シリーズ 外科医のための感染症 5 抗菌薬使用の大原則 基礎編 その1 βラクタム薬
世の中にはたくさんの抗菌薬があります。ここではザックリ、外科の先生に必要な抗菌薬に絞って話をすすめていきます。
抗菌薬のグループを知ろう
世の中には2種類の人間がいます。「世の中の人間を2種類に分ける人間」と「そうでない人間」です。ま、ジョークはさておき、「2分割」は頭の整理には便利なものです。
さて、抗菌薬も2種類に分類しましょう。それは、
βラクタム系
と
そうでないもの
です。ええーっ、そんなに大雑把でいいの?というブーイングが来そうですが、いいのです。基本的にぼくらが病棟で抗菌薬を使うときは、
基本、βラクタム系
で、
ときどき、それ以外
なのですから。
βラクタム系
βラクタム系は、ペニシリン、セファロスポリン、カルバペネムの三種類に分類されます。この中で特に外科領域で用いやすいだけを、構造式や作用機序みたいなものもすっ飛ばして、「使い方」に限定して解説します。副作用については「よくある、気をつけるべき」副作用に限定します。限定、限定。
ペニシリン系抗菌薬
注射薬
ペニシリンG PCG
一番基本となる「最古の」抗菌薬の1つです。そんな古いもん,使えんのか?というツッコミが来そうですが、もちろん使えます。特に外科領域では連鎖球菌による感染性心内膜炎の治療で重宝します。
ペニシリンG 400万単位を4時間おき、1日量2400万単位
というように用います。ペニシリンGは以前は筋注しかできませんでしたが、添付文書の改訂で点滴薬としても用いられるようになりました(世界的には常識なんですけど、日本はこういうの、とても遅いんです)。ちゃんと心内膜炎にも適応があります。http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/6111400D2039_1_09/
ペニシリン系の抗菌薬の最大の問題点はアナフィラキシー・ショックですが、頻度はまれです。むしろ病棟でよくみるのは血管痛や血管炎。これは中に入っているカリウムのせいです。腎機能の悪い人は高カリウム血症にならないようときどき点検することも大事です。血管痛がひどいときは、代替薬として次に挙げるビクシリン(アンピシリン)を使います。
ビクシリン(アンピシリン)ABPC
ビクシリンはペニシリンGの代替薬としてよく用います。典型的な投与量は
ビクシリン2g 6時間おき 1日量8g
です。
ええ?そんなに大量に使うの?という声が聞こえてきそうです。ええ、そんなに大量に使うんです。添付文書には「1日量1~2gを1~2回に分けて」と書かれていますが、これは真っ赤なデタラメです。半減期が1時間程度しかないビクシリンは頻回投与しなければ効果が期待できません。これは、一部の例外を除くすべてのβラクタム薬に共通する「原則」です。
大丈夫、添付文書には「年齢、症状により適宜増減する」と書かれています。適宜増量してください。薬理学的に、正しく。
ビクシリンは「感受性があれば」多くのグラム陽性菌や大腸菌に効果があります。外科領域では、たぶん初回から使うことはめったにありません。血液培養が返ってきて、原因菌がビクシリン感受性があればこちらに変える(これをde-escalationといいます)、というような使い方をします。
ビクシリンの副作用はペニシリン同様、アナフィラキシーが問題になります。あと、これもアレルギーなのですがまれに間質性腎炎が起きることもあります。「ビクシリン大量に使うと腎機能が悪くなるのでは」と心配される先生がいますが、腎機能低下の原因は「アレルギー」なので、4gも8gも大差ありません。「そんなの関係ねえ(死語)」なのです。
さ、次行きますよ。まだまだたくさんあるのでサクサク行きます。
ユナシン、スルバシリン(アンピシリン・スルバクタム) ABPC/SBT
これはビクシリンにβラクタマーゼ阻害薬のスルバクタムを加えたものです。βラクタマーゼを作る耐性菌にも効果があり、腸内のグラム陰性菌、嫌気性菌に効果的です。黄色ブドウ球菌(MSSA)にも効果があります。
というわけで、肺炎、二次性腹膜炎、胆管炎、胆嚢炎、糖尿病足感染などいろいろな感染に用いることが可能です。婦人科の術後感染症は、たいていこれでいけます(後述)。腹部などの術中抗菌薬としても使用可能なのは、すでに申し上げた通りです。
典型的な使い方は、
ユナシン(スルバシリン) 3g 6時間おき 1日量 12g
これも最近添付文書が改訂され、以前と異なり頻回投与、大量投与が可能になりました。抗菌薬の添付文書情報は近年、どんどん改訂されています(昔のが「デタラメ」だったせいです)。薬剤師さんと相談したりして、最新の情報をゲットし続けることが大切です。気をつける副作用は、他のペニシリン系と同じです。
ペンマリン(ピペラシリン)PIPC
これは、「緑膿菌に効果がある」のが売りのペニシリンです。したがって、「緑膿菌感染を疑ったとき」限定で用います。典型的な使い方としては、
ペンマリン 4g 6時間おき、1日量16g
使います。これも添付文書には「1日2~4g」となっていますが、「難治性又は重症感染症には症状に応じて、1日8gまで増量」と追記されています。実は、適切な最大量は4gx4回なので16gです。その証拠に後述するゾシンのピペラシリン成分は最大16gです。ここがヘンだよ、日本の添付文書、、、の一例。
ぶっちゃけ、ペンマリンを「初回から」使うことは外科領域ではまれです。de-escalationとして使うくらいでしょう。あと、市中感染症に使ってはいけません(緑膿菌が原因のことはまれなので)。
なぜか術中抗菌薬としてペンマリンが選択されることがありますが、MSSAへの効果がイマイチなのでお勧めしません(SSI予防の項参照)。実は神戸大でも以前は術中抗菌薬として使われていたのですが、外科系の教授の先生たちに相談してぜーんぶセファゾリンに替えていただきました。
気をつける副作用は、他のペニシリン系と同じです。
ゾシン(ピペラシリン・タゾバクタム)PIPC/TAZ
ペンマリンにβラクタマーゼ阻害薬のタゾバクタムを加えたものです。「緑膿菌にも効く、ブロードなユナシン」という理解でよいと思います。基本的には、カルバペネムの使い過ぎを抑えるために、「カルバペネム一歩手前」の院内感染症、例えば肺炎とか腹部の感染症にエンピリックに用います。
ゾシン 4.5g 6時間おき 1日量18g
となります。
気をつける副作用は、他のペニシリン系と同じです。
経口薬
サワシリン(アモキシシリン) AMPC
経口のビクシリン、という位置づけです。消化管からの吸収もとてもよく,経口抗菌薬の優等生です。外科領域ではビクシリンからの経口スイッチとして使うことが多いでしょう。
サワシリン 500mg 1日3~4回
という使い方が多いです。気をつける副作用は、他のペニシリン系と同じです。量が多いと下痢する人もわりといます。
オーグメンチン(アモキシリン・クラブラン酸)AMPC/CVA
経口版のユナシン、と考えればよいでしょう。βラクタマーゼ阻害薬のクラブラン酸が入っています。誤嚥性肺炎やユナシンで治療していた感染症の経口スイッチとしてよく用います。犬や猫に咬まれたときの動物咬傷の予防薬や、汚い外傷、開放骨折の予防的抗菌薬としても活用できます。救急外来で重宝する抗菌薬です。
ただ、日本のオーグメンチンはクラブラン酸の比率が高く、このまま使うと下痢の副作用が強く出てしまいます。そこで、
オーグメンチン(250mg)1錠に加えサワシリン(250mg)を2カプセル、、、を1日2回
の内服で、海外と同じオーグメンチンの配合比に調整します。これを俗に「オグサワ」と呼んでいます。だれが名付けたんやろ。
小児用(クラバモックス)はアモキシシリンとクラブラン酸の配合比が14:1なので問題ありません。
配合比を直しても、下痢の副作用が問題になる人は、ときどきいます。
ペニシリン系はこんだけです。さ、次セファロスポリン行きます。
セファロスポリン
注射薬
セフマゾン(セファゾリン) CEZ
いわゆる第一世代のセフェムの代表です。黄色ブドウ球菌(MSSA)に対する日本最強の抗菌薬です(海外にはもっと強いのいますが)。よって、術中抗菌薬のファーストチョイスでもあります。
セフマゾン 1~2g 8時間おき
というふうに使います。術中の場合は3~4時間おきだったことには注意が必要です。
皮膚軟部組織感染症、MSSAによる心内膜炎、(感受性のある)尿路感染など、いろいろな感染症に使えます。ただし、髄液移行性は低いので髄膜炎には使えません。
副作用はペニシリン同様アナフィラキシーが問題ですが、ペニシリンよりさらにまれです。あんまり副作用で困ったことないなあ、そういえば。
ロセフィン(セフトリアキソン) CTRX
ずばり、世界で一番販売額の高いセフェムです。いわふる3世代に位置し、グラム陽性菌、陰性菌、バランスよく効果があります。が、緑膿菌などには効かないので、院内感染症には使いにくいです。市中肺炎、市中尿路感染などに用いられます。1日1回投与が可能なので、在宅とか外来でも応用可能です。
ロセフィン 1~2g 1日1回
などと用いますが、重症感染症では12時間おき投与となります(例えば、髄膜炎)。
ほとんどの抗菌薬は腎臓から排泄されますが、ロセフィンは肝臓から代謝されるのが特徴です。肝硬変がひどくて血中濃度が読みにくいときは、次に出るセフォタックスを使います。胆石を作ることがあるのが、難点です。
セフォタックス(セフォタキシム) CTX
ようするに、肝機能が悪かったり胆石があったりでロセフィンが使えないときの「代役」です。腎代謝性です。
1~2g 8時間おき
と使います。皮疹とかがときどき起こりますが、「特徴的な」副作用はあまりありません。
モダシン(セフタジジム)CAZ
緑膿菌に効果があるのが特徴のセフェムです。ただし、グラム陽性菌にはほとんど効果が期待できません。院内感染症のエンピリックな抗菌薬としても、緑膿菌感染症の治療薬としても使えます。
1~2g 8時間おき
と使うのが典型的です。これも皮疹とかがときどき起こりますが、「特徴的な」副作用はあまりありません。
マキシピーム(セフェピム)CFPM
いわゆる「第4世代」に位置する抗菌薬です。4=1+3、、、つまりセフマゾン+モダシンだと思ってください。ブドウ球菌のようなグラム陽性菌にも、緑膿菌を含むグラム陰性菌にも効くのです。「カルバペネム未満」の院内感染のエンピリック治療薬としてもよく用いられます。4世代セフェムは他にもいろいろありますが、臨床データも実績もマキシピームを超えるものはないので、これでまとめちゃいます。
マキシピームはAmpC過剰産生菌という特殊な耐性菌に対するファーストチョイスであり、ここにこの抗菌薬の最大の特徴があると思います。通常は
1~2g 12時間おき
のように使います。
マキシピームの最大の問題点は「セフェピム脳症」と呼ばれる中枢神経副作用があることです。特に腎機能が悪い患者では要注意です。
経口薬
じゃじゃーん、ぶっちゃけ発言、行きます。
経口セフェムで外科医の先生が知っておくべきは、
ケフレックス(セファレキシン)CEX
だけ。以上、おしまい。
本当です。外科領域の感染症では、フロモックスもメイアクトもバナンもセフゾンもトミロンも必要ありません(きっぱり!)。これらのいわゆる「3世代セフェム」は日本では異常なまでに頻用されていますが、体内への吸収が悪く、CDIのリスクも高く、感染微生物にもうまくフィットしていない「役に立たない抗菌薬」たちです。内科医のぼく自身、これらを処方することはまったくありません。
ケフレックスなんて古い薬、うちにはおいてないよ、という先生。ぜひ病院採用薬に入れてもらってください。これ「だけ」が必要な経口セフェムなのですから。
「3世代」セフェムがほとんど消化管から吸収されないのに対して、ケフレックスのバイオアベイラビリティはとても素晴らしくほとんど体内に吸収されます。MSSAにも効果があり、口腔内の多くの菌にも効果がありますから、整形外科、形成外科、皮膚科、歯科口腔外科などいろいろな領域で活用できます。薬価と抗菌薬の価値は必ずしも相関しないのです。収入の多い医者が、必ずしも価値の高い医者ではないのと同じように。それに、安い薬ってのは患者にとっては福音でしょ。薬価が高い薬を使ったからって先生の給与が上がるわけじゃないですからね。
この経口「3世代」セフェムの誤用は日本感染症診療の最大の欠点のひとつです。怖い怖い整形外科領域の感染症、化膿性関節炎とか骨髄炎とかにフロモックスやメイアクトが出されているのを見ると、ぼくは発狂して卒倒して、心臓が止まりそうになります。ほんと。「わざわざ」治しにくいオプションを選択するなんて、「ありえません!」
カルバペネム
日本にはいろいろなカルバペネムがあります。チエナム(イミペネム・シラスタチン)、メロペン(メロペネム)、カルベニン(ビアペネム)、オメガシン(パニペネム)、フィニバックス(ドリペネム)、、、なんと経口薬(テビペネム)まであります。
では、じゃじゃーん、ぶっちゃけ発言、行きます。
それぞれのカルバペネムには細かい違いがありますが、それは臨床上ほとんど気にしなくてよいくらいの些細な違いです。外科系なら
メロペン(メロペネム)MEPM
一剤あれば、十分でそれ以上、他のカルバペネムに手を出す必要はありません(ただし、感染症屋がみるマニアックな感染症では使い分けが必要なことがあります)。チエナムはけいれんの副作用が問題になることがあり、カルベニンやオメガシンは臨床データが圧倒的にメロペンより少ないです。フィニバックスは肺炎に対する効果が十分でなく、アメリカでは肺炎に対する使用は承認されていません。チエナムより死亡率が高かった、という臨床研究もあり、アメリカのFDA(食品医薬品管理局)からは警告が出ています。http://www.fda.gov/Safety/MedWatch/SafetyInformation/SafetyAlertsforHumanMedicalProducts/ucm388328.htm
てなわけで、外科領域において必要なカルバペネムは
メロペン(メロペネム)
だけ、ってことです。使い方は、
メロペン 1~2g 8時間おき
です。これも近年、添付文書がどんどん変化して最大投与量が大きくなっています。
カルバペネムは一番ブロード(広域)な抗菌薬で、よってよく使われやすいのが特徴です。しかし、広域に過ぎるために使い過ぎは耐性菌じゃっ起の原因ともなります。近年、カルバペネム耐性菌のアウトブレイクが医療機関で報告されていますし、感染対策加算を病院が得るためにもカルバペネムの適正使用は必須です(まあ、加算のための、、、ってのはどうかとも思いますが)。
で、ここでやはり「原則」です。
原則1 市中感染ではよほどのコトがない限り、使わない
「よほどのコト」というのは死にそうな壊死性筋膜炎とか、「ここを外すと患者が確実にもっていかれる」という状況のことです
原則2 院内感染でも、ゾシンやマキシピームなどを第一選択にする
もちろん、これもケースバイケースですが、「とりあえずメロペン」とメロペンを最初のビールみたいに使わない方がよいです。
原則3 カテ感染のファーストチョイスはバンコマイシンにする
これはよくある失敗例で、カテ感染の最大の原因菌は耐性ブドウ球菌(MRSAなど)であり、メロペンは効きません。重症例ならグラム陰性もカバーするためメロペンを「足す」ことはありますが、ここでもバンコは併用しなくてはなりません。
こんな原則で、まずは「今使っているメロペンを3割減らす」くらいを目標にすると、いい感じで適正使用になると思います。
これでβラクタム薬はおしまい!次回は「その他」をやります。もちろん、これだけで「抗菌薬が分かった」つもりになるのはさすがにヤバいので、参考図書を
端正な文章がお好きな方は、
矢野晴美「絶対わかる抗菌薬はじめの一歩」羊土社 2010
端正な文章だと眠くなる方は、
岩田健太郎、宮入烈「抗菌薬の考え方、使い方ver.3」中外医学社 2012
がおススメです。
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