注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
感染症内科レポート
「isoniazidによる末梢神経障害に対するビタミンB6予防的投与は意義があるのか」
Isoniazid(INH)は抗結核薬のなかでもrifampicinについで有効な薬物と考えられており、かつINHは安価で容易に合成できるため結核治療において世界中で広く使用されている。INHの副作用として末梢神経障害があり、予防としてビタミンB6(ピリドキシン)の投与が一般的である。ビタミンB6の予防的投与は必要ないという意見もあること、また抗結核薬は4剤併用が基本でビタミンB6の追加服用は錠数も多くなり患者の負担も大きいことから、ビタミンB6の予防的投与に意義があるのかを考察することにした。
ビタミンB6はアミノ酸代謝や神経伝達物質の合成などに関わっている。INHはビタミンB6の排泄を促進し、ビタミンB6のリン酸化に必要であるピリドキシンキナーゼを阻害することによってビタミンB6欠乏、末梢神経障害を引き起こし、両側性の感覚消失、刺痛・焼かれるような痛みが上下肢の遠位から出現する。1)
Biehlらの研究では、16~24㎎/㎏/dayのINH投与で44%(対象:116人)、3~5㎎/㎏/dayの投与で2%の患者に末梢神経障害が発症したと報告している。2)その他、Oestreicherらは4~6mg/kg/dayの投与では滅多に神経障害は起こらないと記述、Tuberculosis Chemotherapy Centerは190人のインド人結核患者にINHを3.9~5.5㎎/㎏/dayに投与したところ約0.5%(1人)しか神経障害を発症しなかったと報告をしている。2)一方、神経障害は高齢者、慢性肝疾患、栄養障害、HIV感染、腎不全、糖尿病、アルコール依存症、妊娠・授乳中の女性、などの危険因子があると発症しやすい。3)中でも、HIV合併例では通常の約4倍神経障害が発症しやすいと言われている。1)
同じくMoneyらが栄養障害を持つウガンダ人結核患者84人にINHを4~6㎎/㎏/day投与したところ、約20%(16人)が神経障害を発症した。2)INH内服下でのビタミンB6投与の有無で神経障害の発生率に差があるのかについて直接比較している論文を探したが見つからなかった。
ビタミンB6の投与量については研究によって異なり、6~50㎎/日1)2)4)5)6)とばらつきがあった。危険因子を持たない低リスク患者は6~10㎎/日2)4)5)、危険因子を持つ高リスク患者では10~50㎎/日5)6)がそれぞれ推奨されていた。ただし、25~50㎎/日の投与はINHの効果を減弱させる恐れがある4)ため注意が必要である。低リスク患者においては、通常の食事に神経障害予防に十分のビタミンB6が含まれているため積極的なビタミンB6投与は必要ないという意見4)もある一方、日本人の平均ビタミンB6摂取量は1.0~1.5㎎/日7)であり推奨量6~10㎎/日には及んでいない。
INHによる末梢神経障害発生率は低リスク患者では0.5%~2%と高くはないものの、環境・人種などで容易に発生率は変わる。1)食事によるビタミンB6摂取量も時代や国によって異なり、現代日本人のビタミンB6摂取量が神経障害予防には足りていないことを鑑みると、論文の内容を患者に当てはめるには限界がある。したがって低リスク患者と高リスク患者では投与量が異なるものの、INHによる末梢神経障害に対するビタミンB6投与は意義があると考える。
【参考文献】
1) J. J. van der Watt, et al. Polyneuropathy, anti-tuberculosis treatment and the role of pyridoxine in the HIV/AIDS era: a systematic review. INT J TUBERC LUNG DIS 15(6):722-728
2) Dixie E. Snider, Jr., M.D. Pyridoxine supplementation during isoniazid therapy. Tubercle 61 (1980) 191-196
3) RAMA B Rao, MD. Isoniazid(INH) poisoning. In: UpToDate, Post TW (Ed), UpToDate, Waltham, MA. (Accessed on June 13, 2017.)
4) 青木眞(2015)『レジデントのための感染症診療マニュアル 第3版』医学書院
5) Richard H Drew, et al. Isoniazid: An overview. In: UpToDate, Post TW (Ed), UpToDate, Waltham, MA. (Accessed on June 13, 2017.)
6) 福井次矢、黒川清監修(2017)『ハリソン内科学 第5版』メディカル・サイエンス・インターナショナル
7) 今井具子ほか「秤量法食事記録調査より求めた小学生、大学生、高齢者のミネラル摂取量及び食品群別寄与率の比較」栄養学雑誌, Vol72 No.2 51-66 (2014)
寸評:これは実に素晴らしいレポートです。とくに最後の段落までもっていった力量には感服します。お見事でした。
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