献本御礼。校正した正式な書評は次号のJ-IDEOに載せるが、まずはブログで。
著者から「移植感染症ならこのテキスト」と教えてもらっていたが寡聞にして本書を知らなかった。ぼくはLjungmanらの「Transplant Infections」を使っていたのだ。
なるほど、原書のタイトルは「Infections in the Immunosuppressed Patient」である。別に移植に特化した本ではないのだ。しかし、本書を読めばわかるが固形臓器移植、造血幹細胞移植の感染症にそれぞれ1セクションを割いている。ならば、両者のエキスパートを狙った和名のタイトルもうなづける。
一言で言うならば、本書は感染症に関与する者なら必読の名著だ。素晴らしすぎて、一気呵成に読んでしまった。我が家にある本書はすでにぼくと奥さんが入れたアンダーラインと付箋だらけである。
では、今から何が素晴らしいかを説明する。
まず、ケース・ベイスドになっているのが素晴らしい。だいたい、免疫抑制と感染症の教科書は難解な免疫学の講釈と複雑怪奇な日和見感染の解説で臨床的な実感が湧きにくいものだ。本書はリアルな患者のリアルな問題からスタートし、鑑別診断をあげ(これをちゃんとやるのが難しいのだ!)、診断操作を行い、治療に至る。その後、お勉強の解説が入ってキーポイント、という実に臨床屋が学びやすい構成になっている。類書にはない親切さだ
次にぼくが感心し、かつ感動したのは図表の出来の良さである。臨床屋が「自分でこういうのをまとめておきたい」という痒い所に手が届くような表が満載である。例えば、「ニューモシスチス肺炎の予防投与が必要となるがん・がん治療」という表がある(85頁)。アレムツズマブとかテモゾロミドといった、がんの非専門家には耳慣れない治療のリスクまで丁寧にまとめてあり、とても親切だ。あるいは、「創傷治癒とベバシズマブ」(103頁)。創傷治癒の遅延は感染症と縁が深いが、どのがんにどの程度の創傷治癒合併症が起きるかをまとめたこの表は実に臨床的で役に立つ(そして、自分で調べて作るのは大変だ)。あるいは「固形臓器レシピエントにおける肺の結節に関する研究報告の総合データ」(136頁)。感染性、非感染性の結節の原因がその頻度とともにまとめられている。これはそのまま「固形臓器レシピエントに肺結節を認めた時の各疾患の事前確率」となる。これがどのくらい役に立つかピンとこない人は、臨床理路(clinical reasoning)をちゃんと用いずに診断しているためであろう。
3つ目にぼくが感心したのは、通俗的な移植や炎症性疾患に対する免疫抑制剤使用者だけでなく、より包括的に「免疫抑制」という概念を論じているところだろう。いわゆる「バイオ」と呼ばれる生物製剤は言うに及ばず、多発性硬化症治療薬ナタリズマブとPML(進行性多巣性白質脳症)(319頁)、心室補助人工心臓(LVAD)感染(347頁)など、現場を悩ます、しかしよい教科書が見つかりにくいトピックにまで踏み入れており、実に包括的だ。がんセンターや移植センターのスタッフだけではこれだけ包括的な本はできないわけで、監修者のチャンドラセカールの視野の広さが窺われる。
本書には不満もある。昨今の米国の風潮だが、無意味に広域抗菌薬に頼りすぎる。感受性が分かっているAchromobacter感染になぜメロペネムを継続してしまうのか(14頁)。緑色連鎖球菌感染症にセフェピムで治療とはいかがなものか(60頁)。出血性膀胱炎患者のBKウイルスの抑制のためにシプロフロキサシンを使うのは本当に理にかなっていると言えるのか(249頁)。1980年代までは米国の研修医は皆、自分でグラム染色をしていたという。ぼくがニューヨークで内科研修医になったときはセフトリアキソンは広域抗菌薬で使用には感染症フェローの許可が必要だった。昔話をしだしたのは老いた証拠かもしれないが、近年の米国での抗菌薬使用はあまりに節操がなさすぎる(ところがある)と個人的には思わないでもない。ぼくら(神戸大学感染症内科内科)は現在、ESBL産生菌やAmpC過剰産生菌の感染症をいかにエコノミカルに広域抗菌薬を用いずに治療するかを日夜研究している。現代米国の感染症診療現場には、マニュアル的に「とりあえず広域でやっといて」といった一種の「軽さ」を感じずにはいられない。
ときに、本書のもう一つの楽しさは各章のタイトルの洒脱さにある。どれも気が利いたタイトルで、多くは音楽や映画タイトルのパロディだったり、巧みに韻を踏んだりしている。こうしたタイトルを上手に訳すのは大変だっただろうし、訳注が付いているものもある。読者は自分たちでそのタイトルの「意味するもの」を想像したり、調べたりしても楽しいだろう。「生物学的製剤を使うときには準備(B)しろ」(“B” Prepared When Using Biologic Agents)なんて「なかなか、やるな」と思った。まあ、あまり柳瀬尚紀みたいにこだわりすぎなくてもよいのだろうが、「食物性抗菌薬の黙示録」(Alimentary Antimicrobial Apocalypse)などはせっかく原文が上手にゴロを合わせているのだから、「経口抗菌薬殺し」くらいは遊んでもよかったかもしれない。
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