注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
「細菌性肝膿瘍の起炎菌と膿瘍穿刺で表皮ブドウ球菌が検出された場合の解釈」
肝膿瘍の発生経路は、血行性播種と近接した腹腔内感染巣からの局所伝播による感染の波及であり、肝膿瘍から検出される病原体は原因により異なる。一般的に、胆道感染から生じる肝臓感染症では腸管内好気性グラム陰性桿菌と腸球菌が検出される。骨盤内あるいは他の腹腔内感染症から波及する肝膿瘍では、好気性菌と嫌気性菌の混合感染がみられ、バクテロイデス・フラジリスの混合感染が高頻度に検出される。血行性感染経路で発症した場合は単独の病原体による感染となり、黄色ブドウ球菌、あるいはストレプトコッカス・ミレリなど溶血連鎖球菌群が多く見られる(1)。
起炎菌の同定のためには可能な限り穿刺ドレナージを行い、検体を採取する必要がある。では、皮膚表面に多く存在する表皮ブドウ球菌が培養された場合、本当にコンタミネーションとみなして良いのだろうか。
教科書の記載を調べると、肝膿瘍の起炎菌としては大腸菌、クレブシエラ属、緑膿菌、プロテウス属、エンテロバクター属、サイトロバクター属、セラチア属、ストレプトコッカス・アンギノーサス、エンテロコッカス属、緑色連鎖球菌、黄色ブドウ球菌、β溶血性連鎖球菌、バクテロイデス属、フソバクテリウム属、クロストリジウムといった多数の細菌が記載されているが、表皮ブドウ球菌の記載はない(2)。
そこで、表皮ブドウ球菌が肝膿瘍の起炎菌となった症例報告がないか調べたところ、以下のような文献が見つかった。
Moens Eらによると、2000gの低出生体重児に、非経口栄養を与えるため臍帯静脈カテーテル挿入後、敗血症となったため、バンコマイシン、セフォタキシム、リファンピシンが投与されていたが、CRP上昇が継続し、画像検査を行ったところ肝膿瘍が見つかった。カテーテルを用い穿刺を行ったところ、膿汁のグラム染色では有意な細菌は見られなかったが、培養からはオキサリシン耐性表皮ブドウ球菌のみが培養された。血液培養でもオキサリシン耐性表皮ブドウ球菌が培養されており、パルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)で調べたところ、2バンドで違いが見られたが、血液由来の菌株と肝膿瘍由来の菌株は密接に関連していた(3)。PFGEによる菌株タイピングは、異なる身体部位から単離された細菌生物グループの関係を決定するのに最も良い方法であり、血液からも肝膿瘍からも同一菌が培養されたことから、この症例においては、カテーテル関連血流感染症から血行性に細菌が侵入し、肝膿瘍を来した可能性がある。しかし一方で、PFGEで1~2バンドの違いを示す場合の解釈は難しく、別の制限酵素を用いて再検しておく必要がある(4)が、再検を行ったという記載はなく、PFGEの結果が完全に一致していたわけではないこと、グラム染色で有意な細菌の増殖がみられなかったこと、既に広域抗菌薬の投与後の検体であったことなどを考慮すると、真の起炎菌であったかどうかは疑問が残る。
また、Miller TEが1974年N Z Med Jにおいて、肝膿瘍の原因として表皮ブドウ球菌があることを症例報告しているが、詳細は不明であった(5)。
以上のように、表皮ブドウ球菌が起炎菌となる肝膿瘍で詳細が報告されているものは、Moens Eらの症例報告一例のみであり、これは新生児の肝膿瘍という稀な症例で、しかも臍帯静脈カテーテル挿入後という限定された条件のみであった。したがって、やはり一般的に表皮ブドウ球菌が肝膿瘍の起炎菌になるとは言えず、培養で表皮ブドウ球菌が検出された場合、コンタミネーションと考えるのが妥当である。
(1)ハリソン内科学, 日本語版第3版 (2)青木眞, レジデントのための感染症診療マニュアル, 第2版 (3)Moens E, et al. Eur J Pediatr. 2003 Jun;162(6):406-9. Epub 2003 Mar 27. (4)臨床と微生物 Vol.23 No.6, 1996.11 (5)Miller TE. N Z Med J. 1974 Feb 27;79(509):692-3.
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