日本の医者は足し算体質な傾向が強いのではないか。そんな仮説を持っている。他国ときちんと比較したことはないけれど。
日本の医者は検査が大好きで、薬をたくさん出すことが大好きで、その薬の副作用を抑える薬を更に出して、、、と「足し算」の医療をしていく。これは、ツアー旅行でやたらたくさんの観光地見学がつめ込まれていたり(そして「休暇」で疲労困憊するのだ)、CDにボーナス・トラック(日本のファン限定)がついたり、携帯やDVDプレイヤーや液晶テレビにたくさんの機能を積み重ねたり(そして高値がついて韓国の製品に負ける)、カーナビがやたら高性能だったりするのに、シンクロする。
無論、「足し算の医療」の根拠には日本の医者の善意がある。患者思いの日本の医者は「とにかく俺の患者がよくなってほしい」という思いを込めて、足し算を重ねていくのである。
問題は、だ。その足し算の医療が患者に本当に利益をもたらすか、である。そこが担保されていないと、医者の思いは単なる片思いだ。医者はプロフェッショナルであり、アマチュアの医療オタクとは一線を画するはずだ。そのため、「俺の思い」よりも「患者のアウトカム」を優先させる義務がある。この義務をこなさなければ、医者は単なるアマチュアの医療オタクに堕してしまう。
多くの患者は、「CRPが1を切らない」という根拠で広域抗菌薬を続けられている。細菌感染症がないことはわかっている。しかし、万万が一患者にもしものことがあったらと思うと、抗菌薬を出さずにはいられない。理屈じゃないんだ。俺たちは主治医だ。患者が良くなって欲しいんだ、、、と主治医はいう。
しかし、これはリスクの一側面だけを見て、反対側面を見ていない誤謬である。抗菌薬を使わないのもリスクだが、使うのも同様にリスクなのである。
アジスロマイシンの処方「そのもの」が心血管系死亡を増やす原因になっている。レボフロキサシンも(あるいは他のキノロン)これと同様のリスクがある可能性がある。QT延長症候群は不整脈、心停止のリスクだからだ。それは、数万人に一人という小さなリスクである。しかし、確たるリスクでもある。ちなみに、この数字はペニシリンによるアナフィラキシーのリスクとほぼ同等である。しかし、そのようなリスクを知ってか知らずか、相変わらず患者には根拠不明なマクロライドが投与され続ける。「患者にもしものことがあったら」と出し続ける。そうこうしていると、本当にもしものこと(QT延長)が起きてしまうだろう。
Kellyには尿酸が高いだけで無症状な患者には尿酸を下げる薬を出すなと書いてある。利益とリスクのバランスが取れないからだ。しかし、非常に多くの患者は不要なアロプリノールを処方され、そしてそのうち何人かはDIHSを発症して生命リスクが脅かされている。あちらのリスクばかり注目し、足し算の医療を行い、他方のリスクを無視してしまうためである。
もともと、日本文化は「引き算の文化」であったはずである。無駄を削ぎ落したワビサビの文化。茶室、俳句。いったいいつから、我々はこのように足し算に固執するようになったのだろうか。
足し算の医療は集中治療の領域でとくに顕著に認められる。しかし、厳密な血糖コントロールなど、その善意が仇になってかえって予後が悪くなる例は珍しくない。
最近、日本集中治療医学会から敗血症の日本版ガイドラインが発表された。Surviving sepsis campaign guideline (SSCG)が欧米人を対象にしており、日本人固有の特徴(サイトカインや遺伝子多型?)を無視しているというのである。
ま、その論旨についてはここでは触れない。このガイドライン、途中まではとてもよくできており、なかなか読み応えがある。しかし、DICあたりから、かなり内容は怪しくなってくる。
とくに問題に感じたのは、合併症たるARDSに対するシベレスタットナトリウム、エラスポールの推奨である。ガイドラインでは考慮してもよい(2C)となっている。
すでに、STRIVE studyで死亡率の改善は認められない(かえって高くなる)ため、海外ではこの薬は使われていない。しかし、「日本人は違う」というロジック?のもとでこの薬は足し算的に頻用されている。僕らはこれをうけて、メタ分析をやってエラスポールはARDSの短期、長期の死亡率を改善しないことを指摘している。日本人だけを対象としたサブグループ解析でも結果は同じであった。
しかし、ガイドラインはこのメタ分析を引用すらしていない。批判されるのなら、分かる。この方法論がけしからん、あの分析にバイアスがある、と。しかし、これまでのところこの研究の内容に直接の批判を受けたことはない。検討もせず、黙殺されたのである。しかも、Aikawaらの2011年のスタディーは引用され、エラスポールの有効性の証左として紹介され、なんの批判的吟味も受けていない。このスタディーはオープンラベル、非ランダム化研究であるが、エラスポール投与群のほうが180日後の死亡率は有意に低かったと主張する。しかし、コントロール群は有意に年令が高く、有意にPF ratioは低く、有意にAPACHE II scoreは高く、有意に発症からスタディーへの参加は遅かった。確かに、このスタディーではバイアスを排除するためにpropensity scoreを用いているが、通常は「より重症な患者に治療群が入りやすい」バイアスを排除するためにpropensity scoreを用いるのである。より軽症の患者にエラスポールが投与されている、という時点で(ランダム化のない)このスタディーのバイアスは非常に強いと考えるべきである。
通常、こんな問題ありありの論文はガイドラインの根拠にはならない。本ガイドラインがこれらの問題を全く指摘することなく、まるのままで紹介するとは、驚きの至である。いや、前言撤回。驚くことはなかった。論文の著者には本ガイドラインのRegistry委員が複数加わっているし、エラスポールを販売する小野薬品のスタッフも入っているし、ガイドラインの利益相反には小野薬品の名があがっているのだから。
「足し算」が単なる美学的な文化であるならば、たとえそれが学的に、医療的に好ましくないことであっても、感情的には嫌悪の感は抱かない。先生が一所懸命なのは分かりますが、逆のリスクも見ていただきたいんです、、、と柔らかい口調で申し上げるだろう。が、しかし、、、なのである。
最近のコメント