眠れない患者って多いです。とくに、高齢者に多い。
で、眠れない患者にはどうしたらよいか。
そう、医療の本質は「問いをたてる」ことでした。「なぜ」眠れないか、を考えます。
部屋が明るすぎて眠れない人がいます。テレビをつけっぱなしにしていてうるさくて眠れない人がいます。昼間寝過ぎていて夜眠れない人がいます(昼夜逆転)。コーヒーやその他カフェインの摂り過ぎで眠れない人がいます。お酒を飲んで眠れるとおもいきや、案外眠りは不安定になります。ベッドの上で編み物をしたり、本を読んだりしていて「ベッドの上で眠る時と活動するとき」がグチャグチャになって眠れない人もいます。ベッドの上でやることって2つしかないんですよ。
このように、眠れない原因を探ってやると、「案外」いろいろ見つかるものです。
ところが、多くの医者はこのような事情を勘案することなく、さらっと眠剤を出してしまいます。でも、それでは問題解決にはなりません。
例えば、高齢者にも「不眠」は多いですが、例えばそれは「トイレが近い」ということだったりします。その場合は「トイレが近い」のほうを治療すれば「不眠」も治るのです。
いわゆる眠剤には大きく分けると3種類あります。ベンゾジアゼピン系と呼ばれる眠剤(よくみるのは、デパスとかハルシオン)。ベンゾジアゼピンじゃないんだけどそれに似ている眠剤(よく見るのがマイスリー)。それらとは関係ない眠剤、の3つです。
そのうち、デパスとか、ハルシオンとか、マイスリーみたいな前者2つについて考えてみましょう。
例えば、マイスリー(ゾルピデム)では、高齢者がふらふらして、転んで骨折、、、のリスクが高まるという研究があります(J Am Geriatr Soc. 2001 Dec;49(12):1685-90.)
デパスやハルシオンやマイスリーなどを高齢者が飲めば、だいたい13人に1人くらいの割合で眠りの質は改善します。でも、6人に1人は副作用に苦しむというデータもあります。どうも割にあわないですね(BMJ 2005; 331: 1169)。
あるいは高齢者に「眠剤」を使い、その量を増やしていくと、どんどん死亡率が増していき、なんとガンも増えていく、という研究もあります(BMJ Open. 2012 Feb 27;2(1):e000850. doi: 10.1136/bmjopen-2012-000850.)。
アメリカのFDA(食品医薬品管理局)は「眠剤」の副作用を警告し、安易に用いないよう求めています(http://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/2007/ucm108868.htm)。
たかが眠剤、と医者の方も患者の方も眠剤をなめてかかっているところがありますが、そんなに生易しい薬ではありません、、、、なんて脅しをかけたら、モット眠れなくなるのかなあ。
ベンゾジアゼピン系の薬についてもう少し。
高齢者にベンゾを使うのはできるだけ避けるように、というのがぼくの上級医の教えでした。で、日本に帰ってきてあまりに多くの高齢者がカジュアルにベンゾをもらっているのでベックラこいたものです。ちゃんとリスクも吟味してるのかな。
いわゆる「安定剤」のベンゾジアゼピンには、
クロチアゼパム(リーゼ)
オキサゾラム(セレナール)
アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン)
ジアゼパム(セルシン、ホリゾン)
ロフラゼプ酸メチル(メイラックス)
エチゾラム(デパス)
ロラゼパム(ワイパックス)
ブロマゼパム(レキソタン)
クロナゼパム(リボトリール、ランドセン)
などなどたくさんあります。
高齢者はベンゾジアゼピンの作用が効きやすく、かつ抜けにくい(長く効果が続く)のが特徴的です。また、認知機能の低下、錯乱、転倒、骨折、交通事故などのリスクがあります。米老年医学学会(AGS)は、ベンゾジアゼピン系の「安定剤」を不眠や急に混乱したとき(せん妄、といいます)に使わないように勧めています。あと、認知症の患者にも通常は使わないようにも勧めています(J Am Geriatr Soc. 2012 Apr;60(4):616-31.)。
「精神科の薬」は、功罪ありますが、最近は「罪」の問題がクローズアップされています。
例えば、認知症。認知症の治療はなかなか難しいですが、日本ではよく抗精神病薬(antipsychotics)が使われています。
もともと抗精神病薬とは、統合失調症(昔でいう、精神分裂病)の治療に用いられる薬です。ところが、日本ではうつ病とか認知症の患者さんにもこういう薬がよく用いられています。どうしてなんでしょうね。
よく見る抗精神病薬には、例えば
クロルプロマジン(コントミン、ウインタミン)
ハロペリドール(セレネース)
リスペリドン(リスパダール)
オランザピン(ジプレキサ)
クエチアピン(セロクエル)
などがあります。クロルプロマジン、ハロペリドールなどは古い抗精神病薬で「第一世代」とも呼ばれます。リスペリドン、オランザピン、クエチアピンは比較的新しい抗精神病薬で「第二世代」とも呼ばれます。
で、米老年医学学会(AGS)は認知症にこのような抗精神病薬を使うことに反対しています(J Am Geriatr Soc. 2012 Apr;60(4):616-31.)。こういった薬を認知症患者が飲むと脳卒中や死亡のリスクが高まるためです。あと、同じ抗精神病薬でも、ハロペリドールは高齢者の死亡率をあげるので、使うのならリスペリドンのような「第二世代」のほうがベターです。もっとも、第二世代であっても心筋梗塞のような心臓病での突然死は増える、というデータもあります(Arch Gen Psychiatry. 2001 Dec;58(12):1161-7. NEJM 2009 Jan 15;360(3):225-35.))。
こういったお薬、上手に使わないと内海聡氏あたりに叱られますよ。
とはいえ!
お薬というのは一意的に悪いもの、と決めつけてはいけません。これはもう繰り返し申し上げてきました。
例えば、抗精神病薬は、オリジナルの統合失調症に使えばかなり症状を抑えることが可能です。
卯月妙子さんの「人間仮免中」(イースト・プレス)というマンガがあります。自身が統合失調症である卯月さんの自伝的なマンガで、統合失調症によっていかに彼女が苦しんできたかが、柔らかいユーモアと残酷な現実描写でじわじわと伝えています。
人が100人いればそのうち1人は統合失調症、といわれるくらいこの病気は多いのですが、その治療はなかなか大変です。社会の偏見が強いのもまた問題です。
こうした患者さんには抗精神病薬は症状の改善にある程度役に立ちます。すっきり完治、とはなかなかいかないようですが、少なくとも「ベター」な選択ではあるのです。
ベンゾジアゼピン系の薬も、パニック発作など、不安神経症の患者さんにはとても重要なお薬です。多くの患者さんが薬の副作用を恐れ、「依存症」になるのを恐れ、病気の苦しみを我慢します。このような「要らぬ我慢」を強いないよう、きちんとベンゾジアゼピン系で治療することはとても重要です。
全ての医療は、文脈依存的であり、その功罪は「使い方」次第です。全肯定も全否定もしないやり方で、お薬や医療と付き合っていきましょう。
さ、もう少しでこの連載もおしまいです。そろそろ「まき」に入りますね。
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