でたばっかですが、増刷になりました。ありがとうございます。気がついたんですが、本は読者が恣意性を持って読み飛ばすところを構造的に読み飛ばします。僕も今フロイトの「人はなぜ戦争をするのか」を読んでいて、僕がフロイトについてとことん読み飛ばしまくっていたことを思い知り、反省しきりです。そんで「1秒もムダに生きない」ですが、読者層によって見事に読み飛ばし方が定型的です。「予防接種、、」のときもそうでした。興味深い、、、
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でたばっかですが、増刷になりました。ありがとうございます。気がついたんですが、本は読者が恣意性を持って読み飛ばすところを構造的に読み飛ばします。僕も今フロイトの「人はなぜ戦争をするのか」を読んでいて、僕がフロイトについてとことん読み飛ばしまくっていたことを思い知り、反省しきりです。そんで「1秒もムダに生きない」ですが、読者層によって見事に読み飛ばし方が定型的です。「予防接種、、」のときもそうでした。興味深い、、、
投稿情報: 12:22 カテゴリー: 考え方のピットフォール | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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2年目初期研修医が発表。NEJMくらい、がんばれば皆さんでも読めるのです。
投稿情報: 09:24 カテゴリー: journal club | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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6月12日に行われたチャリティー・シンポジウムの収支報告です。
個人、および協賛企業からの参加費・募金が合計で
1,048,406円 986014円
会場代、演者交通費(演者謝礼は今回ゼロ)、弁当代、チラシ代など出費が合計
184,818円 180708円
でした。差額
863,588円 805306円(マイナス振込手数料)を震災の保健・医療支援に充てたいと思います。ご支援いただいたみなさんに心からお礼申し上げます。
訂正です。丁寧にリカウントしてくださった銀行さん、ありがとう。
投稿情報: 08:45 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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ある病院の小児科で、予防接種の同時接種を拒絶していた。未承認のIPVはほかのワクチンと同時接種するのはまかりならん、、という話なのである。
もともと日本では予防接種の同時接種は禁忌ではない。「医師が特に必要と認める場合」にはOKである。だから、僕は日本に帰国して以来、いつも「俺が特に認めているんだ」からと同時接種をやって来た。
日本小児科学会はワクチンの同時接種を子どもを病気から守るための必要な医療行為であるという見解を公にしている。
にもかかわらず、同時接種を頑なに拒む小児科医が現場に存在するというのが日本の現実である。それは、何のルールも規制もないのに自己保身を目的として過度の「自主規制」を行う日本のマスメディアと同じ構図に基づく誤謬である。
僕は、科学的見解には絶対性はないという理解を持っている。だから、ワクチンの同時接種が科学的に許容できないという意見の持ち主そのものを否定はしない。それを支持する科学的データはほぼ皆無だが、そういう見解の存在そのものを無下に否定するものではない。
しかし、件の病院では事情が異なっていた。ほかの承認済みワクチンでは同時接種はOKなのである。ただ、未承認ワクチンであるIPVと他の予防接種だけが同時接種不可なのである。国外ではすでにIPVと他のワクチンの同時接種は「常識」であり、これらをあわせたコンビネーションのワクチンが活用されており、かつ来年承認される(といいな)国内のワクチンでは、IPVは他の予防接種とのコンビネーションででてくることが周知であるにもかかわらず、である。
つまり、ここでIPVを同時接種することを認めないのは、(いささか根拠に怪しい)科学的見地に基づくものではなく、シンプルに「自己保身」のみを目的としたものなのである。
自己保身の誤謬は続く。件の小児科医は、IPVを自分で同時接種することは頑なに、頑なに、頑なに拒んだのだが、保護者が自宅で接種する分には問題ないと許容した。
全ての予防接種はリスクフリーではない。必ず副作用のリスクがある。その最大のリスクはアナフィラキシーである。だから、医療機関ではワクチン接種後15−30分の観察期間を置く。ワクチンの無謬性という幻想は信じず、そのリスクも射程において妥当な医療を目指すためである。
そのワクチンを自宅で接種してよいということは、ワクチン最大のリスクであるアナフィラキシーの問題をあえて無視するということである。知らなくてやっているのであれば、小児科医としてはあまりに無知である。知っていてやっているのなら、小児科医としてあまりに悪質である。子どもの生命のリスクよりもてめえの保身をより大事にしている人物に、小児科医である資格はない。
どっち向いてるの?子どもの安全?それともあなたの保身?
ワクチンのリスクはいつでも存在する。それを無視することはできない。しかし、リスクは接種を受ける子どもに対するリスクである。医師に対するリスクではない(直接の)。リスクの妥当な見積もりを否定し、頑なに「他者の視線」のみを基準にして予防接種のありようを決めるとき、そこにはプロフェッショナリズムは存在しない。プロフェッショナリズムとはつまるところ、プロとしての知識と、責任感にある。IPVの予防接種を拒む小児科医は、ワクチンに関する基本的知識を欠いているか、ワクチン接種者としての責任感を欠いているか、あるいはそのどちらも欠いているのである。
投稿情報: 22:56 カテゴリー: 考え方のピットフォール | 個別ページ | コメント (3) | トラックバック (0)
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Facebook情報で教えてもらったのだが、SanfordがiPhoneに入っている。早速ダウンロードしてみた。ついでに、JohnHop ABX guideもSkyscapeなしで独立したアプリがあることを知り(知らなかったのよ)、これもダウンロード。アクセスが速くなって快適っす。
昔Palmを使っていた頃のサンフォードはとても使えないものですぐに紙に戻ったけど、今回のはよいです。というか、これってABX guideの作りそのままパクリじゃん。まあ、よいモノはパクってよいというのが僕の意見なので、いいけれどね。
先日紹介した抗菌薬サークル図もそうだけど、どんどんスマートフォンにとりこんで、ポケットの中身が小さくなるとよいですね。いずれはイヤホンみたいに小さな聴診器とかできるのかな。
投稿情報: 15:58 | 個別ページ | コメント (2) | トラックバック (0)
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投稿情報: 09:22 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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うーん、問診と診察で7,8割は診断できるけど、残りは検査しないと診断できない。これも検査をしないと診断できないケース。すご。
投稿情報: 09:20 カテゴリー: clinical problem solving | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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Don't spoil under 30.
彼らは、見た目ほど草食でも軟弱でも、無関心でもない
そう振る舞っているだけだ
あなたが若い頃そうであったように年寄りに食ってかかるような無分別な行為をとるのが、「面倒くさい」だけなのだ
バカは相手にしていられるか、とクールに値踏みしているだけなのだ
値踏みされているのは、あなたであり、私である。
Don't spoil under 30.
だから彼らを、駅前英会話学校の「顧客」のように扱ってはならない
もみ手で、作り笑顔で接してはならない
猫なで声で話しかけてはならない
こちらのやり口を迂闊にもバラしてはならない、見せるのは私の魂
相手はルックスよりずっと狡猾だ。決してナメてはならない
Don't spoil under 30
床入り指南書を手に取りながらベッドにはいる間抜けな亭主のように
机上の教育マニュアルやビジネスモデルや語呂合わせ(mnemonic)を振り回してはならない
Don't spoil under 30.
彼らのプライドに顧慮するな
後生大事に守られたプライドほど、始末に負えないものはない
挫折も失敗も知らないプライドは、真の矜恃ではない
矜恃がなければプロになれない
何の準備もなく、指南もないままに、挫折を乗り越えた経験すら持たずに、いきなり人の生き死にを扱うプロのリングに彼らをあげるような、そんな残酷な真似はしてくれるな
Don't spoil under 30
彼らをスポイルするな、猫なで声で話しかけるな
震えを起こせ
反動を恐れるな、震えるときに反動はつきものだ
自分を守ろうとするな、偽善で化粧するな
目指すはあなたと私の安寧ではない、彼らの未来である
Don't spoil under 30
この国は病んでいる
この国は老いている、悪い意味で老いている
新しい血を入れねばならない、古い器に
新しい血を、あなたの、そして私の古ぼけた世界観で汚してはならない
Don't spoil under 30
Don't spoil under 30
Don't spoil under 30
投稿情報: 07:42 カテゴリー: 考え方のピットフォール | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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週末のシンポジウムで鷲田先生が引用された言葉。ヒッピー時代の言葉だが、さすが鷲田先生で、本質的な問題の「底」を言い当てておられると思う。
今の政治家とか官僚、産業界、マスメディアの意思決定者=お偉いさんは、右肩上がりの時代を信じていくことができた「昭和の」人達である。その実感が染みついており、習性になっており、それ以外の世界観を頭では認識できても、魂に落とし込むことができない(鷲田先生たちごく一部の例外を除けば)。これだけ世の中が「右肩上がり」の世界観から離れていき、地震と津波と原発事故でその幻想に引導を渡されても、まだ「右肩上がりの」世界観で問題を議論しようとする。だから、この期に及んでまだ、村上春樹的に言えば「効率」、内田樹先生的に言えば「カネ」を主軸にしないと話ができない。
効率やカネが要らないといっているのではない。それ「だけ」が価値の主軸で、人命や安全と平気でトレードオフにしてしまおうという根性が問題なのである。ポリオワクチンだって、10年前に不活化にするチャンスはあったのである。しかし、「カネ」の都合でほったらかしになった。全ては「昭和の世界観」から脱却できない、内田さん的に言えば「構造的に見落としている」世界観がもたらしているものである。
原発は、いくらテクニカルに安全性を上塗りしても、その安全であるという担保が「安全に違いない」という世界観から脱却できないメンバーによるシステムであれば、これからも事故は起き続ける。それは、物理学とか建築学というテクニカルな問題ではなく、昭和の世界観が構造的に見落とし続ける構造のためにそうである。無謬であり、安全であるというスローガンが、実は一番危険なスローガンであることは、「無謬」とか「安全」という言葉の重みと幻想性に熟知している、僕ら医療者がよく理解するところである。無謬を声高に主張する人ほど信用できないものはない。
彼ら(政治家、官僚、産業界、ジャーナリストの「昭和の世界観にどっぷり浸かった人々」)は内部事情に通じている。しかし、その世界観は人間関係、党派性、派閥性の世界観、右肩上がりの世界観、昭和の価値観で構成されている。だから、「だれだれと仲が良い」とか「どこのポストは出世を約束されている」と「この話はだれに根回ししなければ」というインサイダー情報の多寡だけが価値になっている。インサイダー情報に意味がないとは言わないが、それだけが価値というのが問題なのである。そして、そのような平坦な世界観が自主規制、上滑りする言葉の遠因ともなっている。
鷲田先生は、そのような「右肩上がりの世界観」が骨の髄まで染みついている人達に、そろそろご退場願った方がよいのではとおっしゃる。サーティというのはもちろん便宜上の言葉である。僕も同感である。
こないだ、内閣不信任案が提出されたときのごたごたを見ていて、僕の率直な感想は、「こいつら、何やってんだ?」であった。危機的な状況においては優れたリーダーシップを示せると(インフルの時は)思った舛添さんまでインサイダーの価値観で内紛に夢中になっていた。舛添さん、がっかりだぜ。
今は緊急時だから、たとえあのような馬鹿騒ぎを見せられたとしても、多くの国民は、ここはぐっと我慢だと思っている。でも、こんなことばっかりやっていたら、しかるべきときが来たら(次の選挙?)、仁侠映画の高倉健みたいにばばんと怒りを表出させるときが来るかもしれない。与党も野党も、「右肩上がりの世界観」にどっぷり浸かっている人達は、そのとき一斉にご退場いただいた方がよいのかもしれない。
そして、右肩上がりの世界観からフリーになった、「そうでない世界の可能性も念頭における」人達だけが、未曾有の災害で現行の価値観を全てひっくり返されているこの日本で、それなりに生き延びていく人なのではないかと僕は思う。
投稿情報: 08:09 カテゴリー: 考え方のピットフォール | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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