注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
MRSA肺炎に対して, バンコマイシンとリネゾリドはどちらが有用か?
Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus (MRSA)肺炎に対してはバンコマイシン(VCM) やリネゾリド(LZD)を用いるが, どちらがより有用か調べてみた.
Richard Gらは院内MRSA肺炎に対して, LZDの効果と安全性をVCMと比較した多施設共同ランダム化二重盲検試験を行った(1). 対象は2004年10月13日から2010年1月31日までの5年間の院内肺炎患者1,184人のうち, MRSA肺炎患者と診断された448人(modified intent to treat群, mITT群)のなかの, 治療計画の基準に適合した339人(per-protocol群, PP群)が対象となっている. 患者はLZD(600mg/12h, 静脈注射), もしくはVCM (15mg/kg/12h) を7~14日間投薬された. VCMはトラフ値により調節された. Primary end pointはPP群の試験終了時(end of study ,EOS)における臨床効果である. Secondary end pointはmITT群のEOSの臨床効果, PP群とmITT群の治療終了時(end of treatment, EOT)の臨床効果である. 結果は, PP群のEOSの臨床効果はLZDが勝っていた. また, LZDはPP群のEOT, mITT群のEOT, EOSの臨床効果も勝っていた. 本論文では以上のことよりLZDはVCMに対して優越性を示したと結論づけている. しかし, PP群の比較で, 人工呼吸管理患者や菌血症患者がVCM群で多く, ランダム化が担保されていない可能性が指摘されている. また, 本文中に掲載されていないKaplan-Meier曲線では両群に差がないとの指摘も存在する (2) .
事実, MRSA肺炎の治療に関するメタアナリシスではグリコペプチドに対するLZDの優越性は示されていない. Walkeyらは, MRSA肺炎疑いの患者におけるLZDとグリコペプチド系抗菌薬の効果を比較したランダム化比較試験のメタアナリシスを行った(3). 8試験, 計1,641人が対象となった. 結果は, 臨床効果, 微生物学的効果, 死亡率にLZDの優位性を証明することはできなかった. また, 気道由来の検体においてMRSA陽性群のサブグループでも臨床効果に差は示されず, 陰性群のサブグループにおいても同様であった.
LZDは2000年に米国で承認された比較的新しい薬である. 一方, VCMは1956年に発見された後, 1958年に臨床応用され(4), 臨床経験が豊富というメリットがある. また費用に関しては, LZDよりVCMの方が安価である. (VCM(15mg/kg/12h, IV) 約5,200円/day, LZD(600mg/12h, IV) 約37,000円/day) (5) *60kgの患者と想定
VCMには腎毒性や耳毒性, 時にはRed Man syndromeなどの副作用がみられる. 一方, LZDには骨髄抑制や末梢ニューロパチーなどの副作用があり, 副作用に関して言えば, 一概にどちらを使用すべきと結論をつけることはできない.
MRSA肺炎に対して VCM, LZDどちらを使うかの決定は, 薬の供給状況, 抗菌薬に対する耐性パターン, 投与方法, コスト, 副作用などを考慮した上で行うのがよいと考える. 現在, LZDの乱用による耐性菌の出現が, 海外, 特にスペインで問題となっており(2), LZDの乱用は厳に慎むべきである. 臨床効果が同程度であるという前提で, VCM, LZDのどちらとも選択可能の患者であれば, 薬剤としての歴史が浅く, より高価であるLZDを先に使用する理由は見当たらない. グリコペプチドの耐性を獲得した際の治療薬としてLZDを温存しておきたいため, まず先にVCMの使用を検討すべきと考える.
【参考文献】
(1) Richard G. Wundernk, Linezolid in Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus Nosocomial Pneumonia: A Randomized, Controlled Study, Clin Infect Dis, 2012, 54, 621-629
(2) 青木眞, レジデントのための感染症診療マニュアル第3版, 医学書院, 2015, 194-198
(3) Walkey AJ et al, Linezolid vs glycopeptide antibiotics for the treatment of suspected methicillin-resisted Staphylococcus aureus nosocomial pneumonia : a meta-analysis of randomized controlled trials, Chest, 2011, 139, 1148-1155
(4) 岩田健太郎, 宮入烈, 抗菌薬の考え方, 使い方Ver.3, 中外医学社, 2012, 304-319
(5)www.okusuri110.jp/cgi-bin/yaka_search_p1.cgiより計算, 一部改変 アクセス日(2015/12/16)
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