注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
歯磨きは歯科治療と比較してどの程度の菌血症リスクがあるのか
歯科治療や毎日の歯磨き、咀嚼などにより菌血症が生じることがあり、感染性心内膜炎のリスクとなりうる。日本のガイドライン(1)では歯科治療時にハイリスク群の患者全てに対して抗菌薬の予防投与を推奨しているが、歯磨きなどの日常的活動における菌血症については詳しく書いていない。歯科治療による菌血症のリスクと比較して歯磨きによる菌血症のリスクはどれほどなのか、また、その対策はどうすればいいのか疑問に思い、文献を調べた。
まず、歯科治療と歯磨きの菌血症リスクの比較についてであるが、Lockhartら(2)は二重盲検法のプラセボコントロール試験で抜歯の必要な患者290人を対象とし、歯磨きをした群(A群) 98人、アモキシシリンの予防投与後に単歯抜歯をした群(B群)96人 、プラセボの投与後に単歯抜歯をした群(C群)96人に分けた。その後、歯磨きもしくは抜歯の①前、②開始1分半後、③開始5分後、④終了20分後、⑤終了40分後、⑥終了60分後、の計6回、血液を採取し血液培養をした。感染性心内膜炎を起こしうる細菌による血液培養陽性の累計発生率はA群23%、B群33%、C群60%であり、歯磨きは歯科治療に対して有意に血液培養陽性率は低かった(p<0.0001)。また、血液培養陽性率が最も高いのは③で、A群19%、B群33%、C群58% と歯磨きは歯科治療に対して血液培養陽性率は低かった。培養陽性の発生率は④までに全てのグループで急速に低下し、④時での各々の割合はA群1%、B群1%、C群10%であり、A群、B群と比較してC群が有意に高かった(p=0.001)。
次に、口腔内の状態と菌血症のリスクについてだが、Forterら(3)の実験によると歯周炎と歯肉炎は、歯磨き後におきる菌血症のリスクを高めた。健常者60人を、歯周炎も歯肉炎もない患者群(A群)20人、歯周炎のある群(B群)20人、歯肉炎のある群(C群)20人に分け、10分間ガムを噛んだ後に2分間歯磨きをし、ガムを噛む前、歯磨き後30秒、10分、30分で血液を採取し培養した。全体を通して血液培養陽性となった割合はA群10%、B群20%、C群75%と、C群がA群、B群と比較し有意に高かった(p<0.001)。
以上2つの研究より、抜歯の必要な患者において1回の歯磨きは1回の抜歯よりも菌血症のリスクが低く、また、1回の歯磨きを行った患者において、歯周炎も歯肉炎もない患者、歯周炎のある患者は歯肉炎のある患者よりも菌血症のリスクが低かった。しかし、毎日歯磨きをする人は菌血症にさらされる機会が抜歯よりも多いため、毎日の歯磨きは1回の抜歯よりも菌血症のリスクが高いと考えられる。結論としては、確かに1回の歯磨きは歯科治療と比較して菌血症のリスクが低い。けれども、毎日の歯磨きは、歯の健康に関わらず、1回の抜歯よりも菌血症のリスクが高いと言える。
ガイドラインでは感染性心内膜炎の予防として口腔内の清潔が重要とされている。しかし、ガイドラインにおける感染性心内膜炎のハイリスク患者においては、口腔内の清潔が保たれている場合においても、毎日の歯磨きによって菌血症のリスクが上がり、感染性心内膜炎の罹患リスクも上がると推測される。
(1)感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年度改訂版)
(2) Lockhart PB, et al. Bacteremia Associated With Toothbrushing and Dental Extraction. Circulation June17,2008 3119-3125
(3)Forner L, et al. Incidence of bacteremia after chewing, tooth brushing and scaling in individuals with periodontal inflammation. J Clin Periodontol2006;33:401-407
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