注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
過去の化学療法中にFNを起こしたことがある患者に対して、
化学療法開始時に抗菌薬を予防投与することは必要か
私は今回、精巣癌の化学療法中にFN(Febrile Neutropenia)を起こした患者さんを担当した。そこで、FNの既往がある患者に対し化学療法を開始する時の予防的抗菌薬投与は新たなFNの予防に効果があるのか疑問を抱いたため、調べることにした。
日本のガイドライン上では、「FNとは好中球数が500/μℓ未満、または1000/μℓ未満で48時間以内に500/μℓ未満に減少すると予測される状態で、かつ腋窩温37.5℃以上(口腔内温38℃以上)の発熱を生じた場合」と定義されている。また抗菌薬の予防投与については「好中球数100/μℓ以下が7日を超えて続くような高リスク患者へのフルオロキノロンの予防投与は発熱、死亡、菌血症の頻度を減少させる」とされている[1]。
この根拠の一つとされているのが、Bucaneve Bらが行った大規模な二重盲検ランダム化比較試験である。この試験は化学療法に伴う重度好中球減少リスクのある760人の患者のうち、384人を化学療法開始から好中球回復までの間レボフロキサシンを内服する群に、376人をプラセボ内服群に割り付け「38.5℃以上の発熱または38℃以上の12時間以上の持続」の発生について比較したものである。結果は好中球減少期間中の発熱の他に微生物的感染、菌血症等の割合がプラセボ群に比べて有意に低かった[2]。この研究では死亡率に関して有意差が示されなかったものの、2006年にLeibovici Lらによって行われたメタアナリシスで、フルオロキノロン予防投与による死亡率低下が示されている[3]。以上より、重度の好中球減少リスクのある患者に対するフルオロキノロンの予防的投与は効果があると言える。
ただし、いずれの研究も対象はFNの既往を持つ患者ではなく重度好中球減少のリスクが高い患者であったため、FNの既往は次の化学療法時のFNのリスクとなるのかを調べた。
ASCOのガイドラインでは、化学療法中にFNを生じるリスク要素として「以前のFNエピソード」をあげている[4]。Michael HらはCullen Mらが2005年に発表した大規模な二重盲検ランダム化比較試験[5]の患者データを用いて後ろ向き検討を行った。この研究では登録された重度好中球減少のリスクのある化学療法中の患者をレボフロキサシン内服群771人とプラセボ内服群772人に分け、38℃以上の発熱イベントが起こった回数を比較した。内服群とプラセボ群の患者が受けた化学療法の合計サイクル数はそれぞれ3410サイクル、3459サイクルであった。プラセボ群において、1回目の化学療法での発熱群と非発熱群で2-6回目の化学療法時に発熱イベントの起こった回数を比較するとそれぞれ26回/206サイクル(12.6%)、63回/2481サイクル(2.5%)であった。ところが、1回目に発熱したレボフロキサシン投与群とプラセボ群で、2-6回目に起こった発熱イベントの数を比較するとそれぞれ7回/68サイクル(10.3%)、26回/206サイクル(12.6%)であった[6]。
以上より発熱の既往のある患者は次回発熱のリスクが高まると言える。ここで論じられているのは全発熱イベントでありFNに限定した検討ではないことに注意しなければならないが、対象患者の条件から発熱イベントのうちの多くが好中球減少中のものと考えられ、FNの既往は次の化学療法時のFNのリスクとなると判断した。しかし、対象患者数が少ないために統計的な検討結果が論文で示されていなかったものの、FNの既往がある患者に対するレボフロキサシンの予防投与はその後のFN発症予防に効果があるとは判断できないと考えたため、FNの既往がある患者に対しての抗菌薬の予防投与は必要ないと結論付ける。
[1]日本臨床腫瘍学会編:発熱性好中球減少症(FN)ガイドライン, 南江堂, 東京
[2] Bucaneve G, Micozzi A, Menichetti F, et al.: Levofloxacin to Prevent Bacterial Infection in Patients with Cancer and Neutropenia. N Engl J Med 2005 ;353 :977-87.
[3] Leibovici L, Paul M, Cullen M, et al.: Antibiotic prophylaxis in neutropenic patients: new evidence, practical decisions. Cancer 107:1743-1751,2006
[4] Flowers CR, Seidenfeld J, Bow EJ, et al.: Antimicrobial prophylaxis and outpatient management of fever and neutropenia in adults treated for malignancy: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline. J Clin Oncol 31:794-810, 2013
[5] Cullen M, Steven N, Billingham L, et.al: Antibacterial prophylaxis after chemotherapy for solid tumors and lymphomas. N Engl J Med 2005 ;353 :988-98.
[6] Cullen MH, Billingham LJ, Gaunt CH, et al: Rational selection of patients for antibacterial prophylaxis after chemotherapy. J Clin Oncol 25: 4821-4828, 2007
寸評;数値の扱い方について勉強しましたね。「FNの既往がある場合は」という問題設定は良い意味で学生らしく、よかったです。リスクが有るのと、そのリスクを抗菌薬でヘッジできるのは同義ではないってのもよい議論でした。医者でもこの違いが理解できない人は少なくないのです。
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