注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
「急性胆嚢炎の診断の際、どの身体所見を組み合わせると感度、特異度ともに優れたものとなるのか」
胆嚢炎は急性腹症の原因の4-10%を占める疾患である。急性胆嚢炎の診断では費用面や利便性から超音波検査が有用であると言われている。しかし、超音波検査の感度は82%となっており、特に急性胆嚢炎に特異的な所見(胆嚢周囲液体貯留、胆嚢壁の3層構造)などでは特異度が高い一方、感度が低い(32~36%)のが問題点である1)。よって、超音波検査を施行するまでの検査前確率を身体所見、検査所見から高めておくことには以下の2点の意義があると考える。
1)超音波が正常であった際、より侵襲的な検査(胆道シンチグラフィー)に進む正当な理由となる
2)見逃しや誤診を減少させることで早期診断に役立ち、合併症が少ない早期手術を施行できる
今回は特に身体所見に焦点を絞り、どのような所見を組み合わせると感度特異度ともに優れたものになるのかについて調べた。
身体所見ではMurphy徴候を除くすべての項目で陽性尤度比(LR+)2.0を超えるものがなく、一つの身体所見のみでは大きく検査前確率を上げることはできない。Murphy徴候はLR+2.8(0.8-8.6)、陰性尤度比(LR-)0.5(0.2-1.0) 感度65(58-71)、特異度87(85-89)となっており有用な所見である。他の所見では右上腹部痛のLR+1.6(0.9-2.5) LR-0.7(0.3-1.6) 感度81(78-85) 特異度67(65-69)が比較的LR+の高い所見であると考えられる2)。私は1つ1つの身体所見のLR+はそれほど高くはないものの、比較的LR+が高い所見を組み合わせることで診断への相乗効果が期待できるのではないかと考えた。
Adam J Singerらは1993年、上記の内容について後ろ向き研究を行っている。分析対象になったのは100名の急性胆嚢炎を疑われた患者で、彼らは様々な身体所見の有無と急性胆嚢炎を約95%診断できるという胆道シンチグラフィーの結果を比較した。結果はどの身体所見、検査結果を組み合わせてもシンチグラフィーの検査前確率をあげることはできないというものであった3)。ではなぜ、このような結果になってしまったのだろうか。一つの理由としては、前述したように各身体所見の有効性が乏しいということである。さらに他の要因として、各身体所見の独立性の問題があると考えられる。検査前確率をあげる目的で身体所見を組み合わせる場合、それらの身体所見が「独立」していることが重要であるのだ4)。つまり、ある疾患において異なるメカニズムにより引き起こされる身体所見を組み合わせることは診断の際、検査前確率をあげることに役立つが、同じメカニズムに基づく身体所見を組み合わせることは意味を持たないのである。上述したように急性胆嚢炎の有用な身体所見としてMurphy徴候と右上腹部痛があげられるが、これらは共に局所の炎症による腹膜刺激により引き起こされているもので、組み合わせることに意味はない。
異なるメカニズムにより起こる他の身体所見にLR+が高いものがないため、急性胆嚢炎において身体所見のみを組み合わせることの診断的意義は低いという結論に至った。この事は急性胆嚢炎の診断基準である東京ガイドライン5)を参照しても確認できた。ガイドラインによると、診断に必要な局所所見はMurphy徴候または右季肋部痛(圧痛、腫瘤)のどちらかだけであるのだ。
参考文献
1) ジェネラリストのための内科診断リファレンスP168
2) Trowbridge RL, Rutkowski NK, Shojania KG. Does This Patient Have Acute Cholecystitis?. JAMA. 2003;289(1):80-86.
3) Adam J Singer,MD et al. Correlation Among Clinial, Laboratory, and Hepatobiliary Sanning Findings in Patients With Suspected Acute Cholecystitis. Annals of Emergency Mdicine. 1996; 28(3):267-72
4) Steven McGee(2007) Evidence Based Diagnosis. Elservier P16~17
5) Tadahiro Takada et al Updated Tokyo Guidelines for the management of acute cholangitis and cholecystitis.J Hepatobiliary Pancreat Sci (2013) 20:1-7
寸評:見事なレポートです。学生のレポートで驚かされることはめったにないのですが、これは秀逸でした。よく思考がなされているところがユニークです(本来、レポートはみんな考えて書くべきですが)。結論はぼくのとは違っていて、ぼくは独立していない所見でも組み合わせて診断の役に立つなら構わへん、派です。しかし、見解の相違はレポートの質を落とすものではありません。岩田に「忖度」しなくても良いレポートは良いレポートです。
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