「糖質制限」は日本だけでなく海外でも注目されていて、以前からたくさんの研究が行われてきました。
で、結論から申し上げます。現段階での「糖質制限」の医学的な立ち位置は「糖質制限をやるな、とは言わないけれど、それほどよいものとも限らない」というものです。
糖質制限にもいろいろな「流派」があります。そのうち、海外でポピュラーなのはタンパク質を控えめに、脂肪分を多くする「ケトジェニック・ダイエット」というものです。体の中にケトンという物質を溜め込む食事方法です。
ちなみに、海外でいう「ダイエット」とは食事療法のことで必ずしも減量のこととは限りません。ま、でもbe on a dietというといわゆる「ダイエット」のことなので、要は言葉には多義性があって色んな意味に使われるっちゅうことですね。
例えば、メタ分析という臨床試験を統合した研究によると、肥満の解消にはあまり役に立たない。仮に体重が減ったとしてもせいぜい、他の方法と比べて1kg未満。「嘘や−、俺は糖質制限で10kg痩せたで」という方もおいでかもしれませんが、ここでのポイントは「他の方法と比べて」。つまり、「糖質制限」で体重を落とした方は他の方法でもそこそこ痩せていた可能性が高い。そもそも、ケトジェニック・ダイエットだとカロリー控えめになるので(食欲が落ちるかららしい)、実は「カロリー」が体重減少の原因だった可能性すらあるのです。
あと、糖尿病の治療効果とか、コレステロールを下げたり心臓病を予防したり、という効果も臨床試験やそのメタ分析では認められませんでした。
臨床試験は「集団」を扱う実験です。たくさんの人を集めて、Aという食事法とBという食事法を比較する。そういうやり方だと、ケトジェニック・ダイエットという糖質制限は特別な健康利益はなさそうです。体にケトンが溜まって体調を崩す人すらいます。
Joshi S, Ostfeld RJ, McMacken M. The Ketogenic Diet for Obesity and Diabetes—Enthusiasm Outpaces Evidence. JAMA Intern Med. 2019 Sep 1;179(9):1163–4.
こういうことを書くと、必ず一定の人たちから怒られます。お前は、糖質制限、バカにすんのか、と憤るのです。
冷静に読んでいただければすぐに分かるのですが、ぼくは「糖質制限なんてダメだ」とか、ましてや「糖質制限をしている人はバカだ」なんて一言も言っていません。言ってもいないのに、「あたかも言っているかのように感じてしまう」のは、怒りのために頭が真っ白になって、存在しない仮想敵を脳内で捏造しているだけです。
なぜ、そんな事が起きるのかというと、それはしばしば糖質制限が「科学」ではなく「信念」で論じられているからです。これは日本だけではなく、海外でも同様です。信念は宗教的な確信を生み、そして信者が生まれます。
しかし、そもそも科学とはゼロベース、、、前提を作らずに、「間違ってるかもしれない」可能性を念頭に置いて各命題を議論しなければなりません。「正しいに決まっている」と結論ありきの主張をした時点で、それは科学的ではなく、宗教的な主張になってしまうのです。
科学的な検証をすると、ケトジェニック・ダイエットは肥満の治療に効果がないか、あっても僅かな効果しかありません。糖尿病の治療には役に立たなそうだし、他の健康利益もなさそうです。
とはいえ、ケトジェニック・ダイエットがダメ、というわけでもないのです。てんかん患者の症状を悪くする可能性など、不利益の可能性も指摘されている一方、ケトジェニック・ダイエットでいきなり不健康になるとか、短命になるというエビデンスも乏しいです。
ということは、
「好きならやれば?」
なのです。脂肪大好きな人は、その嗜好に正直にケトジェニック・ダイエットをやればいい。それに、集団レベルでは効果がなくても、個々人レベルでは効果があるかもしれないのですから。事実、脂肪摂取量が非常に多いことで知られるエスキモー(イヌイット)は体内にケトンを溜めにくい遺伝子を持っているのだそうです(前掲)。
ただ、糖質制限「信者」の方には、極端な人がいます。宗教の信者にもときどきいる、原理主義者ですね。
炭水化物が好き、という方を非難したり、寿司屋で米だけ残したり。ここまでやると「やりすぎ」です。
そもそも、日本人は世界的にも長寿なことで知られています。その炭水化物摂取量は全カロリーの半分以上ですが、それでも日本人は世界トップレベルの健康長寿な人たちなのです。
ちなみに、いわゆる「エビデンス」が一番堅牢な健康食は地中海食と言われるもので、地中海沿岸の食事をいいます。野菜や果物が多く、ナッツをよく食べるといった説明をされることが多いですが、実は炭水化物の消費量も多い。例えば、ギリシア人の炭水化物消費量も全カロリーの半分以上なのです(前掲)。
実は、一口に「炭水化物」といっても、いろいろあるのです。
よく言われるのが、「茶色い炭水化物」と「白い炭水化物」の違いです。精製していない全粒粉のような炭水化物と、精製した真っ白な小麦粉の違いです。
精製していない炭水化物(茶色い炭水化物)は健康によいことが分かっていて、その摂取は推奨されています。一方、精製した炭水化物(白い炭水化物)は糖尿病や肥満のリスクが指摘されており、その摂取量を減らすよう推奨されています。これは、前者に含まれる繊維質の量が多いのがポイントだと考えられています。繊維が多い食事はがんなどのリスクを減らすのです(Is white bread just as healthy as brown? [Internet]. nhs.uk. 2018 [cited 2019 Sep 27]. Available from: https://www.nhs.uk/news/food-and-diet/is-white-bread-just-as-healthy-as-brown/)。
ただし、両者の違いは絶対的なものではなく、個人差も大きいことも分かっています。
例えば、「茶色いパン」と「白いパン」を比較して血糖値を測定する実験では、両者のパンに血糖値の違いはありませんでした(Korem T, Zeevi D, Zmora N, Weissbrod O, Bar N, Lotan-Pompan M, et al. Bread Affects Clinical Parameters and Induces Gut Microbiome-Associated Personal Glycemic Responses. Cell Metabolism. 2017 Jun 6;25(6):1243-1253.e5)。
血糖値を決定するのは炭水化物やその繊維の含有量のみならず、個々人の体質、遺伝子のタイプ、腸の中にいる細菌など、様々な要因が絡んでいます。ときどき、「パンを食べると不健康になる」みたいな過激な主張をしているウェブサイトを見ますが、それは正しくありません。
まあ、体重とか血糖値とか、コレステロールについてはシンプルな方法があります。試してみればいいのです。白いパンを食べて、体重が増えるか。毎日の体重測定で簡単に検証できます。年に一回程度の血液検査を健康診断で行えば、血糖やコレステロールがどうなるかも分かります。「あなたの体質」における「白いパン」の健康効果は、あなた自身で検証してみなければ分からないのですから。そして、その検証は、こと体重、血糖、コレステロールに関する限りは簡単なのです。
ときに、上記の議論から「白いご飯は健康によくない」と主張する人もいます。でも、この主張も必ずしも正しくありません。
先に述べたように、「白い炭水化物」の健康効果は個々人で異なります。確かに集団レベルでは「白い炭水化物」は「茶色いそれ」に比べれば劣るというデータがあります。しかし、「パン」の実験が示すように、それは絶対的なものでもなければ、万人にあてはまる「真理」とも限らないのです。
というか、そもそも皆さん、「白いご飯」をご飯だけで食べてますか?
ドラマ「孤独のグルメ」の主人公、井之頭五郎は酒が飲めない体質で、白い飯が大好きです。しかし、彼は戦後のセルロイド弁当箱に入れた日の丸弁当みたいに「ご飯だけ」食べるわけではありません。
おかずを食べるから、ご飯が美味しいのです。
大抵の日本人は、ご飯を他のものと一緒に食べます。おかずと一緒に、漬物と一緒に、ふりかけをかけ、生卵をかけ、海苔に巻いて、おにぎりにして、丼ものにして、いろんな食べ方をしますが、「白米だけ」食べる日本人は21世紀の現在、超マイノリティーと言ってよいのではないでしょうか。
パンの事例でもみたように、炭水化物に繊維質が入っているだけで「健康に悪い」食品が「健康によい」食品に早変わりします。では、海苔で巻いたご飯は健康によいのでしょうか、悪いのでしょうか。
答えは誰にもわかりません。いまだかつて、海苔で巻いたご飯の健康効果を検証した臨床試験が存在しないからです(ぼくが知る限り)。
エビデンスが明確でないときのぼくの態度は「あまり気にしない、しかし極端に走らない」です。
朝、昼、晩と海苔巻きばかり食べる食事はリスクが大きいです。将来、臨床試験が出て、「やっぱ、海苔で巻いても白米は健康リスク高いよ」というデータが出た時に、「ええーっ、そんな話聞いてないよ−」と後悔しても後の祭りです。かといって、「私は海苔巻きなんて一口も食べない。宴席で出ても断る。絶対に断る」なんて態度も、大人げないし、なにより美味しい海苔巻きの味を堪能できなくなります。これはこれで、一種の「価値の喪失」です。健康は大事な価値の一つではありますが、「価値のすべて」ではないからです。美味しく食べる、も大切な人生の価値の一つです。
さて、食に関する全ての臨床試験が教えてくれる、ほとんど「真理」といってもよい事実がひとつあります。
それは、ある食品の健康利益やリスクは、量や時間に依存している、ということです。
健康によくない、といわれているものでも、一口食べたからっていきなり病気になるわけではありません。健康に悪いもの確定的、なタバコですら、1本吸ったとか、隣の人が吸ってた煙を吸った、だけではいきなり病気になりません(もともと病気がある人が、症状を悪くするリスクはありますから、そこは要注意です)。
食べ物は、アレルギー反応とか餅を喉につまらせるとか、魚の骨が突き刺さる、とかは別ですが、定期的に、毎日のように、何年も食べ続けて、初めてそれは「リスク」になるのです。
ぼくは日本FP協会認定のファイナンシャルプランナーですが(笑)、金銭の管理をする時に、「全財産をここひとつに注入しろ」とアドバイスするファイナンシャルプランナーはいません(たぶん)。リスクは分散せよ。それがテクニカル分析を駆使した投資であれ、インデックスファンドであれ、つみたてNISAであれ、iDeCoであれ、REITであれ、たんす預金であれ、どんな金銭管理にもリスクは伴うのです。普通に預金しとけばリスクはヘッジできるでしょ、というのは素人の考えでして、たんす預金は空き巣にあうかもしれないし、銀行は倒産するかもしれないし(わりとリアルなリスクです)、そもそもインフレになれば、なにもしなくても預金したお金の価値は目減りして、「お金を失う」のと同じことが起きます。かといって、ハイリスク・ハイリターンな株に全額投資するのはほとんどギャンブラーとやってることが同じでして、こちらも全額失ってしまうリスクがあるのです。
よって、金銭管理のときには「失敗しない投資」ではなく、「失敗しても大丈夫な投資」をしなければなりません。それは、リスクの分散です。
同様に、絶対的に健康によい食事法とか、絶対的に悪い方法とかはありません。だから、「いろんなものをバランスよく食べる」「一つの食品、食材に固執しすぎない」ことが大事になるのです。そういう意味では極端な糖質制限はやはりリスクが大きいので、仮に糖質制限をするにしても緩やかにやるのが大事です。
実はぼくも炭水化物少なめですが、ご飯もパンもパスタもピザも食べますし、お菓子も食べるし料理に砂糖も使います。1かゼロかのデジタルな発想ではなく、「程度問題」としてバランスをとり、リスクを分散するほうが、コケない可能性は高まるのです。あるいは、仮にコケても痛みは小さいのです。
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