%であり、残りは腎瘻が造設された(p=0.83)。
結果は以下のようであった。治療経過としてドレナージから治療開始に至るまでの時間はURS群13.4日、ESWL群8.6日(p=0.006)、完全排石率はURS群98%、ESWL群67.5%(p<0.001)、再治療が必要となった例はURS群0%、ESWL群90%(p<0.001)、補助治療が必要となった例はURS群2%、ESWL群33%(p=0.002)、合併症の発生率は同程度であった(p=0.85)。さらに腎盂腎炎をコントロールした後にURSを行うと、完全に石が除去され、合併症の発生率も抑えられるので、これが安全で適切な方法であることが分かった。
結石性腎盂腎炎の治療における論文は上記の1つしか見つけることができなかったが、尿管結石治療におけるURSとESWLを比較した論文は多く見つかった。例えばSarica Kら3)による片側性尿管閉塞で急性腹痛を生じた80人の患者に対するランダム化比較試験では、期間中、ESWL群はURS群に比べて鎮痛剤をかなり多く必要としたことが分かった(p=0.001)。URS群では腎疝痛発作や病態が急変した患者も少なく、HRQOLスコア(健康関連QOLのこと。移動の程度、身の回りの管理、普段の生活、痛み・不快感、不安・ふさぎ込みの5項目からなり数値が高いほど健康状態が良いことを示す)も高かった(p=0.004)。Xu Yら4)が行ったCochrane library, Medline, Springer, Elsevier Science Direct, PubMedといった13のデータベースのランダム化比較試験と前向き研究によるメタ解析によると、URS群はESWL群に比べて患者満足度が高かった(p=0.02)。これらはURSとESWLの治療疼痛の程度や治療後のQOLという点で今回の議題に反映できるだろう。
以上より結石性腎盂腎炎の治療には、完全排石率が高いこと、再治療や補助治療がほとんど不要であること、疼痛の程度が低いこと、患者のQOLや満足度が高いことからURSの方がESWLよりも優れていると言える。
参考文献
1) Turk C et al. Guidelines on Urolithiasis. European Association of Urology 2015
2) Kanno T et al. Safety and efficacy of ureteroscopy after obstructive pyelonephritis treatment.
Int J Urol. 2013 Sep;20(9):917-22. doi: 10.1111/iju.12060. Epub 2013 Jan 24.
3) Sarica K et al. Emergency management of ureteral stones: Evaluation of two different approaches with an emphasis on patients' life quality. Arch Ital Urol Androl. 2016 Oct 5;88(3):201-205.
4) Yahong Xu et al. A meta-analysis of the efficacy of ureteroscopic lithotripsy and extracorporeal shock wave lithotripsy on ureteral calculi. Acta Cir Bras. 2014 May;29(5):346-52.
寸評:医学の世界でははっきりした答えがでないことが多いのですが、これはわりとすんなりでましたね。ESWL、そういえば最近みないな。いろんな方面から議論しているのが良いいと思います。
注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
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感染症内科レポート
「isoniazidによる末梢神経障害に対するビタミンB6予防的投与は意義があるのか」
Isoniazid(INH)は抗結核薬のなかでもrifampicinについで有効な薬物と考えられており、かつINHは安価で容易に合成できるため結核治療において世界中で広く使用されている。INHの副作用として末梢神経障害があり、予防としてビタミンB6(ピリドキシン)の投与が一般的である。ビタミンB6の予防的投与は必要ないという意見もあること、また抗結核薬は4剤併用が基本でビタミンB6の追加服用は錠数も多くなり患者の負担も大きいことから、ビタミンB6の予防的投与に意義があるのかを考察することにした。
ビタミンB6はアミノ酸代謝や神経伝達物質の合成などに関わっている。INHはビタミンB6の排泄を促進し、ビタミンB6のリン酸化に必要であるピリドキシンキナーゼを阻害することによってビタミンB6欠乏、末梢神経障害を引き起こし、両側性の感覚消失、刺痛・焼かれるような痛みが上下肢の遠位から出現する。1)
Biehlらの研究では、16~24㎎/㎏/dayのINH投与で44%(対象:116人)、3~5㎎/㎏/dayの投与で2%の患者に末梢神経障害が発症したと報告している。2)その他、Oestreicherらは4~6mg/kg/dayの投与では滅多に神経障害は起こらないと記述、Tuberculosis Chemotherapy Centerは190人のインド人結核患者にINHを3.9~5.5㎎/㎏/dayに投与したところ約0.5%(1人)しか神経障害を発症しなかったと報告をしている。2)一方、神経障害は高齢者、慢性肝疾患、栄養障害、HIV感染、腎不全、糖尿病、アルコール依存症、妊娠・授乳中の女性、などの危険因子があると発症しやすい。3)中でも、HIV合併例では通常の約4倍神経障害が発症しやすいと言われている。1)
同じくMoneyらが栄養障害を持つウガンダ人結核患者84人にINHを4~6㎎/㎏/day投与したところ、約20%(16人)が神経障害を発症した。2)INH内服下でのビタミンB6投与の有無で神経障害の発生率に差があるのかについて直接比較している論文を探したが見つからなかった。
ビタミンB6の投与量については研究によって異なり、6~50㎎/日1)2)4)5)6)とばらつきがあった。危険因子を持たない低リスク患者は6~10㎎/日2)4)5)、危険因子を持つ高リスク患者では10~50㎎/日5)6)がそれぞれ推奨されていた。ただし、25~50㎎/日の投与はINHの効果を減弱させる恐れがある4)ため注意が必要である。低リスク患者においては、通常の食事に神経障害予防に十分のビタミンB6が含まれているため積極的なビタミンB6投与は必要ないという意見4)もある一方、日本人の平均ビタミンB6摂取量は1.0~1.5㎎/日7)であり推奨量6~10㎎/日には及んでいない。
INHによる末梢神経障害発生率は低リスク患者では0.5%~2%と高くはないものの、環境・人種などで容易に発生率は変わる。1)食事によるビタミンB6摂取量も時代や国によって異なり、現代日本人のビタミンB6摂取量が神経障害予防には足りていないことを鑑みると、論文の内容を患者に当てはめるには限界がある。したがって低リスク患者と高リスク患者では投与量が異なるものの、INHによる末梢神経障害に対するビタミンB6投与は意義があると考える。
【参考文献】
1) J. J. van der Watt, et al. Polyneuropathy, anti-tuberculosis treatment and the role of pyridoxine in the HIV/AIDS era: a systematic review. INT J TUBERC LUNG DIS 15(6):722-728
2) Dixie E. Snider, Jr., M.D. Pyridoxine supplementation during isoniazid therapy. Tubercle 61 (1980) 191-196
3) RAMA B Rao, MD. Isoniazid(INH) poisoning. In: UpToDate, Post TW (Ed), UpToDate, Waltham, MA. (Accessed on June 13, 2017.)
4) 青木眞(2015)『レジデントのための感染症診療マニュアル 第3版』医学書院
5) Richard H Drew, et al. Isoniazid: An overview. In: UpToDate, Post TW (Ed), UpToDate, Waltham, MA. (Accessed on June 13, 2017.)
6) 福井次矢、黒川清監修(2017)『ハリソン内科学 第5版』メディカル・サイエンス・インターナショナル
7) 今井具子ほか「秤量法食事記録調査より求めた小学生、大学生、高齢者のミネラル摂取量及び食品群別寄与率の比較」栄養学雑誌, Vol72 No.2 51-66 (2014)
寸評:これは実に素晴らしいレポートです。とくに最後の段落までもっていった力量には感服します。お見事でした。
注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
急性胆管炎の初期治療において腸球菌をカバーする必要はあるか
急性胆道炎症例の胆汁からの分離菌として腸球菌の割合は3〜34%と報告されており、決して低い割合ではないことがわかる。しかしながら腸球菌に対して抗菌スペクトルを持たないセファロスポリン系抗菌薬や一部のカルバペネム系抗菌薬が急性胆道炎のエンピリック治療として推奨され1、実際臨床の現場で使用されている。初期治療としてそれらの抗菌薬の選択が果たして妥当であるのか疑問に感じたため、そもそも急性胆管炎の初期治療において腸球菌をカバーする必要があるのかについて調べた。
197人の腹腔内感染症患者を対象に、ampicillin-sulbactamとcefoxitinの効果と安全性を比べた多施設共同無作為化二重盲検比較試験がある。血液培養の結果、過半数は好気性菌と嫌気性菌の複合感染で、純粋なグラム陽性の好気性菌によるものは19%であった。この試験では、有害事象もなく感染のエビデンスも消失した臨床的治療成功例がampicillin-sulbactam群で86%、cefoxitin群で78%、腸球菌の除菌成功例はampicillin-sulbactam群で88%、cefoxitin群で71%であり、両群に差は認められないと結論付けられている2。ただし、本試験は腹腔内感染症患者を対象としており、その多くは消化管穿孔や腹膜炎を合併した虫垂炎であり、対象として急性胆管炎に限定した試験ではないことに注意しなければならない。
上記試験を含め、これまでに行われた腸球菌に対するカバーをもつ抗菌薬とそうでない抗菌薬の治療成績を比較した6つの無作為化比較試験で双方の治療効果に有意差が得られなかったとして、Infectious Disease Society of America(IDSA)は2010年の腹腔内感染症における抗菌薬選択のガイドラインで初期治療におけるルーチンの腸球菌カバーは不要であると結論付けている3。
今回、対象を急性胆管炎に限定して腸球菌に対するカバーをもつ抗菌薬とそうでない抗菌薬の治療成績を比較した無作為化比較試験を見つけることはできなかった。したがって急性胆管炎の初期治療において腸球菌をカバーする必要性について明確な結論を得るには至らなかった。しかし、胆汁培養で腸球菌が生えた胆道感染症患者に対し腸球菌をカバーしない抗菌薬でエンピリック治療が行われたところ、96.3%で治療が成功したという報告もあり4、腸球菌に有効な抗菌薬を使用しなくても急性胆管炎が改善する可能性は十分に考えられる。一方で、IDSAは消化管術後例、セファロスポリン系など腸球菌が生存してしまう抗菌薬での治療歴がある例、免疫不全例、心臓弁膜症や血管内人工物留置例では腸球菌を治療の対象とするよう勧告しており3、急性胆管炎の初期治療は患者の背景を考慮した上で、腸球菌をカバーする必要があるかどうか考えなくてはならない。
参考文献
1. Gomi et al., J Hepatobiliary Pancreat Sci., 2013, 20:60-70
2. Walker et al., Ann Surg., 1993, 217:115-21
3. Solomkin et al., clinical infectious diseases., 2010, 50:133-64
4. Chang et al., Advances in Digestive Medicine, 2014, 1:54-59
寸評:ちょっと議論が行ったり来たりしていますが、短い時間でよくまとめましたし、クエスチョンも妥当だと思います。そこに菌がいることと、それを殺すべきかどうかは難しい問題で感染症屋の間でも意見が別れます。いずれにしても「そこにいる」=「殺さねばならない」ではないことは間違いありません。細菌検査は重要ですが細菌検査結果だけで治療方針を決めてはいけないのはそのためです。
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