今書いている文章の一部、よく聞かれるので。
よく質問されるのは、「プールで水泳したいのだが、新型コロナウイルス対策はどのようにすればいいのか」というものです。
理論的には、プールで感染する可能性のあるウイルス感染症は糞口感染と皮膚からの接触感染だと思います。
過去には、アデノウイルス、A型肝炎ウイルス、ノロウイルスなどの水泳プールでの感染アウトブレイクが起きてきました(Bonadonna L, La Rosa G. A Review and Update on Waterborne Viral Diseases Associated with Swimming Pools. Int J Environ Res Public Health [Internet]. 2019 Jan [cited 2020 Jun 19];16(2). Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6352248/)。プールの水や浮き輪、はしごなどに付着した鼻水、唾液、糞便、などが感染源のようです。
しかし、こうした感染症はプールの消毒が十分に行われていない状況で起きたものがほとんどで、塩素系の消毒を適切に行なった場合はプールの水の細菌やウイルスは即座に死んでしまいます(Safe Recreational Waters II - Ch 3 [Internet]. World Health Organization; [cited 2020 Jun 19]. Available from: https://www.who.int/docstore/water_sanitation_health/Recreational_water/htm/Volume2/recreatIIs-chap3.htm)。よって、適切に塩素系の消毒が行われているプールであれば、水の中で新型コロナウイルス感染に遭遇する可能性はほぼないと思います。水中でのマスクやフェイスシールドも不要です。
もちろん、水上で、咳などから飛沫感染をする可能性は(プールの内外で)残ります。ですから、やはりソーシャルディスタンスは大事でして、2m程度の距離を他の人と確保することが大事です。水泳教室でよくあるような距離の狭い行列を作ったりするのは回避しなければなりません。
狭いプールサイドで十分な距離を確保できない場合は(プールの外では)マスクを着用するのも一案でしょう。また、ドアノブなどに触れた時の手指消毒もとても大事です。これはプールとは無関係に適用できる一般的な対応策ですね。
ちょっと心配なのは更衣室です。もちろん、タオルのシェアはご法度です。ここでも密な空間を作らないように、ゆとりのある空間を確保して着替え時間をずらすことが大事になるでしょう。
プールの経営サイドとしては、プールの水も含め、適切な環境消毒がとても大切になります。ただ、神経質なまでに消毒にこだわりすぎてしまうとスタッフも疲弊しますから(よくあります)やりすぎには要注意です。日本スイミングクラブ協会がガイドラインを作っていますが、よくできていると思います。こちらもご参照ください(http://www.sc-net.or.jp/pdf/COVID19_Guidelines.pdf)。
これは水泳に限ったことではありませんが、リスクが高いのはむしろスイマーというよりは、付添の親御さんだと思います。ぼくも親として経験がありますが、見守っている親のほうが密集を発生させやすいんですよね。ちょっと残念かもしれませんが、親御さんは我が子の水泳姿を見るのは断念して、送り迎えなどに徹するのがよいと思います。十分な人と人との間隔を確保できたり、おしゃべりをしないなどの環境・ルールが整備できればその限りではないですが、一般的にプールにおいては十分な観覧スペースって確保が難しいように思っています(日本のプールを網羅的に調べたわけではないので、例外はあるかもしれません)。
スポーツとは関係ないですが、応用問題として温泉などの公衆浴場を考えてみましょう。
温泉の温度は場所や浴槽により異なりますが、40℃台のところが多いようです。この温度では新型コロナウイルスは即座には死にません。
調べた限りにおいては、温泉のお湯から人間に新型コロナウイルスが感染する経路を吟味したシミュレーションなどの研究はないようです。論理的には、感染者の唾液や鼻水がお湯に混じってしまい、その湯気が気道に入って感染する可能性は否定できないと思います。
ただし、これはあくまでも論理的には、という話。リアルワールドで感染リスクを考えるときは「頻度」を考えるのがとても大切です。大きな公衆浴場で、たまたま偶然コロナウイルス感染者が混じっていて、たまたま偶然その感染者の飛沫がお湯にまじり、たまたま偶然ウイルスが混入した水が湯気になって自分の口に入っていく可能性は、少なくとも本稿を書いている現時点においてはとても低いと思います。
繰り返しますが、新型コロナウイルスを考える上で、「頻度」「数」を勘定に入れるのは極めて重要なのです。数々の抗体検査が示唆するのは、日本の大都市においての抗体陽性者は0.1%前後、つまり千人に一人くらいか、その前後ということです。これはあくまでも累計で、過去の感染者を全部足したらそれくらい、という計算なので(ここには専門的にはいろいろツッコミどころはあるのですが、ここでは便宜上無視します)、「現在」「今」感染している人はこれよりずっとずっと少ないことは容易に推察できます。そういう状況下では、「頻度」として、たまたま入った温泉でお湯から感染するリスクは非常に小さくなるのです。逆に、感染者が非常に多くなった状況下では温泉はおろか、外出もご法度になるのですが。
日本温泉協会が新型コロナウイルス対応ガイドラインを発表しています(https://www.spa.or.jp/news/general/4199/)。熱や咳などの症状がある場合は来館を自粛するなど、ごく一般的な記載に留められていますが、逆に言えば温泉・公衆浴場での「特別な」コロナウイルス対策というのは存在せず、ごく一般的な感染対策を援用するのがよいのだとぼくは考えます。
その他のスポーツでも、基本的に考え方は同じです。感染経路は飛沫と接触。ここから勘案して一般的な感染対策を行います。
中国の武漢で新型コロナウイルス感染が流行していたとき、ぼくは「ジョギングは感染の大きなリスクにはならない。たとえ武漢であっても」と発言したことがあります。これを「とんでもないことだ」と非難した人もいましたが、事実です。
要は感染経路をちゃんと遮断していればいいのです。周りに人がいない環境を確保している限り、ジョギングは感染リスクにはなりません。現にぼくはほぼ毎朝ジョギングをしています。人と遭遇しない場所と時間帯は選んでいますが。マスクはしていません。武漢であろうが、他の地域であろうが、状況は同じです。ヨーロッパでも多くの地域では新型コロナウイルス流行時、ロックダウンの最中であってもソーシャルディスタンスを確保した形での散歩やジョギングは認められていました。
感染経路さえ遮断できていれば、感染症は予防できる。100年以上前に微生物学の巨人、パスツールが確立した(ほぼ)真理です。だから、我々感染防御のプロは、感染経路をきちんとイメージし、これをいかに遮断するかを感染対策の「キモ」とします。長くやっていると、それぞれの感染症の感染経路はビジュアルにはっきりとイメージできるようになります。
漫画「もやしもん」(石川雅之著)の主人公、沢木直保(ただやす)は、「菌を見ることができる(実際にはウイルスも見えてますが)」特異体質の持ち主です。そういう能力、あったらいいなあ、とぼくなんかは思いますが、もちろんぼくには菌やウイルスは裸眼では見えません。しかし、感染経路はイメージできているので、その経路は(ほぼ)ビジュアルな形で「見えています」。ちょうど、よいサッカー選手がドリブルやパスの経路が「見える」ように(この現象は、ぼくのようなヘボなプレイヤーでも年に数回は起こります)。
だからこそ、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号は大変だったのです。ちゃんと感染経路を遮断できるようなゾーニングができていなかったのですから。あちこちにウイルスの感染経路が見えてしまう。これは「見える」人にとっては恐怖そのものでしかありません。見えない人には何も感じられないので、これが「伝わらない」のですが、あえて皆に伝わるように申し上げるなら、上水道と下水道が混じっていて、下水入りの水を皆が美味しそうに飲んでいる風景、といったところです。
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