注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
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腸管穿孔による汎発性腹膜炎の抗菌薬選択において腸球菌をカバーする必要はあるのか
二次性腹膜炎は消化管穿孔を原因とすることが最も多いため消化管の細菌叢に由来する複数種の微生物による混合感染となる。分離される菌種としてはE.coli (71%)、Klebsiella spp. (14%)、P.aeruginosa (14%)といった通性嫌気性あるいは好気性のグラム陰性桿菌、またB.fragilis (35%)や他のBacteroides spp. (71%)、Clostridium spp. (29%)といった嫌気性菌、さらにはStreptococcus spp. (38%)やE.faecalis (12%)、E.faecium (3%)のような腸球菌を含むグラム陽性球菌がある。[1]腸球菌は病原性が低く、腹膜炎の病態への関与は未だよくわかっていない。むやみに抗菌スペクトラムを広げることは菌の耐性化を招く恐れがあり避けなければならない。これらを背景として腸球菌が腹膜炎の初回治療において本当にカバーすべき菌種であるのかどうかが長らく議論されてきた。今回はこの点に関する考察を行いたい。
まず、腹膜炎を市中感染 (CA-IAI: community-acquired intra-abdominal infection)と医療関連感染 (HA-IAI: health care-associated IAI)に分けて考える。過去の研究でCA-IAIでは腸球菌をカバーせずとも治療効果に差はないことが明らかになっている。[2]対してHA-IAIにおいては、特に術後感染によるケースで腸球菌が検出される頻度がCA-IAIより高く、治療の失敗や患者死亡のリスクを上昇させることがわかっている。加えてHA-IAIにおいて初期治療の際にカバーの不十分な抗菌薬選択をすると術後合併症や死亡を増加させる報告がある。これらよりHA-IAIでは腸球菌をカバーする方がより望ましいと考えられる。
CA-IAIおよびHA-IAIを含めた二次性腹膜炎に対する異なる2つの手術戦略を比べたランダム化比較試験に付随して微生物のプロファイルが感染の進行や死亡と相関するか調べた研究があり、グラム陽性球菌が単体で検出された場合には院内死亡率が高くなる (OR 4.08, 95%CI: 1.43-11.61, p=0.008)ことが示されており、そのうち最も多かったのは腸球菌だった。[3] この研究では全ての患者は周術期にamoxicillin、gentamicin、metronidazoleを初期治療として投与されていることから、ampicillin耐性を持つE.faecium が選択を受けていると考えられる。この点で腸球菌、特にE.faecium を十分にカバーしないことが院内死亡のハイリスクであることが示唆される。しかしながら今回調べた限りでは初期治療において腸球菌に対するカバーをする群としない群でoutcomeを直接比較したような研究は存在しなかった。この点でエビデンスは限定的である。
また近年フランスで行われたCA-IAIおよびHA-IAIを含めた二次性腹膜炎の起炎菌と予後を調べた観察研究では、腸球菌が検出された患者はそうでない患者に比べ死亡率が高かったことが示されていた(OR 2.86, 95%CI: 1.44-5.68, p=0.003)。[4] こちらもまた直接的に腸球菌のカバーがアウトカムに影響するか調べているわけではなかったが、それでも間接的にではあるが腸球菌が重症患者においてリスク因子となることを示したと言える。これらのデータを元にCA-IAIでもハイリスクの患者では腸球菌、特にCA-IAIおよびHA-IAIで多いE.faecalis をカバーすべきであるとの見方がSurgical Infection Societyによる2017年のガイドラインで提示されていた。[5]ハイリスクとは70歳以上、肝硬変、腎臓病、心疾患、悪性疾患、免疫抑制状態、敗血症、汎発性腹膜炎、ソースコントロールの遅延や不十分などの項目のうち2-3個を満たす例をいう。
以上より腸管穿孔により汎発性腹膜炎を起こした症例における抗菌薬選択では、医療関連感染に該当する場合に腸球菌をカバーする方がよい。また市中感染でかつハイリスクに該当する場合で腸球菌をカバーする方がより望ましい。
参考文献
- Solomkin JS, Mazuski JE, Bradley JS, Rodvold KA, Goldstein EJC, Baron EJ, et al. Diagnosis and Management of Complicated Intra-abdominal Infection in Adults and Children: Guidelines by the Surgical Infection Society and the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis 2010;50(2):133–64.
- Harbarth S, Uckay I. Are there Patients with Peritonitis Who Require Empiric Therapy for Enterococcus? Eur J Clin Microbiol Infect Dis 2004;23(2):73–7.
- Ruler O van, Kiewiet JJS, Ketel RJ van, Boermeester MA, Group O behalf of the DPS. Initial microbial spectrum in severe secondary peritonitis and relevance for treatment. Eur J Clin Microbiol Infect Dis 2012;31(5):671–82.
- Montravers P, Lepape A, Dubreuil L, Gauzit R, Pean Y, Benchimol D, et al. Clinical and microbiological profiles of community-acquired and nosocomial intra-abdominal infections: results of the French prospective, observational EBIIA study. J Antimicrob Chemother 2009;63(4):785–94.
- Mazuski JE, Tessier JM, May AK, Sawyer RG, Nadler EP, Rosengart MR, et al. The Surgical Infection Society Revised Guidelines on the Management of Intra-Abdominal Infection. Surgical Infections 2017;18(1):1–76.
寸評:これもよくあるテーマですが、故に議論は難しいです。「腸球菌」が何を指しているかきちんと明示すればベターになったでしょう。
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