注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
感染症内科 レポート
バンコマイシン投与における血清トラフ値と腎毒性リスクの関係
日本化学療法学会の抗菌薬TDMガイドライン(2012年)[1]によると、MRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)に対するバンコマイシンによる抗菌薬治療に関して、①目標トラフ値を10-20mg/Lとすること②MRSAの治療効果を高め、また低感受性株を選択するリスクを回避するためにトラフ値10mg/L以上を維持すること③菌血症、感染性心内膜炎、骨髄炎、肺炎、重症皮膚軟部組織感染において良好な臨床経過を得るためにトラフ値15-20mg/Lを推奨している。また、米国感染症学会(IDSA)のガイドライン[2]においても、黄色ブドウ球菌による菌血症、感染性心内膜炎、骨髄炎、髄膜炎、院内感染性肺炎に対してバンコマイシンの血清トラフ値を15-20mg/Lとすることを推奨している。バンコマイシン投与の副作用のひとつに腎毒性があるが、血中濃度の上昇に伴い腎機能障害が発生しやすくなるのでは、と考えた。そこでバンコマイシンのトラフ値によって腎毒性の発現の頻度がどのように変化するのかについて考察をした。
阪野ら[3]は、MRSA肺炎62例(男性51例、女性11例、平均年齢80.3±6.8歳(58~93歳)、平均体重49.4±9.6 kg(30~70 kg))に対して、バンコマイシンを投与してトラフ値と有効率,副作用発現率の関連性を調べた。試験方法や、副作用の定義は記述されていなかったが、副作用によると考えられる腎毒性発現率は,トラフ値が10 μg/mL以下の症例は12例中1 例(8.3%),10~15μg/mLの症例は,33例中6 例(18.1%),15 μg/mL以上の症例は,17例中4 例(23.5%)であった。全体の症例が少なく有意差はみられなかったが、以上のようにトラフ値の上昇に伴って副作用発現率も上昇すると推測された。
また、Nguyenら[4]は2006年の1月から12月までの間に単一施設でバンコマイシンが投与されている患者の調査を後ろ向き試験で行った。透析患者を除く18歳以上で少なくとも72時間バンコマイシンを投与された患者の、血清バンコマイシン濃度と血清クレアチニンの変化を調べた。腎毒性は、血清クレアチニンの0.5mg/dL以上の増加と定義した。トラフ値を5~15 mg/L (n = 130)と15 mg/L以上 (n = 88)に分類したところ、腎毒性の割合は前者が6.2%に対して、後者が18.2%であった。この検討でもトラフ値が上がると、腎毒性発現率が上がったことが示された。
以上のことから、バンコマイシン投与に関してトラフ値の上昇に伴い腎毒性発現率も上昇すると考えられる。考察として、IDSAガイドラインによればバンコマイシンの血清トラフ値を上げればMRSAの良好な臨床経過が得やすくなるということだが、同時に副作用としての腎毒性の発現率も上昇してしまうジレンマがあるということが分かった。
[1]日本化学療法学会の抗菌薬TDMガイドライン(2012年)
[2] Therapeutic monitoring of vancomycin in adult patients: A consensus review of the American Society of Health-System Pharmacists, the Infectious Diseases Society of America, and the Society of Infectious Diseases Pharmacists American Journal of Health-System Pharmacy January 1, 2009 vol. 66 no. 1 82-98
[3] バンコマイシンの血中トラフ濃度とMICによるMRSA肺炎治療の評価 阪野和重,三木康弘,山内悠起子,中西俊介,篝 忠宏,口広智一,宮本和明
[4] Nguyen M, Wong J, Lee C et al. Nephrotoxicity associated with high dose vs standard dose vancomycin therapy. Paper presented at 47th Interscience Conference on Antimicrobial Agents and Chemotherapy. Chicago, IL; 2007 Sep
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