注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
挿管チューブの交換頻度を増やすことで人工呼吸器関連肺炎は減少するのか?
人工呼吸器関連肺炎(VAP)とは気管挿管による人工呼吸管理開始後 48~72 時間以降に新たに発症する肺炎のことである。VAPの原因としては、人工気道を留置することにより下気道に菌が侵入し発症すると考えられている。菌の進入経路としては外因性と内因性の2つがある。外因性とは人工呼吸回路内から直接下気道へ菌が侵入することであり、内因性とは上気道の細菌が分泌物とともにカフと気道壁の隙間から進入することである。これらの経路から菌が侵入しVAPを引き起こす(1)。そこで挿管チューブとVAPの関係に着目し、VAPの減少と挿管チューブの交換頻度の関連性を考察した。
今回、調べた範囲では直接、気管挿管の交換頻度とVAPの発症率について論じた研究は見つからなかった。挿管チューブより以遠の人工呼吸器回路の交換頻度とVAP発症率を調べた研究では、交換頻度でのVAP発症率に有意な差はなく、明らかな汚染や破損がなければ一定期間での回路の交換は不要とされている(2)。
また、挿管チューブの交換以外に、挿管チューブの形態を工夫することで外因性・内因性の各経路におけるVAPの発症を抑制できないかを調べた研究がある。外因性のVAPは人工呼吸器回路と連続した挿管チューブ内に定着あるいはバイオフィルムを形成した菌が下気道に落ち込むことで発症するため、細菌が定着しにくいとされる銀でコーティングした挿管チューブとVAP発症率を調べた研究にNASCENT試験がある。人工呼吸器を24時間以上要すると予測される患者2003人を対象として、銀コーティング気管チューブと従来の気管チューブの比較を行った大規模なランダム化比較試験である。この結果として、銀コーティング気管チューブ群が、細菌培養で確定診断されたVAPの発生率が有意に低かった(37/766[4.6%] vs. 56/743[7.5%]; P=0.003)。この研究で得られたデータのコホートアナリシスで、銀コーティング気管チューブ群の方が従来の気管キューブ群に比べ相対リスクが35.9%低下し、VAP発症例における死亡率が有意に低いことが明らかになった(95% CI, 3.6%-69.0%)(3)。
一方、内因性の経路の抑制目的には、気道とカフをできるだけ密着させるために薄いカフを使用する方法や、カフ上の気道分泌物を吸引が行いやすいようにした側孔付気管チューブについての研究がある。カフ上部吸引のVAP予防効果を検討するためLacheradeらは人工呼吸を48時間以上必要とする333人の成人患者を対象とした多施設ランダム化比較試験を行い、対照群に比べカフ上部吸引群が定量培養で診断されたVAP発生を有意に予防することを示した(25/169[14.8%] vs. 42/164[42.6]; P = 0.02)(4)。またMuscedereらの側孔付チューブについての13のランダム化比較試験、計2442人の患者を対象としたメタアナリシスでは、カフ上部の貯留物を吸引する側孔付チューブを使用によりVAPの発症が有意に低下した(リスク比0.55 [95%CI, 0.46-0.66; p <.00001]: I = 0%)(5)。
ところで、本題の挿管チューブの交換処置がVAPの発症の抑制に寄与するとすれば、交換処置によるチューブ内の定着菌の除去、すなわち外因性のVAP発症においてと考える。一方で、交換操作の際にカフ上部に貯留した分泌物が下気道に流入するという内因性の要因も増えると考える。内因性の寄与が大きければ、VAP発症の抑制効果は相殺され、むしろ発症を増加させるかもしれない。そもそも、気管挿管の交換頻度とVAPの関連についての報告がほとんどないのは、VAPの予防の目的に比して交換処置自体の侵襲性が高いためかもしれない。その場合、今後もVAP抑制に関するデータの集積は期待できないと思われる。結論として、挿管チューブ交換の頻度とVAP発症の関係を論じた報告はこれまでない。チューブ交換はVAPの外因性経路を抑制に寄与する一方で、内因性にVAPを発症させるリスクになると推測するが、チューブの交換処置自体が期待される効果に比して侵襲性が高いことが予想され、この仮説を検証するデータの集積は期待できないと思われる。
(1) Kollef MH, et al. What Is Ventilator-Associated Pneumonia and Why Is It Important? Respiratory Care 2005, 50;6:714-724
(2) Klompas M, et al. Strategies to Prevent Ventilator-Associated Pneumonia in Acute Care Hospitals: 2014 Update Infection Control and Hospital Epidemiology 2014,35;8:915-936
(3) Kollef MH, et al. Silver-coated endotracheal tubes and incidence of ventilator-associated pneumonia: the NASCENT randomized trial. JAMA 2008; 300:805–813.
(4) Lacherade JC, et al. Intermittent subglottic secretion drainage and ventilator-associated pneumonia: a multicenter trial. Am J Respir Crit Care Med 2010.182 :910-917
(5) Muscedere J, et al. Subglottic secretion drainage for the prevention of ventilator-associated pneumonia: a systematic review and meta-analysis. Crit Care Med 2011,39:1985-1991
寸評:これもまあ、命題そのものが学問的に失敗しているのですが、そこに果敢に挑むのは学生の特権でもあります。学生の時の失敗は買ってでもしろ、です。
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