D「あのな、研修医を教えて、研修医にできることを増やしてやるんだよ。やれることが増えたら、こっちの仕事が楽になるだろ」
S「ええ?研修医には任せられませんよ」
D「任せられるように教えるんだよ。研修医は基本、頭がいい。下手すると俺達より頭がいい。彼らが優秀に見えないのは、単に「業界内での振る舞い」ができないだけの話で、インテリジェンスという意味ではまったく問題はない(ことが多い)。能力をつけてやったら、できることはどんどん増えていくよ」
S「なるほど」
D「できることが増えれば、アウトソーシングしてやればよい。医者はアウトソーシング苦手な人が多い。忙しい、忙しいと嘆くわりには、その仕事を他人に任せようとしない。そもそも日本の仕組みがへんてこで、医者にしかできない仕事が多すぎるんだ。俺に言わせれば、病院長も保健所長も医者である必然性はない。ナースや保健師さんがなったほうがいいんじゃないか、と思うことはしばしばだし、俺が以前勤務してた海外のクリニックは院長は資格のないビジネスウーマンだった。素晴らしい病院経営をしてたよ。医者は基本、経営は素人だしな」
S「またそんなことをいうと叱られますよ」
D「研修医に採血やカテーテル挿入など、教えられる技術をしっかり教えてやる。できるようになったらスーパービジョンなしでまかせればよい。目標は「任せることができ、俺の仕事が減る」だ。一所懸命指導するインセンティブとしては、最高だろ」
S「楽をしたかったら、努力をせよ、ですね」
D「そのとおり。研修医は育つ。俺の仕事は楽になる。これこそウィンウィンだ。研修医も任せられると、やる気が違ってくる。一所懸命学んでくれるよ。ただのお客さん扱いで見学させてるだけ、ではだめだ」
S「でも、研修医にやらせるのは患者さんが嫌がるでしょう」
D「そんなことはない。それは我々医療者サイドの偏見に過ぎない。俺が日本に帰ってきた時、患者さんの内診をしたらナースからすごい反発を受けたんだ。内科医は内診なんてするもんじゃない。患者が嫌がるからってな。でも、俺は海外の国際クリニックでずっと内診してたけど全くクレームは来なかったし、それは日本人の患者でも同様だった。もちろん、ちゃんと同意を得た上でだけど、患者に断られることはまずない。あったとしてもそれは俺が男だからで「女性の医師にしてほしい」と言われる場合であり、「内科医だから」じゃなかった」
S「へえ」
D「俺たちが「そんなのは非常識」と言われることの多くは、医療者目線の思い込みにすぎない。研修医が一所懸命やってくれる医療も多くの患者は受け入れてくれる。それを断る患者だけ、研修医にやらせなきゃいいんだ。インフォームドコンセントってのはこういうことを言うんだぜ」
S「うーん、そうですね。風邪に抗菌薬は患者が欲しがるからだ、みたいなのも医者サイドの思い込みなところは大きいですよね」
D「自分たちの現状維持を患者のせいにしているだけだ。俺は昔、あるアメリカ人に「ジーンズを履いて診療するのはドレスコードに反する」と文句を言われたことがある。アメリカ(の一部)ではそれはマナー違反なんだそうだ。でも、ドレスコードを決めるのは医療者じゃない。患者のほうだよ。そこで俺は外来患者にアンケートを取って、医者がジーンズをはいていたら不快に感じるかどうか、意見を聞いた。日本の外来患者のほとんどが「そんなの気にしない」だったよ」
S「へえ」
D「研修医にどこまでさせるかの基準は2つ。研修医にその能力があるか、そして患者がそれを受け入れるか、だ。患者が受け入れるかどうかを医者が勝手に自分目線で決めつけてはダメだ。もちろん、患者もいろいろだから、「研修医じゃ嫌だ」という人もいるだろう。でも、患者がいろいろということは「研修医でもいい」という人だっているってことだ。ほんとうの意味で、俺たちはもっと患者の声に耳を傾けるべきだよ」
S「おお、珍しくD先生がまともなことを言っている」
D「あんだって?」
第5回「指導は重荷ではない」その2 終わり
続く。
この物語はフィクションであり、DとSも架空の指導医です。
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