いまから、検査について説明します。
検査の話をすると、どんな話をしても必ずどっかからすごい怒られます。だから、この原稿も本にするだけでネットに挙げないつもりでいました。本ならば、基本的には少なくとも最後までちゃんと読まなければ文句は言えないので(読まずに文句言う人もいますが、、、密林とかで)。しかし、最近「入院患者は全員PCRだー」といった意見があちこちで聞こえるようになったので、イヤイヤ、ネットに上げざるを得ませんでした。先回りして結論を今言っておきますが、入院患者全員にPCRは、しないほうがいいです。
相変わらず長いです(笑)。最後まで読まない人、読めない人はからんでこないでくださいね(笑)。我ながら、よい予防線だ。
まずはPCRから
PCR、ポリメラーゼ連鎖反応はウイルスの遺伝子を見つける検査です。定量的な検査と、定性的な検査があります。
定量的な検査とは、ウイルスがたくさんいますよ、とか少ししかいませんよ、という「量」を測る検査です。
典型的なのはエイズの原因であるHIVのPCRです。どうしてかというと、ウイルスの量が病気の重大さと深く関係しているので、ぼくらはウイルスの量を知りたいのです。残念ながら、HIV感染は一度起きると、一生ウイルスを体から除去することはできません(稀有な例外はありますが、基本的にはできません)。だから、感染が確定したら「ウイルスがいるか、いないか」は我々の知りたい命題にはならないのです。知りたいのは「どんだけたくさん、いるのか」です。
HIVが検査で10万コピー以上見つかりましたよ、とわかると、それは病気が重大になりそうなことを予兆しています(ちゃんと治療しない限り)。これが1000コピーくらいになると、だいぶましだな、と判断します。1つも見つからないと、これはウイルスがなくなった、という意味ではなく、検査では見つけられないくらいに減りましたよ、という意味になります。でも、この場合は治療はかなり上手くいっているので患者さんは元気になる、なっている可能性が高いです。
一方、新型コロナウイルスに対して行うPCRは基本的に定性検査です。つまり「陽性」「陰性」という2分割です。あるのか、ないのか。それだけを問題にしています。
おっと。実は、PCRの「陽性」「陰性」とウイルスが「ある」「ない」は同義ではありません。そこからスタートする必要があります。
そもそも、コロナのPCRは「本当は」定性検査ではなく、定量検査なのです。えー、そこからちゃぶ台ひっくり返すのー、という文句が来そうですが、事実です。
PCRはウイルスの遺伝子を機械の中で増幅(増やす)して見つけます。古典的なPCRは増やした遺伝子を電気泳動というもので動かして、その場所から検査結果を出していました。現在主流のリアルタイムPCRは増幅した遺伝子に蛍光を発する試薬をくっつけ、分光蛍光光度計を使って測定するものです。この光の強度をウイルスの遺伝子の量として解釈するのです。
もともととった検体にウイルスがたくさん入っていれば、それほど増幅しなくてもウイルスは見つかります。少なければ繰り返し増幅してウイルスを見つけます。光度計のノイズ(ベースライン)よりもずっと高い、ウイルスがいるな、と判定できるだけの蛍光光度を検出する基準となる値を閾値(いきちThreshold line)といいます。ここより高ければ陽性ってことです。
この閾値を超える蛍光シグナルを出すために何回遺伝子の増幅をしたか。これが閾値まで行くサイクル、Threshold cycleであり、Ct値として表現されます。CTといっても、画像のCTとは関係ありません。10回のサイクルで陽性になればCt値は10だし、30回のサイクルで陽性になればCt値は30です。
そう、新型コロナウイルスのPCRも定量検査なのです。ただ、閾値を超える、超えないで「陽性」「陰性」と判定はしていますが、実際には「陽性」結果にも色々あり、「めっちゃ陽性」とか「ギリギリ陽性」とかがあるのです。
ぼくは検査医学の専門家ではないので、このへんはお勉強して得た知識、いわば「にわか」の知識です。間違いがあったら教えて下さいませ。
https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/qpcr-basic37/
https://www.wvdl.wisc.edu/wp-content/uploads/2013/01/WVDL.Info_.PCR_Ct_Values1.pdf
https://www.takara-bio.co.jp/prt/h1-3a.htm
要するに、新型コロナウイルスのPCR検査も連続的な概念、定量的な検査なのです。それを「身長166cm以上は高身長」「166未満は低身長」と無理やり定義して、そこを境に2つのカテゴリーにぶった切っているわけです。ちなみに、なんで166なのかというとぼくの身長がそうだからです。異論は認めません。
そうすると、同じPCR陽性でも、ウイルスの量がとても多い「露骨に陽性」な場合と、ウイルスの量が少ない「ギリギリ陽性」な場合がでてきます。身長190cmのモロに高身長な場合と、166cmの「微妙に高身長」な場合があるように、、、自分で言っててもう嫌になってきましたが(笑)。
さて、そういう概念のPCRですが、いろいろ間違えることがあります。
この話をすると、とくに生物系の基礎研究をやっている方から叱られることがあります。PCRはちゃんとやっていれば間違えない。検査は手順を間違えずにきちんとやれば100%正しくて、間違えたりはしないのだ、と。
もちろん、十分な量のウイルスがいる検体を間違えずに採ってきて、プロトコル通りにPCRを回して、なんならその結果を再検して、堅牢な上に堅牢な手順を踏まえて、基礎医学の論文を書くノリで実験をすれば「間違えない」可能性はあります。
が、実際には間違える。リアルワールドでは間違える。これが現実です。
なぜ、リアルワールドでは間違えるのか。その理由は一つではありません。いろいろな理由がありますし、場合によっては複数の理由が重なって間違えという結果に至ってしまうこともあります。
PCRの「正しさ」を吟味する研究は「診断に関する研究」ということになります。診断に関する研究は数値でもって、「どのくらい正しいか」「どのくらい間違えるか」を吟味します。ただし、こういうタイプの研究は「なぜ」間違えたのか、を教えてくれません。間違えた、という事実があったことだけを教えてくれるのですが、その理由は研究自体は教えてくれないのです(研究者が推測して議論はしますけれど)。
臨床現場で、検査の正しさを吟味する指標は基本的には「感度」と「特異度」ということになります。
この「感度」という言葉は、基礎医学の領域では異なる意味で用いられますので、注意が必要です。基礎医学や検査医学の領域では「感度」は「検出感度」、ウイルスならば、どのくらいウイルスがいれば検査で見つけることができるのか、という意味で使われます。
臨床での「感度」はそういう意味ではありません。単純に、感染者を集めてきて、彼らのうち検査が何%陽性になるか、で判定します。つまり、
陽性数/感染者数X100(%)
です。
よく間違えるのは分母でして、これは医学生でもよく間違えてる。あくまでも「感染者数」が分母で、「検査陽性者数」で、「真の陽性者」を割っているわけではないのに要注意です。この時点で、何の話をしているのか、ついていけなくなっている人もいると思いますが、医学生もけっこうついてこれないので気にしないで次行こう、次。
新型コロナウイルスでは感度が低いことがよく知られています。つまり「感染しているのに、検査が陽性に出ない」事例です。
すでに述べたように、感度という数字そのものは「なぜ」検査が陽性にならないのかを教えてくれません。しかし、いくつかの理由は想定できます。
例えば、同じ「感染者」といっても、そこには時間情報がありません。発症前(presymptomatic)なのか、発症直後なのか、治癒直前なのか。ウイルスの量は時期によって異なり、ウイルスの量によって検出されやすさは異なります。検出感度以下のウイルス量だと検査は「偽陰性」になります。
ウイルスは細胞の中に感染しますが、細胞内のウイルスは基本的にPCRでは見つかりません。これも偽陰性の原因の一つかもしれません。
検体のとり方もそうです。鼻とか喉とか、最近では唾液なども検体にしますが、十分な検体量がないこともありますし、場所によってウイルスの量が異なることもあります。肺(下気道)にいるウイルスは鼻では見つからない可能性もあります。
ということは、患者の状態によってPCRが陽性に出やすかったり、偽陰性になりやすかったり、の度合いも異なるということです。研究/論文によってPCRの感度は異なる数字になりますが、それもそのはず、見ている患者がそれぞれの研究で異なるからです。検査キットの会社による違いもあるかもしれません。
臨床医学の最高レベルの専門誌、New England Journal of Medicineでは、PCRの感度を70%とするのがリーズナブルな見積もりだ、と述べています(Woloshin S, Patel N, Kesselheim AS. False Negative Tests for SARS-CoV-2 Infection — Challenges and Implications. New England Journal of Medicine. 2020 Jun 5;0(0):null.)。だいたい、そんなところかな、とぼくも思います。
感度が70%ということは、10人の感染者を検査しても、3人は検査が陰性になり、見逃してしまうことを意味しています。なので、ぼくらは「この人は、マジでCOVID-19ぽい」と思ったら、1回のPCR陰性では諦めません。何度かPCRを繰り返して、陽性になるまで調べ続けます。
厚生労働省がCOVID-19患者の退院基準に「2回のPCR陰性」を要件としてきました。この問題についてはまた別に述べますが、要するに「PCRは1回の陰性だけでは信用できない」ことが暗示されています。
次に特異度です。特異度は、
陰性の数/感染がない人の数X100(%)で算出します。
これも、分母が「検査陰性の人」と勘違いしないことが重要です。
特異度が低いと、感染がないのに検査が陽性になりやすくなります。検査の偽陽性というやつです。
これも基礎研究をやっている人だと、「PCRだったら検査の偽陽性はない」と強く主張されます。
が、リアルワールドでは検査の偽陽性は起きます。
一番、古典的な偽陽性の例は検体の汚染です。実験室の中で、ウイルス遺伝子のある検体とない検体が混ざってしまうのです。麻疹のPCRや結核のPCRでこういう間違いが時々起きており、集団発生がないのに「PCRが次々と陽性になった!集団感染だ!」と大混乱が起きてしまいます。
新型コロナウイルス感染においても検体混入による偽陽性の問題は起きました。愛知県で、たくさんの非感染者の検体にウイルス遺伝子が混入してしまい、「陽性」と判定されてしまったのです(検体の抽出時に混入か 愛知PCR検査、24人誤判定で [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル [Internet]. [cited 2020 Jun 24]. Available from: https://digital.asahi.com/articles/ASN4F6JK4N4FOIPE00W.html)。
そういう間違いは、検査技師が落ち着いて点検すれば起きないものだ、というのは間違いです。なぜならば、リアルワールドでは、「人は慌てる」からです。特に感染者が激増して、検査室が多忙を極め、周囲がヒステリックになり、自分もヒステリックになり、じゃんじゃん問い合わせや苦情の電話がかかってきて、上司からアレヤコレヤ言われ、疲れ、空腹になり、睡眠不足な状況になったら、そうなります。
みなさんは「キン肉マン」をご存知ですか。ご存じない方には今からちんぷんかんぷんな話をしますが、鎧を着た超人、ロビンマスクの話です。彼は相手をやっつける必殺技、「ロビンスペシャル」という技を編みだすのですが、それが着ている鎧の重さで相手よりも速く落下する、という理屈を活用した技なのです。ロビンスペシャルの技そのものは本論とは全く関係ないので、興味のある方はどっかネットで探してください。
当時の子供達(me included)は皆、「重さ関係なく、落下速度は同じだろ」とこの謎理論にツッコミを入れたものです。質量に関係なく、物が落下するときの加速度は同じになりますから。
けれども、リアルワールドでは、実は「軽いものはゆっくり落ち」ます。ティッシュとか、鳥の羽とか。それは空気抵抗があるからです。同じ速度で落ちるのは、あくまで「空気抵抗を無視できる条件」が加味されたときだけです。
PCRの偽陽性は起きない。ちゃんと条件を整えれば、というのは「この世の中に空気がなければティッシュだって鉄球と同じ速度で落ちていく」と主張するようなものです。だって、空気あるんだもの。PCRの偽陽性は起きるんだよ、人間だもの。みつを。
ヒューマンエラー以外でも偽陽性は起きています。
ぼくらが個人的に経験したのは、個人情報保護のために患者の情報はデフォルメしますが、ある手術前の患者さんでした。手の感染症になっていたので、抗生物質で治療していました。熱もだんだん下がってきました。いつもの、よくある光景です。
ところがこの患者さん、熱のある患者は、手術の前はコロナのPCRだ、と強硬に某所から主張されてしまいました。主治医は、「熱の原因は手の感染症だろ。コロナが手に感染するか?」と実にまっとうな理由から異議を唱えましたが、「いう事聞かなきゃ、オペはさせん」とけんもほろろの返答で、しかたなく、イヤイヤ、やむを得ず、断腸の思いで、、、と、そこまで力は入れませんでしたが、PCRをやりました。
すると、陽性になったのです。
検査技師さんと話をすると、それはCt値の高い、非常に微妙なギリギリの陽性で、「本当に陽性といっていいかどうか迷う」という程度の陽性でした。関係者誰もが、この検査結果は間違っていると思いました。
そこで、PCRを繰り返したのです。検査は陰性になりました。やはり、先の検査は「偽陽性」だったのです。
鋭い読者はこう考えるかもしれません。2回検査をして、1つは陽性、1つは陰性の場合、どちらが真実の結果か判定できないじゃないか、と。
はい、そのとおりです。カントの「物自体」のように真実そのものを掴み取ることは我々不完全な人間にはなかなかできません。真実はいつも得難いものなのです。
が、この場合、真実は「陰性」と考える方がより合理的です。それは、患者数が激減している兵庫県での熱の代替診断があり、回復している患者における「事前確率」が低いからなのですが、この話は後でもう少し詳しくします。
こんなわけで、件の患者さんは「コロナなし」と判定されて、無事に抗生物質で感染症を治療し、手術も済ませたのですが、要するに現象として「偽陽性」は起きていたのです。
回復した患者でのPCRの偽陽性も起きています。
プロ野球の選手たちでPCRが陽性になったことがありました。彼らの場合、抗体検査も陽性だったのですでに感染はしていた可能性があります。その場合、過去の感染の、すでに死んでいるウイルスの遺伝子を検査が拾ってしまった可能性があるのです。実際、その後再検査した場合に選手たちのPCRは陰性でしたし(巨人・コロナ感染、謎の新語「微陽性」に球界も騒然 果たして他球団に「微陽性」選手はいないと言えるのか? | JBpress(Japan Business Press) [Internet]. JBpress(日本ビジネスプレス). [cited 2020 Jun 24]. Available from: https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60783)。
このとき、専門家のコメントの中に「微陽性」という言葉が出て、ちょっと話題になりました。医学用語には微陽性という言葉はないのですが、先に述べたように「すごく陽性」「ギリギリ陽性」というように、PCRの「陽性」には実はいろいろな様相の「陽性」があり、それは一律なものではありません。よって、カットオフ値ギリギリの微妙な陽性、すなわち「微陽性」というのは正式な医学用語ではないのですが、言い得て妙なネーミングだったとぼくは思います(学術用語として正式かどうか、みたいな形式的な議論は個人的には些末な議論だと思っています)。
まあ、いずれにしても、いろいろな理由でPCR検査の偽陰性、偽陽性は起きます。
ただし、問題の核はそこではありません。
検査の属性は「感度」「特異度」で表現します。しかし、検査結果の解釈は検査の属性だけが決めるのではありません。非検査者、すなわち患者の属性が大事なのです。ここを理解しないと、検査問題は少しも前に進めません。
さっき、「事前確率」という言葉を使いました。これは、検査をする前の当該患者がその病気を持っている確率を言います。たとえば、
「胸が痛いって言ってるけど、高齢男性で、高血圧と糖尿病と脂質異常(コレステロールの異常)があって、ヘビースモーカーで、家族に何人か心筋梗塞があって、胸の前が押されるように痛いって脂汗かいている」
患者は、心筋梗塞の可能性は高いと考えます。例えば、50%とか、60%とか。これが事前確率です。
「胸が痛いと言ってるこの人、ティーンの女性で既往歴も家族歴もなくて、生まれてはじめて胸が痛いといってやってきた。肋骨がロコツに痛いと言っている、、、」
患者は、心筋梗塞の可能性は極めて低いです。ほとんど0%に近いんじゃないでしょうか(なぜ胸が痛いのかは、興味ある人は考えてみてください)。
で、ここからはベイズの定理を使います。興味のない人は理解しようと思う必要はありません。「そういう話があるのか」くらいで結構です。
事後確率のオッズ=事前確率のオッズX尤度
尤度は感度と特異度から計算できますから、要するに、
「事前確率と、検査の感度と特異度と、検査結果があれば、事後確率(病気を持っている可能性)はわかる」
ということです。これでも大抵の人は意味がわからないと思いますが、
「事前確率は診断(事後確率の計算)に大事で、感度と特異度だけでは診断できない」
というのが肝です。さらに言えば、
「検査だけでなく、患者が大事」
ということです。患者の属性を無視して、検査だけ議論しても、ナンセンスな議論にしかならないのです。
前掲のNEJMの論文ではPCRの感度を70%、特異度を95%として議論していました。検査に対する信頼の高い人はこの数字はご不満でしょうから、もう少し上乗せして、感度90%、特異度99.9%で考えてみましょう。
目の前に、「COVID-19かな」という方がいます。事前確率は10%です。PCRをしました。陽性でした。このときの事後確率はどのくらいでしょうか。
上述の「オッズ」で計算するのはめんどくさいので、手元のスマホに計算させました。すると事後確率は99%となります。ほぼCOVID-19確定ですね。
かーなりCOVID-19らしい患者がいます。事前確率60%としましょう。検査は陰性でした。同じように検査すると、あら不思議。事後確率は13.1%となります。8割以上の確率で検査結果は間違いで、この方は「コロナ感染ない」とはいえません。入院させるなら隔離を継続したほうが良さそうです。
さて、神戸市では長くコロナ感染が見つかっていません。この1ヶ月で1人だけ感染者が見つかっています(https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202006/0013448666.shtml)。では、神戸市に「今」コロナの感染者は何人いるでしょうか。
真実は分かりません。もしかしたら見つかった感染者の10倍くらい、10人かもしれません。あるいはそれ以上かも。ここではかなり厳し目に見積もり、150人くらいの感染者が隠れていると考えてみましょう。
神戸市の人口は150万人ですから、他の情報が追加されなければ、神戸市に住んでいる「だけ」では感染可能性は1万分の1になります。0.01%ですね。
もし、他に何の情報のない方が別の理由で病院に入院したとしましょう。手術が必要とか、妊婦で分娩が必要とか。
その方が「ルーチンで」PCRをやった場合の事前確率は、この神戸市の(かなり過大に見積もった)有病率、すなわち0.01%になります。
PCRの検査をわりと過大評価し、かつ神戸市の有病率も大きめに見積もったルーチンのPCRが陽性になりました。その時の事後確率は、
8.3%
です。なんと、9割以上の方は「偽陽性」になっちゃうんです。
はいー、分かりましたね。「現段階で」入院患者全員にPCRとかやっちゃうと、ほとんど偽陽性になっちゃうんですよ−。
検査をする、しないの判断は
状況把握
が大事です。感染が流行しているか、自分は感染を疑っているか。
疑っていないのに、「念の為」とかいって検査していると、いくら検査精度(感度、特異度)がよくても間違える可能性は増していきます。同じ感度/特異度の検査であっても、対象者の属性が変わると検査の意味、意義は変わってくるのです。
感染の流行が起きていない現時点の日本の殆どの地域で、ルーチンの念の為のPCRは無意味で、かつ有害ですらあります。
さらに、「入院患者全員のPCR」は検査室の技師さんにとっては大きな負担になります。さらに、主治医も担当看護師も検査結果が出るまではその方が「感染者かもしれない」ということで、防護具を着たり、個室で管理したりしなければなりません。予定手術ならば外来で検体を出して、検査結果が出てから入院、でもいいですが、緊急入院ではそうもいきません。オペレーションは非常に困難なものになります。検査をする、というのは簡単なものではありません。その決定は、現場のいろいろなところのオペレーションに影響を与えていきます。偉い人にはそれが分からんのですよ。足なんて飾りです。
さて、同様の理由で、「退院の基準」にPCRを行うのはナンセンスです。PCRの遺伝子は死んでいる遺伝子かもしれず、感染性の根拠としては弱いし、逆に陰性でも感染がなくなった根拠にはならないからです(感度が低いから)。
6月になって、厚生労働省はようやく、退院基準のPCRを必須にしなくなりました(https://www.mhlw.go.jp/content/000639691.pdf)。これまで非科学的な退院基準のために多くの患者さんが長期入院を強いられ、退院ができませんでした。診療現場のあり方を役所が規定するとみんなが迷惑をする、という一例です。
ときに、手続きとか行政はおいておいて、科学的な議論として、「コロナって何日間感染性あるの?」は非常に難しい問題です。
まず、無症候感染者がどのくらい感染力があるかは現段階で不明です。無症候からの感染はあるだろうことを示唆するアネクドータルな報告はあります。が、どのくらい頻繁に起きているかは分かりません。
ちょっと議論の混乱があるので、ここで整理しておきます。「無症候」の患者さんには、
これから症状が出るんだけど、今は無症候
の患者さんと、
感染してから結局全然症状でなかった
人がいます。どちらも、相当数いることが、ダイヤモンド・プリンセス号のデータで分かっています。ただ、症状がない段階では、どっちに転ぶかは分からない、ということです。
で、
これから症状が出るんだけど、今は無症状
の人の
発症直前
の状態をpresymptomaticといいます。症状がない状態をasymptomaticといいます。
ウイルス量が多いことから、presymptomatic, 発症直前状態では他者への感染性が高いことが知られています。
で、それより前の段階とか、結局症状全然でませんでした、の感染者の他者への感染性はあまり良く分かっていません。ただ、
症状のある人
に比べると感染性は少ないことが示唆されています。
そもそも、
感染性
は、喉などのウイルスの量だけが決め手になるのではありません。感染症は感染経路がなければならず、その多くは飛沫として飛んでいった場合、さらにとんだ飛沫がどこかにくっついて、二次的な接触感染(手で触る)、この2つがメインの感染経路です。
喉にたくさんウイルスがいても、それが口などから飛び出さなければ感染は起きません。よって、「マスクをする」ことの効果が期待できるわけです。あるいは、人前では喋らないとかも効果があるかもしれません。
いずれにしても、発症前の無症候者も、症状の出ないままの無症候者もどのくらい感染リスクがあるかは、謎のままなのです(Schraer R. Asymptomatic Covid transmission an “open question.” BBC News [Internet]. 2020 Jun 9 [cited 2020 Jun 24]; Available from: https://www.bbc.com/news/health-52977940)。
で、更に謎は深まります。
最後まで無症候なままのひとは、感染性が仮にあるとして、その感染性はいつなくなるのか。
これも、正確なところはよく分かっていません。が、14日くらい経てば、殆どないんじゃないの?という経験則はあります。厚労省の新しい基準だと10日経てば退院して良いそうです(無症状なのになぜ入院しなければならないのか、という素朴な疑問はありますが)。
台湾のデータによると、数は少ないですが、結局無症候なままのひとは、他人に感染させていなかった、というデータもあります。この問題、解決は難しい(Contact Tracing Assessment of COVID-19 Transmission Dynamics in Taiwan and Risk at Different Exposure Periods Before and After Symptom Onset | Global Health | JAMA Internal Medicine | JAMA Network [Internet]. [cited 2020 Jun 24]. Available from: https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2765641)。
症状のある人はどうか。僅かな患者ですが、9日まではウイルス培養は陽性だが、その後は陰性化する(PCR陽性なのに)という報告があります(Kujawski SA, Wong KK, Collins JP, Epstein L, Killerby ME, Midgley CM, et al. Clinical and virologic characteristics of the first 12 patients with coronavirus disease 2019 (COVID-19) in the United States. Nature Medicine. 2020 Jun;26(6):861–8.)。これをもって、「10日以上経てばCOVID-19の感染性はなくなる、たとえPCR陽性でも」という議論が起きました。ぼくも実はそう考えていました。
しかし、これは感度の高い細菌培養からのアナロジーで、実は間違った考え方だとあるウイルス学者から指摘されています。というのは、ウイルス培養は、、、通常の臨床感染症屋は自分でウイルス培養とかはしないのですが、、、、細菌と違って感度が低く、培養陰性でもウイルスの消滅の根拠にならないのだそうです。おやおや、困りましたね。
なんでもそうですが、非存在証明は困難です。培養陰性でも、PCR陽性でも、存在、非存在の決着を付けられないのです。他者への感染性(感染経路という概念を加味した)はなおさら難しいです。あー、ややこしい。だから、非感染証明書なんて絶対に書かせないでくださいー。
いずれにしても、現在の厚労省の基準だと、発症から10日経過し、かつ症状が改善して72時間経った場合は、PCR検査の有無に関わらず、退院して良い(他人に感染させなそう)となっています。これは「形式」であり、「真実」かは分かりません。でも、まあまあいい線をいっているのではないでしょうか。おそらく、例外的な患者も今後は出てくるとは思いますが。
というわけで、PCRの説明はここまでです。PCRは、
やる
か
やらないか
という議論は雑です。
何のために
とか、
どういう患者に
とか、
どういう状況下で
やるか、という条件(事前確率)が大事になります。実は、すべての検査がそうなんですけどね、、、
抗原検査
抗原検査については、厚労省にぼくが送ったメールがほとんどその要諦を示しています。以前もブログにアップしましたが、ここに再掲します。厚労省は5月に抗原検査使用のガイドラインを出していましたが、6月にこれを改定し、発症後2−9日後に検査陰性ならばPCRなしで診断除外して良い、という判断をしました。
https://www.mhlw.go.jp/content/000640554.pdf
これに反対するのが以下のイワタの意見です。
意見書
この度のSARS-CoV-2抗原検査活用に関するガイドラインの改定は問題です。以下、その根拠を述べます。
ガイドラインのアルゴリズムによると、症状発症後2日目以降から9日以内の者の場合、検査が陰性であれば追加の検査を必須とはしない、とあります。
「必須としない」は微妙な表現です。必要ない、という解釈もできますし、「場合によっては必要なこともある」という解釈もされるでしょう。このような曖昧な文章だと診療現場でこのアルゴリズムは恣意的に用いることが可能です。現に、これを根拠に「厚労省が抗原検査陰性ならPCRは必要ないと言っているから、ERでどんどん使おう」という議論も起きています。
しかしながら、その根拠となる川崎市健康安全研究所の研究によると、「発症2日目から10日以内の症例ではおおむね8割以上の検体でRNAコピー数が1600 以上,9割以上の検体で400コピー以上であったとありました。しかし、10検体であった3日目の400コピー以上の割合が90.9%と判然としない数字になっているのに加え、結局400コピー以下のケースも1割近く存在しています。
さらに、大森病院のデータでは9日までのPCRとの一致率は7/8=87.5%、感度としては9割を切るもので、これは臨床医学で「除外」に用いる感度としてはとても低いものです(加えて検体数が少なすぎます)。国立国際医療研究センターのデータだと更にひどく、発症から10日以内においては陽性一致率は高い傾向とありますが、この「傾向」の意味が不明な上にそれは4/6に過ぎず、しかもそのうち1例は発症10日目です。「9日目まで」のデータだと3/5で、感度はわずかに60%です。感度60%の検査で疾患を除外するなど、到底考えられないことです。症例数が少なすぎるのも上記と同様です。
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000640452.pdf
そもそも、基準としたPCR自体が感度が低いことは周知の事実です。感度が低い検査のさらに低い感度でもって、その陰性結果が除外の根拠となるとは、とても臨床医学上許容できることではありません。
加えて、帰国者・接触者外来は典型的な症状に合致したもののみが紹介されるため、ウイルス量が多くなるのは当然です。もっと微妙な症状で受診する者は今後も増えることでしょうから、そうしたケースではウイルス量は少なくなり、この低い感度は更に下がることでしょう。
一番懸念されるのは、軽度症状があり、かつ手術前の検査として抗原検査が用いられる場合です。入院して手術をし、その後実はCOVID-19でした、ということになれば、院内感染が発生しかねません。検査偽陰性を誤解釈しての院内感染はすでに日本で発生しています(小田原市立病院 https://www.asahi.com/articles/ASN6134VXN5WULBJ00G.html)。院内感染は多数の感染者を生むだけでなく、濃厚接触者の職務停止、医療機能の低下、周辺医療機関へのしわ寄せを生みます。医療崩壊の最大のリスクが院内感染です。
抗原検査は消費期限が短いため、PCRと抱合せをルール化すると使用しづらく、結局使用されずに破棄される、あるいは医療機関で採用されない可能性があるでしょう。メーカーに忖度すれば消費されやすく、使い勝手のよい仕組みにしたいでしょうし、事前確率が十分に低ければ、抗原検査陰性を持って疾患を除外して良いケースもあるとは思います。が、あのような誤解を生む表現と間違ったデータの解釈でアルゴリズムを書いた場合、現場での弊害のほうがずっと大きいであろうことをここに指摘します。
よって、
・必須とはしない、という誤解させやすい表現を改める。
・感度の低い検査で疾患を除外する、という臨床医学上の非常識を改める。
という二点においてガイドラインの修正を要求します。
なお、一般にガイドラインは著者名を明記し、著者の利益相反を明示し、作成方法や作成プロセスを明示し、推奨レベルやエビデンスレベルも明記するのが通例です。また、厚労省が出してしまうとそれは推奨なのか、命令なのか、現場は混乱し、無用な忖度が生じますので、どのくらいの強制力がこのガイドラインに存在するのかも明示するのが筋です。そもそも、一般論としてガイドラインと添付文書を紐付けするのは好ましい態度ではありません。
以上、ご意見申し上げます。
岩田健太郎 神戸大学医学研究科感染治療学分野
PCRは感度が低く、COVID-19の除外にはあまり向いていません。抗原検査はさらに感度が低く、とても除外には向いていません。除外に向いていない検査を根拠に疾患を除外して良い、というのはこれは基本的臨床医学が理解されていない証拠です。
抗原検査の利点は、結果が出るのが早いことです。しかし、現在では感染者が非常に少ないですから、検査は陰性になる可能性は高いです。が、抗原検査の陰性結果は「当てにならない」ので、結局PCRをやろう、という話になります。医療現場や検査室では二度手間になり、むしろ面倒が増えるのではないか、というのがぼくの予想です。ここでも
状況
を考えずに検査の属性だけでプラニングすると失敗するのです。失敗の構造。日本で失敗が起きるときはたいてい、実験室内のデータだけを見て、臨床状況を考慮に入れないことから来る構造的失敗なのです。事件は検査室で起きてるんじゃないんだ!
逆に、抗原検査は陽性であれば確定診断の一助となりますから、感染者数が十分に増えている状況下ではその簡便さから威力を発揮するでしょう。なので、もし「第二波」がやってきたときは、この検査の居場所、ポジショニングが得られる可能性があります。抗生物質の使い方を教えるときも同じことを言いますが、検査は
ポジショニング
居場所が大事で、それは他の検査との相対的な使い分けの戦略に依存するのです。ただ、検査単独の属性を吟味しても検査は使えるようにはなりません。抗生物質単体の属性を勉強しても、その抗生物質が使えるようにはならないのと同じです。
抗体検査
抗体検査は臨床現場での患者のケアには役に立ちません。むしろ、疫学情報として公衆衛生的な意味があります。ポイントは
過去の感染者の累計
を吟味しているので、
現在の感染者
を吟味しているわけではないことです。ここは要注意です。
では、なぜ日本で抗体検査の意味が出てくるかと言うと、すでに指摘したように、日本ではPCR検査を抑えに抑えていたために、
実際の感染者数
がよくわからない状況が続いたためです。特に3月下旬、4月上旬の段階では、PCR検査で見つかる患者よりもずっと多くの感染者がいるであろうことは予見されていましたが、それがどのくらいなのかは全く検討がついていませんでした。
その頃神戸で行われた抗体検査では、1000検体中、33例で陽性結果が出ました。
Estimation of seroprevalence of novel coronavirus disease (COVID-19) using preserved serum at an outpatient setting in Kobe, Japan: A cross-sectional study. | medRxiv [Internet]. [cited 2020 Jun 24]. Available from: https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.26.20079822v2
ただし、当時入手可能だった抗体検査キットは、有病率に関する感度/特異度のデータが十分にありませんでした。いや、世界中の抗体検査のどれも、データは不十分だったのです。これは6月のNEJMののPerspectiveでも指摘されているとおりです(Waiting for Certainty on Covid-19 Antibody Tests — At What Cost? | NEJM [Internet]. [cited 2020 Jun 24]. Available from: https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2017739?query=RP&fbclid=IwAR3-ge35PgQzz_q-4v8dmRg7I42YOugJJwhxMz7VxtTCHGjaaSNNpGxgVp0)。
ときに、このときの神戸の検査キットの感度/特異度は現在ではそれぞれ98%、98%くらいであったであろうことが示唆されます。なぜそう示唆されるかの根拠は今はお示しできません。
その場合の真の95%信頼区間は、例えばClopper-Pearsonの方法などで検定できます。すると、もとのデータの95%信頼区間は2.3%−4.6%と計算されるのですが、感度/特異度で調整すると、0.3%−2.6%と低めに見積もられます(https://epitools.ausvet.com.au/trueprevalence)。
多くの日本の抗体検査は陽性率が1%未満というデータが出ています。これをさしあたり、額面通り受け取っても、PCRで見つかった感染者よりはずっと多い感染者がいたであろうことが示唆されます。当時、神戸市ではPCRで69人の患者が累計で見つかっていました。つまり、神戸市民の0.0046%が感染しているとの評価だったわけで、抗体検査で低く見積もった0.3%よりもずっと低かったのです。
抗体検査は目の前の患者の感染症の有無を評価するのではなく、集団の過去の感染症を評価します。よって、正確な数字を細かく見積もることは必要なく、「ざっくり」のことが分かればいいのです。PCRよりもずっと多かった、くらいのことが分かれば十分です。
最近のAbbottとかRocheの抗体検査は感度、特異度ともに信頼できると考えられていましたが、最新の英国の評価では、実はもう少し低いのではとも考えられています。これはよくある話で、最初は感度/特異度はとてもよいと思われたんだけど、いろんな患者で試してみたら(リアルワールド)、そうでもなかったということで、しばしば観察します。Rocheの場合は感染後14日で感度84%程度、Abbottは93.9%でした。特異度はそれぞれ100%と99.6%でした(Mahase E. Covid-19: Two antibody tests are “highly specific” but vary in sensitivity, evaluations find. BMJ [Internet]. 2020 May 21 [cited 2020 Jun 24];369. Available from: https://www.bmj.com/content/369/bmj.m2066)。
実は、抗体検査には2つの大きな弱点があります。
一つは、どんなに感度/特異度がよくても、感染者数が非常に少ない場合、偽陽性のリスクが非常に大きく出てしまうこと。神戸の抗体検査でも特異度を98%と非常に高い場合と想定しても、ほとんどの陽性結果は「偽陽性」となってしまいます。もっとも、ここの患者のマネジメントにおいてはこれは大きな問題ではありますが、上記のような補正をすれば、「ざっくり」の見積もりは可能なのですが。
2つめはもっと大きな問題です。実は抗体は、数ヶ月たつと陰性化してしまうことが多いのです(Convergent antibody responses to SARS-CoV-2 in convalescent individuals | Nature [Internet]. [cited 2020 Jun 24]. Available from: https://www.nature.com/articles/s41586-020-2456-9?fbclid=IwAR2xkMyX99OPs739M0PmlD7Wg1_5F_1w8B2-g0XoPR5SIMIP-gIrWqUfr1Q)。この現象は上述のAbbottの抗体でも観察されていました。
これはかなりの大問題です。過去の累積患者数を抗体検査で見積もる、というのはあくまでも「一度上がった抗体がずっと陽性であり続ける」という前提に基づいています。しかし、抗体が時間とともに下がってしまうと、我々は累積患者数を低く見積もってしまうことになってしまいます。
というわけで、抗体検査はいろいろな意味で「ざっくり」です。ただし、PCR検査の不備を、とくに日本のように検査を抑えに抑えた国では、真実に近づくための一つの大事なアプローチとは言えます。ただし、真実にはたどり着けない。もしかしたら永遠にたどり着けないかもしれないのです。抗体検査、悩ましいですね。
ちなみに、抗体産生と免疫能は同義ではありません。だから、抗体産生をもって、コロナから守られる−、と思ってはいけません。そもそも、時間が経つと消えちゃうかもしれないし。
というわけで、集団免疫の評価についても抗体検査の評価は難しいです。集団免疫戦略そのものが、あまり現実的とは言えない戦略の可能性も高いのですが。
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