注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだけ寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際には必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jpまで
食中毒の分類として、微生物性(細菌性、ウイルス性)食中毒、化学物質性食中毒、自然毒性食中毒が考 えられる。今回のレポートでは、自然毒、特に海産物の毒素による中毒についてまとめる。主なものに、シ ガテラ中毒、ヒスタミン魚中毒、麻痺性貝毒、神経毒性貝毒、下痢性貝毒、記憶喪失性貝毒、テトロドトキ シン中毒、ビタミンA中毒がある。
・シガテラ中毒
オニカマス、ドクウツボ、バラハタなど熱帯・亜熱帯の珊瑚礁周辺に生息する魚によって引き起こされる 食中毒である。原因は渦鞭毛藻が持つシガトキシンなどの毒素で、渦鞭毛藻を餌とする小型魚を肉食性大型 魚が捕食するという食物連鎖の中で生物濃縮が起こり、人の中毒へと繋がる。現在世界で最も報告が多い魚 介類の中毒である。シガトキシンの毒性は、神経細胞や筋肉に発現している電位依存性ナトリウムチャネル の透過性を上げ、持続的に脱分極させることにより起こる。臨床症状は、胃腸症状、手足の感覚異常、hot/ cold temperature reversal、目のかすみなどである。治療は対症療法が主であり、多くは軽症である。
・ヒスタミン魚中毒
常温放置により高濃度のヒスタミンを含むサバ、マグロ、イワシなどを摂取し発症する中毒である。ヒス チジンを多く含むこれらの魚を常温で放置すると、ヒスタミン産生菌(表在菌叢や二次汚染に由来する Klebsiella pneumoniae, Proteus morganii, Serratia marcescens, Enterobacter intermediumなど)が増殖し、 ヒスチジンがヒスタミンへと変換され、ヒスタミンが高濃度に蓄積される。通常ヒスタミンは経口摂取して も吸収されず消化管内で速やかに代謝されるが、大量のヒスタミンを摂取すると代謝しきれず体内に吸収さ れ、数時間後に紅斑、蕁麻疹、嘔吐、下痢などのアレルギー様症状が現れる。治療は抗ヒスタミン薬が著効 し、数時間以内に回復する場合が多い。なおイソニアジドはN-メチルヒスタミン酸化酵素を阻害するため、 服用患者はヒスタミン代謝が阻害されヒスタミンの蓄積が起こりやすい。
・貝毒(麻痺性、神経毒性、下痢性、記憶喪失性)
渦鞭毛藻類の毒素がイガイ、ホタテガイ、カキ、アサリなどに蓄積し、それらを摂取することにより発症 する中毒のことである。麻痺性貝毒の毒素はサキシトキシンなどで、フグ毒と似ており末梢神経のランビエ 絞輪に局在するナトリウムチャネルをブロックし、麻痺症状を引き起こす。ほとんどは軽症であるがまれに 死亡例もある。神経毒性貝毒の毒素は Brevetoxinsであり、ナトリウムチャネルの透過性を亢進させる。胃 腸症状や顔面麻痺、四肢麻痺、めまいなどが現れるがふぐ中毒に比べて軽症が多い。下痢性貝毒の毒素は、 オカダ酸などであり、脱リン酸化酵素の阻害により毒性を発揮する。下痢、嘔吐、嘔気などが症状であり、 ほとんどは3日以内に回復する。記憶喪失性貝毒の毒素はドウモイ酸で、中枢神経伝達物質L-グルタミン酸 アゴニストとして作用し、海馬、視床、扁桃体細胞を壊死させる。食後数時間以内に嘔吐、頭痛、下痢など が起こり、重症患者では記憶喪失、平衡感覚の喪失、 痙攣が見られ、昏睡により死亡する場合もある。
・テトロドトキシン中毒
フグによる中毒である。ビブリオ属、シュードモナス属、アルテロモナス属などの海洋細菌が産生するテ トロドトキシンが生物濃縮しフグ体内に蓄積する。肝臓、卵巣、腸、皮などに多い。東アジア~東南アジア に多いが、特に日本で多く、旬である冬季に多発する。近年の死亡事故のほとんどは、釣り人による不適切 な調理が原因である。テトロドトキシンは末梢神経のランビエ絞輪のナトリウムチャネルをブロックし、弛 緩性麻痺を引き起こす。食後約15分程度で口唇の麻痺が現れ、数時間内に四肢、全身へと広がり、呼吸筋麻 痺により死亡する。治療は人工呼吸器管理、硫酸アトロピン、輸液などの対症療法であるが、ケースレポー トでコリンエステラーゼ阻害薬の有用性が報告されている。予後は悪く致死率は60%にも及ぶ。
・ビタミンA中毒
イシナギ、マグロ、カツオなどの肝臓を摂取し、ビタミンA過剰症になる中毒である。食後30分~12時間 で激しい頭痛、悪心、嘔吐、めまい、顔面浮腫などが現れ、2日目頃から全身の皮膚落屑が見られる。治療 は対症療法で、回復には20~30日を要する。現在日本でイシナギの肝臓は食用禁止となっている。
<参考文献>
marine toxins.UpToDate,2012/5/16 CDC(http://www.cdc.gov/ncidod/dbmd/diseaseinfo/marinetoxins_g.htm),2012/5/16
上条吉人, 相馬一亥: 臨床中毒学, 医学書院, 475-497, 2009 厚生労働省(http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/index.html), 2012/5/16
CDC.Tetrodotoxin Poisoning Associated With Eating Puffer Fish Transported from Japan -- California, 1996.MMWR 1996;45;389-391
Elaine C.Jong,Christopher Sanford,岩田健太郎,土井朝子:トラベル・アンド・トロピカル・メディシン・マニュアル,メ ディカル・サイエンス・インターナショナル,547-554,2012
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