PL顆粒という薬があります。いわゆる「風邪薬」です。
風邪「そのもの」を治す薬は残念ながら存在しません。スピルバーグの未来SF映画「マイノリティー・レポート」でも、近未来の世界に「風邪薬」がないのを登場人物が嘆くシーンがあります。近くて遠い存在が、風邪薬です。
では、PL顆粒には何が入っているのでしょう。案外、医者も知らないんじゃないかな(処方しときながら)。
PL顆粒に入っているのは、
サリチルアミド(解熱鎮痛薬)
アセトアミノフェン(やはり解熱鎮痛薬)
メチレンジサリチル酸プロメタジン(抗ヒスタミン薬)
カフェイン(カフェインです)
さて、抗ヒスタミン薬とは何でしょうか。これは鼻水やくしゃみを止めてくれる薬です。アレルギー性鼻炎や結膜炎(たとえば花粉症)なんかにも使います。
要するに、PL顆粒とは、熱を抑えて、鼻水を抑えて、くしゃみを抑えて、あとはカフェインですこ~しテンションを上げてもらって、風邪の症状を抑えこみ、「そのうち自然に治ってくれる」までの時間稼ぎをしているのです。
ですが、ぼくは基本、PL顆粒は処方しません。自分が風邪ひいても飲みません。とくに、高齢者の風邪には絶対にPLは使いません。
サリチルアミド。これは、[心得7]でお話したロキソニンやボルタレンの仲間です。NSAIDsと呼ばれるグループの解熱鎮痛薬で、胃潰瘍や、腎不全、それにアレルギー反応などが問題になることがあります。高齢者はとくに腎臓が危険です。
さらに問題は、抗ヒスタミン薬である、メチレンサリチル酸プロメタジンです。
抗ヒスタミン薬はヒスタミンという物質を抑える薬で、鼻炎や蕁麻疹には効果を発揮します。しかし、その副作用として、眠気が起きたり、口が乾いたり、便秘がひどくなったり、あるいはオシッコが出なくなったり(尿閉)することがあるのです。
高齢者にはとくに、抗ヒスタミン薬が強く作用してしまうのです。PL顆粒を処方されたあと、おしっこがでなくなって入院、という高齢者を、ぼくは年に数回は見ます。
また、眠気、ふらつきは転倒の原因になります。高齢者の転倒はバカにできなくて、頭を打って脳内出血(慢性硬膜下血腫。ぼくらの符丁では、「まんこう」という素敵な名前で呼んでいます)や、股関節の骨折の原因になります。怖いですよ。
米老年医学学会(AGS)は高齢者への抗ヒスタミン薬の使用は避けるよう推奨しています(J Am Geriatr Soc. 2012 Apr;60(4):616-31. )。
よく、小児科医の先生は「子供は大人のミニチュアじゃない」といいます。子供は、病気の出方や治り方、薬などの代謝が大人と違っており、大人の医療をそのまま応用するのではうまくいかないからです。同様に、「高齢者も大人の(直線的な)延長線上」にはありません。薬の作用は異なり、その副作用は強く出やすくなります。副作用に苦しみやすい高齢者ほど、お薬がたくさん出されているのは、皮肉な話です([心得26]のポリファーマシーの話参照)。
PL顆粒のような、簡単な薬ほど誤用されています。とくに高齢者にはPL顆粒を処方すべきではありません。そして、患者のほうも、「あ、あのピー何とか出してちょうだい」なんて言っちゃ、だめなんですよ。
とはいえ!
風邪には抗生物質は効きません。風邪にPL顆粒を飲むことはオススメできません。
では、風邪をひいたら、どうしたらよいのでしょう。
ぼくのオススメは、家でゆっくり寝ていることです。水分を十分に摂って脱水を避け、仕事や家事はいったんおやすみし、嫌なことは忘れてストレスを減らします。とにかく日本の患者さんは休養をとるのがものすごく下手です(周りの圧力も問題です)。下手の考え休むに似たり、じゃなくてちゃんと休まなきゃダメなんですよ。
果物などで水分とビタミンを補給するのもオススメです。もっとも、最近の研究ではビタミンCは風邪にはあまり効かないそうです(Cochrane Database Syst Rev. 2013 Jan 31;1:CD000980. doi: 10.1002/14651858.CD000980.pub4.)。また、水分補給も本当に風邪に良い、というデータは不十分という意見もあります(BMJ 2004;328:499)。
ハチミツをなめると、夜出る咳が減るそうです(Pediatrics. 2012; 130:465-71)。これなんか、いいですね。
あと、この連載では特定の商品をオススメするのはできるだけ避けているのですが、大正薬品が出しているヴィックスヴェポラップ(http://www.taisho.co.jp/vaporub/)。ま、あれはメントールとかユーカリ油とかが入っていて、胸に塗るだけなんです。ぼくなんか、「ああいうのはインチキだからやめとき」と患者さんに言ってしまいそうなのですが、実はちゃんと研究があって、子供の夜間の風邪症状をよくしてくれるんですって!(Pediatrics. 2010; 126: 1092-9)。思い込みって危険ですね。ちなみに、ぼくはこのメーカーから何ももらってませんからね、ドリンク一本たりとも。
てなわけで、実は風邪をひいても医者にかかるメリットは大きくありません。待ち時間でしんどいだけだったりして。
とはいえ、とはいえ。風邪の患者さんは外来に来ます。で、ぼくは風邪の患者さんには漢方薬を出すことが多いです。症状に合わせて、麻黄湯、柴胡桂枝湯、小青竜湯、麦門冬湯、半夏厚朴湯、竹筎温胆湯などなどを使います。香港など、海外では研究データも出ていますが、日本の製品については、残念ながらまだ十分な臨床研究がなされていません(Cough. 2006 Jun 22;2:5.)。風邪の研究はやらにゃー、と思っています。
麻黄湯を処方してほしい。
投稿情報: Kuwamoi | 2013/08/02 21:39