D「F先生は、単に「院内肺炎ではゾシンを出す」という「ノウハウ」をどっかで覚えただけなんだ。だいたい、医者のほとんどは「ノウハウ主義」だからな。上級医は「こういうときは、ああやっとけ」みたいな教え方しかしない。それにその上級医も、若い時に上の先生から同じように教わっている。こうやって医療は伝統芸能化し、根拠も論理もないままにただただ「ノウハウ」のみが伝承されていく」
S「うーん、言われてみれば、ぼくもそんなふうに教わってきましたね」
D「そして、そんなふうに教えている」
S「ぐぐぐ」
D「問題は、だ。伝統芸能になったティーチングでは、一回間違えるとずっと間違え続けるってことだ。だからライプニッツだ。なぜゾシンなのか。なぜ他の抗菌薬でないのかをきちんと説明できなければ、単なる「ノウハウ」男になってしまう」
S「おっしゃるとおりですね」
D「それに、本当に院内肺炎だとゾシンなのか?それは一般化できる概念なのか?ゾシンでは治せない院内肺炎、他の抗菌薬を使うべき院内肺炎だってあるんじゃないのか?」
S「確かに、ありますね」
D「F先生の問題点は、個別の事例で「ノウハウ」を学び、無批判にそれを一般化していることにある。「院内肺炎はゾシン」という一般化だ。それは間違った一般化だと俺は思う」
F「そうなんですか」
D「いいか、F先生、よく聞いとけ。臨床研修とはひとりひとりの生身の患者の診療経験から「一般化できる概念、事象」を抽出していく学び方だ」
F「ええ???よく分かりません。どういうことでしょう」
D「一人ひとりの患者は違うだろ。そこで、だ。患者ケアは「一般化できること」と「この患者にしか通用しないこと」の2つに分けられる。例えば、院内肺炎なら胸の画像に浸潤影が認められる、はかなり「一般化できる」事象だ。例外はあるけど、それはあくまでまれな「例外」だ。しかし、ある患者で「院内肺炎を起こした時CRPが25だった」という事例をもって、「院内肺炎ではCRPが20以上になる」は一般化できるか?それともこの患者の個別のデータか?」
F「ああ、CRPがそんなに上がらない肺炎も多いですよね」
D「そう、なのでCRPが20以上、はこの患者に個別なエピソードに過ぎず、次の患者には適用できない」
F「はい」
D「診断にしても、治療にしても、その他についても全部そうだ。患者を見たら、「これは一般化できる」というものを全部学べ。そうすれば、次の患者に活用できる。「これはこの患者固有の話だ」も大事にしろ。例えば、朝デイリーニュースを読むのが大好き、みたいな、な。でもそれが役に立つのはその患者さんだけだ。メリハリをつけろ。メリハリを付けるというのが、「学ぶ」ということだ」
F「なるほど、かっこいい!」
D「そうだろ?」
F「D先生、見直しました」
D「上から目線で言うな!この腐れ研修医が!」
第42回「一般概念と個別な事象を区別させよう」その2 終わり
続く。
この物語はフィクションであり、DとSも架空の指導医で、Fは架空の研修医です。
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