急性細菌性腸炎で、外来で一番よく見るのはカンピロバクター腸炎だ。調査の方法や季節にも夜が、おそらくは全国的に、またセッティングを問わずだいたいそういう感じだと思う。もちろん、ウイルス感染は除く(国立感染症研究所感染症情報センター カンピロバクター感染症 2005年第19週 http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k05/k05_19/k05_19.html)。未調理、あるいは調理不十分な鶏肉に関連していることが多いが、他の肉(豚肉など)でも感染する。臨床症状は水様便から血便から意外に多彩だが、病歴はわりとワンパターンなので疑うのは難しくない、ことが多い。
C. jejuniはキノロン耐性菌が多い。よって、腸炎によくキノロンが出されているが、あまり効果が無い。下手をすると抗菌薬関連下痢症(CDIとか)を惹起しかねない。基本的に、私は入院を要しない急性下痢症にはキノロンは出さない。
で、カンピロの場合はマクロライドに感受性があり、上記の感染症情報センターなどでは「マクロライドを」と記載がある。これは基礎医学者目線であり、臨床医はこういう判断をしてはいけない。大事なのは、「患者が治るか」であり、「菌が死ぬか」は二次的な問題である。
古い、そしてさして質の高くないRCTだが、エリスロマイシンとプラセボの比較で特に大きな差は見られない。80年代前半、つまりEBMという言葉すらなかった時代はこんなのどかな臨床試験でもランセットに載ったんですね(Anders BJ et al. Double-blind placebo controlled trial of erythromycin for treatment of Campylobacter enteritis. Lancet. 1982 Jan 16;1(8264):131–2)。
これは、エリスロマイシンそのものが腸を動かして下痢の原因になるからで、菌は死ぬけど下痢は止まらない、という現象はよく理解できる。ICUなどでは便秘の治療にわざと使うくらいだ。
なので、新しいマクロライドならええやん、という話で、アジスロマイシンならプラセボよりベター、エリスロマイシンは予想通りプラセボと変わらずでした。これは小児の話(Vukelic D et al. Single oral dose of azithromycin versus 5 days of oral erythromycin or no antibiotic in treatment of campylobacter enterocolitis in children: a prospective randomized assessor-blind study. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2010 Apr;50(4):404–10)。
すでに述べたように、カンピロバクターにはキノロン耐性菌が多い。その耐性菌を含むタイのカンピロバクターで、アメリカの陸軍軍人に対してシプロフロキサシンとアジスロマイシン比べると、アジスロマイシンが当然ベターだったのだが、シプロ群も臨床的治療失敗例はまれだった(Kuschner RA et al. Use of azithromycin for the treatment of Campylobacter enteritis in travelers to Thailand, an area where ciprofloxacin resistance is prevalent. Clin Infect Dis. 1995 Sep;21(3):536–41)。
まあしかし、結局抗菌薬が効いても効かなくても、患者はたいていよくなるってことだ。このへんはインフルエンザに対するタミフル(など)に例えてもいいかもしれない。
とうぜん、抗菌薬使用もまたリスクである。動物ではマクロライド使用によるマクロライド・耐性カンピロバクターが選択されている(Usui M et al. Selection of macrolide-resistant Campylobacter in pigs treated with macrolides. Vet Rec. 2014 Nov 1;175(17):430)。
こういうこと全てを勘案し、岩田はカンピロバクター腸炎を疑ったら、臨床的に安定しており入院を要しなければ、原則、抗菌薬を使わない(これは突飛なアイデアではなく、オーセンティックな教科書の記載と同じだ)。重症感が強いとか患者に基礎疾患があればアジスロマイシンを使うかも、である。基本的にカンピロバクターにかぎらず、細菌性腸炎はたいていこれでいける。ビブリオでもサルモネラでもシゲラでも同様だ。
繰り返すが、感染症の治療で一番大事なのは患者が治ることだ。菌が死ぬことではない。同じ原則で、重症患者や免疫抑制者には異なる対応をする。
ところで、先日もカンピロバクター腸炎を疑った。便検査を出して、技師さんにグラム染色をお願いした(自分でやれよ、というツッコミは甘受します。すみません)。ところが、ガルウイングは見えないという。私自身も検査室に行ってみたが、見えない。おかしい。
検査前確率が高い時の検査陰性時は、当然検査の偽陰性を考えるのが定石だ。神戸大学病院の細菌検査室のレベルは高い。トップの技師さんが「絶対に見つける」とばかりに再染色してくださった。なんとわざとクリスタルバイオレットを使わず、赤い染色だけで見るのだという。メチレンブルーの単染色というのは知ってたけど、こういうやり方は初耳だった。そして、この変法で見つけました。カンピロバクター。後に培養でもC. jejuniと確認。患者は対症療法(五苓散)だけでほどなくよくなった。めでたし、めでたしである。
カンピロバクターは腸内でパッチ状に集落を作っているそうで、検体によってはとても見えづらく、場所によってたくさん見えるのだそうだ。諦めずに根気よく探すと見つかることがあるという。
アメリカではグラム染色の価値が低いが、私の拙い経験では、検査室でのグラム染色のやり方がそもそもまずい。技師は唾液でも平気でちゃっちゃと染色して「何も見つかりません」と報告する。実に事務的なのだ。
なかには熱心なベテラン検査技師もいて、こういう人と一緒に仕事をすると、いろいろ教えてもらってとても勉強になる。しかし、こういう手練の技師は給料も高いのでリストラの対象になりやすい。
アメリカの医療はカネの要素が極めて大きい。手練の技師も、ビギナーの技師も、検査料金は同じである。手を抜いても患者にはそうとは分からない。最近では外注も多くて、グラム染色の価値は更に目減りしている。こうした環境下でグラム染色の検討をするから、「あんなの意味が無い」とすげない結論が導き出されるのだ。
肺炎の呼吸器検体のところでも書いたが、グラム染色はクオリテイティブな評価が大事である。「これは名画だ」とか「この人は美人だ」というのと同じである。よって、二元論が基本の(陽性、陰性)、エビデンスベイスドな吟味では評価しにくい。定量的な評価をしてもやはり評価しにくい。それはワインをパーカーポイントで評価するようなものだ(わからない人はいいです)。
では、一般のかたは(たいてい)抗菌薬を使わないとして、食品関係者では、どうか。
食品衛生法では、カンピロバクターによる食中毒が疑われれば保健所に届けることになっている。では、除菌は必要か。
サルモネラなど感染症法に規定された病原体については除菌手続きが定まっているhttp://www.toholab.co.jp/info/archive/7623/ http://www.toholab.co.jp/info/archive/2380/)。カンピロバクターにはこのような規定はない。
私の意見では、除菌の扱いは(私の知る限り)日本独特だが、医学的には手指衛生さえしっかりしていれば食品業者であっても除菌は必要ない。そもそも扱っている食品(肉)そのものにカンピロバクターが付いているのだから、手指衛生と加熱をすれば客への感染リスクは極めて小さいはずだ。
とはいえ、食品衛生法は店の営業停止や禁止に関わるし、多くの保健所ではエビデンスベイスドというよりは「不祥事の責任回避」的に思考することが多いので、カンピロバクターに限らず除菌を要求されることが多い。この場合は、社会通念上やむなく要請に従っている。
しかし、食品関係者以外の除菌は原則、断っている。保健所に要求されても「医学的に必要ない」と突っぱねている。公衆衛生もエビデンスベイスドでやるべきで、雰囲気とか空気で行うべきではない、と私は思うからだ。
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