以下、書いた書評ですが、ブログに載せても良いとのことで、載せます。医学書院さん、太っ腹です。こういうときに著作権とかやたら主張してもしょうがないぜ!(石川雅之風だ、、、)
「将来の人々は、かつて忌まわしい天然痘が存在し貴殿によってそれが撲滅されたことを歴史によって知るだけであろう」
トーマス・ジェファーソン。エドワード・ジェンナーへの1806年の手紙 本書134頁より
我々は、ジェファーソンの予言が1979年に実現した事を知っている。個人の疾患は時間を込みにした疾患である。社会の疾患は歴史を込みにせずには語れない。目の前の患者に埋没する毎日からふと離れ、俯瞰的に長いスパンの疾患を考えるひとときは貴重である。
本書は病気を歴史で切った本である。非常に読みやすい。美しい絵と多くの逸話、そして箴言がちりばめられている。
むろん、職業上、学問上の必要からも本書は有用である。かつて麻疹は死亡率の高い疾患だった事。シャーガス病のような現在でも猛威をふるう疾患でもしばしば我々は無視(ネグレクト)してしまうこと。壊血病のような疾患の原因を突き止めるのに先人は多くの努力と困難とときに失敗を経てきた事。
しかし、そのような「お勉強」を離れても本書は単純にページ・ターナー(先が読みたくなる本)としても秀逸である。元々僕は古い映像や写真を眺めるのが大好きな性分で、本書にちりばめられた美しい挿絵や写真はかの時代への想像力をかき立てるのに十分であった。フランクリン・ルーズベルトとポリオの逸話、ヤウレッグがいかに梅毒とマラリア(のナイスなコンビネーション)でノーベル賞を受賞したか。こうした逸話も純粋にただただ読むに快楽である。インフルエンザと同意の言葉がアラブの言葉ではアンファル・アンザとそっくりだ、なんて何の役にも立たないウンチクを知るのも楽しいではないか。本とは詰まるところ、面白くてなんぼ、である。
30の逸話のうち27までが感染症であるのは示唆的である。別に著者が感染症オタクだったから、というわけではなかろう。歴史から医学・医療を語ろうと思えば、こうせざるをえなかったのだろう。そのくらい、かつて病と言えば感染症であったのである。人々は、ペストにおびえ、コレラに恐怖し、梅毒におののき、インフルエンザに戦慄した。これが歴史である。そのような世界を克服したと思ったとたん、エボラ出血熱が見つかり、エイズが見つかり、SARSが見つかる。これも歴史である。2009年は、21世紀になっても我々が感染症に引っかき回される存在である事を改めて認識させた。別に、脂質異常や骨折やうつ病が無視されて良い疾患だと言っているのではない。歴史という観点から切ると、「うつる」感染症がより切りやすい、というただそれだけの話だ。
ダニエル・エルマー・サーモンという魚のような名前の男が医学の歴史に何を残したか、本書はこういうほとんどくだらないことに拘泥し、にやにやしながら、豊かな気持ちで読んでほしいと思う。
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