近藤誠氏の「抗がん剤は効かない」については2年前に検討している。当時の意見を変える必要はないと思う。これを読んでいただければ、本稿が「近藤擁護」でないことはご理解いただけると思う。
しかし、売り言葉に買い言葉で「だから抗がん剤が効くのだ」とはぼくは思わない。
例えば、進行胃がん。ぼくが学生の時、初めてみた生身の患者は進行胃がんの患者だった。それから20年近く経っているが、進行胃がん患者でよい思い出はほとんどない。いつも忸怩たる苦々しい思い、患者の衰弱しきった表情、家族の悲痛な嘆きだけが思い出される。
なるほど、RCT的に言えば抗がん剤は「効く」。しかし、それは余命をある程度ひっぱるだけの、そういう「効く」だ。数ヶ月という時間は患者にとっても主治医にとってもあっというまにやってくる。進行胃がん診療に勝利の高揚感はほとんどなく、あるのは痛々しい敗北感だけだ。ただ、負け方がこの20年で微妙に変わってきただけだ。
ぼくらが重症感染症を治療しても、数ヶ月ICUで「ひっぱる」ことがある。これをぼくらは「負け試合」と考える。余命は伸ばせたかもしれないが、こういうのを「勝った」と考えるべきではないと、ぼくは考える。
もちろん、治るがんも増えている。常日頃申し上げているように、「あれ」と「これ」との区別は必要で、すべてのがんを同じに扱うべきではない。しかし、RCTの統計的有意差でもって「抗がん剤は効く」と強弁するのは、臨床医的には違うんではないか、とぼくはいつも思っている。がんは未だ御し難い医学上の難問だ。近藤氏の詭弁に腹が立つ気持ちもわかるが、売り言葉に買い言葉で同じ口調になってはいけないとぼくは思う。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。