注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
心臓血管手術後SSIの予防における抗菌薬投与のタイミングと投与期間
手術部位感染(surgical site infection, 以下SSI)は、Centers for Disease Control and Prevention(アメリカ疾病予防管理センター, CDC)によると入院患者に発生する感染症のなかで3番目に多く、約15%を占めるとされる。SSIを防ぐ方法の一つに予防抗菌薬がある。予防抗菌薬の初回投与は執刀前60分以内の静脈内投与が推奨されており、投与期間は(日本では手術当日から3~4日以内の投与が推奨されてきたが) 現在欧米では心臓血管手術で24~48時間以内が推奨されている。[1]今回はこれらのタイミングや投与期間が妥当であるのかを調べた。
SSIの原因は術中汚染である。手術により体表面や消化管内などにもともと存在した細菌が手術による侵襲により組織内に「押し込まれる」ことにより生じる。[2]すると好中球が遊走し、細菌を貪食してその増殖を抑えようと働く。予防抗菌薬の役割は、この好中球の貪食を強力に援助することである。術中から術後数時間までの間に細菌増殖を抑えることができれば、術中に多少の細菌汚染があった場合でもSSIは発症しない。[1]つまり、SSI発症の有無においては、「術中~術後数時間」という限られた時間帯における抗菌薬の血中濃度が重要となる。抗菌薬の血中濃度のピークは点滴静注では点滴終了時である。[3]つまり静脈内投与で術中~術後数時間に血中濃度を十分に保つためには、点滴時間を考慮しておおよそ執刀の30分~1時間前に投与を開始すればよい。逆に、術後数時間以降の抗菌薬投与は(予防という観点では)意味がないこともわかる。
Classen DCらが清潔または準清潔手術を受ける患者2847人を予防抗菌薬の投与タイミングで4つの群に分け、それぞれの手術創感染(surgical wound infection)の発症率を比較したところ、発症率が低い順に①切開前2時間以内の投与群で 0.6%(1708人中10人)、②切開後3時間以内の投与群で1.4%(282人中4人; P=0.12 ①と比較してRR, 2.4; 95%CI,0.9 to 7.9)、③切開後3~24時間以内の投与群で3.3% (488人中16人; P<0.0001; 同じくRR, 5.8; CI, 2.6 to 12.3)、④切開前2~24時間以内の投与群で3.8% (369人中14人; P<0.0001; 同じくRR, 6.7; CI, 2.9 to 14.7)という結果が得られた。[4]したがって実際の患者においても、おおよそ上述の理論どおりの反応が体内で起こっていると考えられる。
さらに、投与期間の延長はSSIの予防という点で効果はなく、むしろ耐性菌による感染を引き起こしうるという報告もある。S. Harbarthらが行った研究では、冠動脈バイパス術を受ける患者2641人を対象に、予防抗菌薬の48時間未満の短期間投与群(1502人)と48時間以上の長期間投与群(1139人)でSSI発症率と耐性菌の分離を比較した。SSIの発症率は両群で有意差は見られなかった(adjusted OR, 1.2, CI, 0.8-1.6)。また培養を行った1094例(全患者の41%)のうち426例で予防抗菌薬に対する耐性菌が分離され、長期投与群で優位に多かった(adjusted OR, 1.6, CI, 1.1-2.6)。[5]
以上より、心臓血管手術後SSIの発症を最小限に抑えるためには、予防抗菌薬は執刀前1時間以内に投与を開始し、48時間以内に終了させることが適切であると考えられ、推奨されているものは妥当であると判断する。
参考文献
[1] 日本外科感染症学会編『周術期感染管理テキスト』診断と治療社
[2] 青木眞『レジデントのための感染症診療マニュアル』医学書院
[3] Harold C. Neu, A Percival編『抗生物質による術後感染予防』日本メルク萬有株式会社
[4] Classen DC, Evans RS, Pestotnik SL, Horn SD, Menlove RL, Burke JP.The timing of prophylactic administration of antibiotics and the risk of surgical-wound infection.N Engl J Med. 1992 Jan 30;326(5):281-6
[5] Stephan Harbarth, Matthew H. Samore, Debi Lichtenberg and Yehuda Carmeli. Prolonged Antibiotic Prophylaxis After Cardiovascular Surgery and Its Effect on Surgical Site Infections and Antimicrobial Resistance. Circulation. 2000;101:2916-2921
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