以下、厚労省に送りました。
意見書
この度のSARS-CoV-2抗原検査活用に関するガイドラインの改定は問題です。以下、その根拠を述べます。
ガイドラインのアルゴリズムによると、症状発症後2日目以降から9日以内の者の場合、検査が陰性であれば追加の検査を必須とはしない、とあります。
「必須としない」は微妙な表現です。必要ない、という解釈もできますし、「場合によっては必要なこともある」という解釈もされるでしょう。このような曖昧な文章だと診療現場でこのアルゴリズムは恣意的に用いることが可能です。現に、これを根拠に「厚労省が抗原検査陰性ならPCRは必要ないと言っているから、ERでどんどん使おう」という議論も起きています。
しかしながら、その根拠となる川崎市健康安全研究所の研究によると、「発症2日目から10日以内の症例ではおおむね8割以上の検体でRNAコピー数が1600 以上,9割以上の検体で400コピー以上であったとありました。しかし、10検体であった3日目の400コピー以上の割合が90.9%と判然としない数字になっているのに加え、結局400コピー以下のケースも1割近く存在しています。
さらに、大森病院のデータでは9日までのPCRとの一致率は7/8=87.5%、感度としては9割を切るもので、これは臨床医学で「除外」に用いる感度としてはとても低いものです(加えて検体数が少なすぎます)。国立国際医療研究センターのデータだと更にひどく、発症から10日以内においては陽性一致率は高い傾向とありますが、この「傾向」の意味が不明な上にそれは4/6に過ぎず、しかもそのうち1例は発症10日目です。「9日目まで」のデータだと3/5で、感度はわずかに60%です。感度60%の検査で疾患を除外するなど、到底考えられないことです。症例数が少なすぎるのも上記と同様です。
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000640452.pdf
そもそも、基準としたPCR自体が感度が低いことは周知の事実です。感度が低い検査のさらに低い感度でもって、その陰性結果が除外の根拠となるとは、とても臨床医学上許容できることではありません。
加えて、帰国者・接触者外来は典型的な症状に合致したもののみが紹介されるため、ウイルス量が多くなるのは当然です。もっと微妙な症状で受診する者は今後も増えることでしょうから、そうしたケースではウイルス量は少なくなり、この低い感度は更に下がることでしょう。
一番懸念されるのは、軽度症状があり、かつ手術前の検査として抗原検査が用いられる場合です。入院して手術をし、その後実はCOVID-19でした、ということになれば、院内感染が発生しかねません。検査偽陰性を誤解釈しての院内感染はすでに日本で発生しています(小田原市立病院 https://www.asahi.com/articles/ASN6134VXN5WULBJ00G.html)。院内感染は多数の感染者を生むだけでなく、濃厚接触者の職務停止、医療機能の低下、周辺医療機関へのしわ寄せを生みます。医療崩壊の最大のリスクが院内感染です。
抗原検査は消費期限が短いため、PCRと抱合せをルール化すると使用しづらく、結局使用されずに破棄される、あるいは医療機関で採用されない可能性があるでしょう。メーカーに忖度すれば消費されやすく、使い勝手のよい仕組みにしたいでしょうし、事前確率が十分に低ければ、抗原検査陰性を持って疾患を除外して良いケースもあるとは思います。が、あのような誤解を生む表現と間違ったデータの解釈でアルゴリズムを書いた場合、現場での弊害のほうがずっと大きいであろうことをここに指摘します。
よって、
・必須とはしない、という誤解させやすい表現を改める。
・感度の低い検査で疾患を除外する、という臨床医学上の非常識を改める。
という二点においてガイドラインの修正を要求します。
なお、一般にガイドラインは著者名を明記し、著者の利益相反を明示し、作成方法や作成プロセスを明示し、推奨レベルやエビデンスレベルも明記するのが通例です。また、厚労省が出してしまうとそれは推奨なのか、命令なのか、現場は混乱し、無用な忖度が生じますので、どのくらいの強制力がこのガイドラインに存在するのかも明示するのが筋です。そもそも、一般論としてガイドラインと添付文書を紐付けするのは好ましい態度ではありません。
以上、ご意見申し上げます。
岩田健太郎 神戸大学医学研究科感染治療学分野
上記具申は所属先の見解を代表するものではありません。
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