シリーズ 外科医のための感染症 33. 肝胆膵外科篇 肝移植後の感染症
腎移植に次ぐ移植件数が多いのが肝移植です。岩田もアメリカの肝移植センターで感染症のトレーニングを受けましたが、腎移植より感染症のリスクが高く、コンサルトを受ける患者が多かったのが印象的でした。
しかし、腎移植のときにも申し上げた通り、決して「思考停止」に陥ってはいけません。移植患者、免疫抑制者、易感染性のある患者だからこそ、一所懸命考え、原因を検索して、妥当性の高い診療を行わねばなりません。
世界的な傾向ですが、移植外科医は手術や免疫抑制に関する訓練はよく受けていますが、感染症診療の訓練はあまり受けていません。良くも悪くも分業主義のアメリカだと感染症屋に「おまかせ」というアウトソーシングが普通です。が、日本だとついつい抱え込んでしまって、そしてやっつけ仕事になりがちです。
でも、変ですよね。肝移植患者は感染症に弱いのですから、むしろ普通の患者よりもより高いエクスパティースでもって診断、治療されねばならないのですから。普通の感染症診療だってやっつけ仕事はだめなんです。ましてや、移植患者であれば、なおさらです。このへんも、ここがヘンだよ日本人ってとこでしょうか。
というわけで、肝移植患者の発熱は、本当に感染症屋に「おまかせ」でアウトソーシングしていただいた方がよいと思います。なんでもかんでもアメリカみたいにすればよいというものではありませんが、この点はアメリカの分業主義に倣っちゃうほうが理にかなっています。移植同様、移植患者の感染症はとても複雑ですから。
主治医の先生には専門性の高い移植手術と術後管理に専念していただいた方が、お互いにとってWin Winなわけで。患者にとって一番質の高いケアを目指すのであれば、やっつけ仕事をしないで「おまかせ」とするのが妥当な判断だと思います。
予防接種
まずは予防接種から検討するのが大切です。腎移植など他の固形臓器移植(SOT)患者でも、日本で意外に忘れられているのが、移植以前の適切な予防接種です。詳細についてはガイドラインが出ているのでそちらに譲りますが、とにかく予防できる感染症(vaccine preventable diseases, VPD)は全部移植前に予防しましょう、ということです。A、B型肝炎、インフルエンザ、Hib, 肺炎球菌、麻疹、ムンプス、風疹、水痘など抗体をチェックしてワクチンを接種しておかなければなりません。
Danzinger-Isakov L et al. Guidelines for vaccination of solid organ transplant candidates and recipients. Am J Transplant. 2009; 9: S258-262
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1600-6143.2009.02917.x/abstract
SSI
肝移植後のSSIは他の臓器移植よりも多いと言われています。しかし、予防的抗菌薬の原則は、他の手術の変わりません。診断と治療についても、他のSSIと同様です。
深部SSI、とくに胆管炎や膿瘍については少し付言しておきましょう。
肝移植患者では、胆管閉塞による胆管炎や膿瘍性疾患が非常に多いです。よく見る間違いは、
・「胆道移行性がよい」といってスルペラゾン少量12時間おき療法をやって治療失敗(なぜこれが間違いかは、すでに述べました)。
・「とりあえずカルバペネム」とカルバペネムばかり使っていて、カルバペネム耐性菌感染症を誘導してしまう。カルバペネムは胆汁移行性はよくないのでしたね。
・血液培養とってない(意外に多い!)
・膿瘍ドレナージの欠如
・CRPが下がった、といって治療中止、、、、数か月後に再発
・de-escalationをしないでダラダラメロペン継続、、、でカルバペネム耐性菌を誘導
わりとこのへんの間違いをよく見ます。「うちの患者は易感染性だから、カルバペネムが必要なんだ」という主治医の熱意は理解します。しかし、すでに述べたように、カルバペネムは胆道感染におけるベストな抗菌薬ではありませんし、感染症を繰り返しやすい易感染性の患者は目先のことだけ考えず、グランドデザインというか、長期的な視野も必要です。そうしなければ、患者の利益につながらず、主治医の熱意は空回りします。
熱いハートとクールな頭は同居する必要があります。熱意に加え、薬理学的な基本事項や感染症学的な戦略性は、もっておく必要があります。移植手術が熱意だけでは成り立たず、知識や技術や経験が必要なように。
PCP予防
ST合剤が使われることが多く、これはリステリア、ノカルジア、トキソプラズマといった他の日和見感染の予防にも有用です。
CMV予防
アンチゲネミア陽性の場合のpreemptive therapyが一般的に用いられていますが、肝移植患者に関するエビデンスは希薄です。バリキサ(バルガンシクロビル)を用いることによる血球減少により、他の感染症が増えてしまうのも問題です。いずれにしても、CMVはどの臓器にも病気を起こすことと、免疫修飾によって他の感染症も増やしてしまうことがあり、とても注意が必要です。ガンシクロビルやバルガンシクロビルが上手くいかなかった場合の代替案も重要で、このへんは副作用の多い薬のバランスのよい使用が大事になります。ですから、CMVを疑ったときは感染症屋と相談しながら使うのが妥当だと思います。
カンジダ血症
C. krusei, glabrataだとカンディン系(ファンガード=ミカファンギンやカンサイダス=カスポファンギン)が、そうでなければジフルカンやプロジフ(フルコナゾール)が用いられることが多いです。βDグルカンは偽陽性も偽陰性もあり、培養検査も偽陰性が多く、解釈は難しいです。IEや眼内炎などの合併症の検索も必要です。これも感染症屋と協力して治療するのが望ましいです。
アスペルギルス
βDグルカンやガラクトマンナン抗原といった検査の解釈、CTなどの画像の解釈、そして「肺アスペルギルス症」と呼ばれる疾患の種類(どのアスペルギルス症の話をしているのか)など、これも突っ込みどころが満載の感染症です。やはり検査を治療せず、感染症屋と相談しながら診療するのが望ましいです。
結核
移植前のQFT, T-spot検査の解釈、胸部画像検査の解釈、結核既往歴の解釈、結核を発症したときの対応や他の薬との相互作用など、結核もマニアックなこねたが多い病気です。他の抗酸菌はさらにややこしくなります。これも感染症屋との協力が必要で、みだりに検査を重ねて、検査を治療していると話がこんがらがってきます。
文献
Clark NM, and Cotler SJ. Infectious complications in liver transplantation. UpToDate. Last updated Sep 19, 2012
最近のコメント