注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
薬剤熱は他の熱源を除外した上で、薬剤の中止で解熱するかどうかが唯一の診断である。今回の症例は、経過中に薬剤熱の被疑薬が継続した状態で解熱を維持していたが、ステロイドが減量されたタイミングで再度発熱があったため、本来あった薬剤熱の顕在化が疑われた。しかし、そもそも薬剤熱がステロイドでマスクされるかが疑問に思い、今回のテーマとした。
発熱の生理学[1]:体温中枢は視床下部に存在し、セットポイントに合わせて体内の熱産生物質と熱放散物質の量を調整している。感染や外傷などの外因性発熱物質によって白血球が刺激されると、内因性のIL-1などのサイトカインが放出され、アラキドン酸カスケードを経てcAMPやプロスタグランジンが産生されることで体温調節性のセットポイントが上昇する。その結果、視床下部による熱産生物質の放出と熱放散物質の抑制がセットポイントに達するまで持続され血液温度や深部体温が上昇するとされる。
ステロイドが熱をマスクするメカニズム[2],[3]:ステロイドは、熱産生物質(IL-1, IL-6, TNF-α)のmRNAの不安定化や遺伝子発現の抑制を行い、phospholipase A2阻害によりアラキドン酸カスケードを経たプロスタグランジン産生を抑制する一方、抗炎症性物質(IL-1ra, IL-10)の転写因子を活性化することで解熱するとされている。
薬剤熱の種類と機序1Patelらによると、薬剤熱はその機序により以下の5つに分類される。
1.薬物過敏性反応(薬剤熱で最多):薬物·薬物代謝産物による免疫複合体生成でT細胞の活性化から炎症性サイトカインが誘発される。
2.体温調節機能の変化:薬理作用によりIL-1α, IL-1β, TNF-α, TNF-β, IFN-αなどが放出され、視床下部のセットポイントが上昇する。MAO阻害薬やヒスタミン受容体を介したシメチジンなどによる組織中のカテコラミン上昇も含まれる。
3.薬理作用の直接的影響:抗がん剤による細胞壊死やペニシリンの梅毒治療におけるJarisch-Herxheimer反応など、もともと癌細胞や菌体の破壊を目的とした薬剤により、その作用に伴うサイトカイン放出から生じる発熱。
4.薬物投与による反応:薬物の製造過程で混入した発熱性の不純物や汚染などの外因性のサイトカインにより、静注や皮下注の直後に起こる発熱。
5.薬物特異体質反応 (悪性高熱症、悪性症候群など):特定の遺伝的要因があるために、特定の薬物により起こる異常な発熱。例えばハロタンによる悪性高熱症はある遺伝的素因のため通常起こらない筋組織へのCaイオン流入が亢進した結果、筋強剛を来し組織障害をもたらすまでの高熱が生じる。
上記5つの機序の中で、内因性のサイトカインが関与するのは1.-3.である。内因性サイトカインを抑制するステロイドの作用を考えると、この1.-3.の機序による薬剤熱についてはステロイドで発熱がマスクされると考える。実際に、1.の薬物過敏正反応について、過敏性がでた薬剤であっても必須の薬剤であればステロイドを併用して使用を継続することもあると考えられる。
以上より、薬剤熱のうち、過敏性反応や体温調節機能の変化をもたらす薬剤による熱、抗がん剤やペニシリンの菌体破壊に伴う薬剤熱については、ステロイドでマスクされると推測する。しかし、この仮説の妥当性を評価するためにはいくつか問題がある。まず、①ステロイド減量の際の発熱は、薬剤熱がマスクされている可能性の他に相対的副腎不全や発熱性の原疾患の増悪なども鑑別に上がり診断が難しく、各症例ごとに緻密な評価を要するため症例が集まりにくいと予想される。また、薬剤熱の確定例自体が少ない中でステロイド使用例はさらに少ないことが予想される。さらに、②ステロイド投与することとなった原因疾患が非常に多様であること、ステロイド投与量·投与のタイミングが症例ごとに非常にばらつきがあることが想像される。これらの問題から、今後このclinical questionに対するエビデンスを提供するランダム化比較試験やコホート研究がなされる可能性は非常に少ないであろうと考えられる。現実的にはこの病態生理に基づいて、ステロイドを使用している個々の症例に対して、被疑薬の中止や他の鑑別を検討する他ないと考える。
[1] Patel R A. “Drug Fever.” Pharmacotherapy 2010;30(1):57-69
[2] Bailey JM. ”New mechanisms for effects of anti-inflammatory glucocorticoids” Biofactors. 1991;3(2)97
[3] Knudsen PJ. ”Glucocorticoids inhibit transcriptional and post-transcriptional expression of interleukin 1 in U937 cells.” J Immunol. 1987;139(12)4129
寸評:これは非常に秀逸なレポートです。神戸大の学生でもこういうレポートが書けるようになったのは偉いです。最後の段落だけ惜しかった。ここだけ通俗的になってしまいました。n-of-1スタディーすればよいのです。
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