ABIMから「We got it wrong, we're sorry」というメールが来て心底びっくりした。
American Board of Internal Medicine(ABIM)は米国医師会(AMA)と米国内科学会(ACP)が設立した専門医養成に特化した団体である。内科系専門医の必要要件や専門医試験、専門医資格維持のシステムを全てここで作っており、各学会からは独立してるのが特徴だ。日本のように学会べったりで、学会にお金を払い、総会に参加することでご褒美のように専門医資格をもらえるのとは大きく異なり、よってアメリカの内科系専門医の実力は専門医資格によってかなり担保されている。誤解してはいけない。日本にも優秀な内科医はたくさんいる。しかし、それを専門医資格が担保していないのだ。
しかしながら、近年ラディカルに制度改革を進めてきたABIMはあまりにラディカルであるため批判を浴びてきた。例えば、内科専門医資格は10年おきに更新試験を受けることになっているが、試験を前倒しに受けることが可能であった。ぼくも前倒しに試験を受けた。2年前倒しに試験を受ければ、次の試験は12年以内に受ければ良い仕組みだったが、突如、前倒しした医師たちもやはりその後10年以内に再度試験を受けるよう要請された。「医師の実力を維持するために必要」との方便であったが、現実には正直者が馬鹿を見るようなシステム変更で、当然現場の医師に強く批判された。
maintenance of certification(MOC)プログラムも画期的な試みで、実診療の質を高めるアクティビティなのだが、あまりに手間がかかるために患者ケアの質まで落としてしまう本末転倒ぶりで、これも評判が悪かった。NEJMなどにも批判が寄せられた。ABIMは「医師の質を担保するためにMOCは有効だ」と反論したが、現場を知らない学者バカっぽさ、机上の空論的・空想論的制度設計の問題は明らかだった。MOCが診療の質を高めてはいないじゃないか、というデータもJAMAに載せられ、この問題はますます大きくなっていった。grounded theoryを使った質的研究でもMOCの評判の悪さが明らかになった。
が、ABIMのすごいところはここからである。批判を受けてABIMは上記の表題のメールを内科医たちに送り、悪評高いMOCを中断し、現行の専門医資格を保証し、制度を即座に改めると発表したのである。ABIMは現場の医師に耳を傾けていないじゃないか、という批判に答えたものである。
ここでも誤解してはいけないが、アメリカ人は一般に「謝らない」人たちである。自分の正当性を主張し、ときに頑強なまでに主張する。訴訟社会がその象徴である。訴訟社会とは「何が真実か」よりも、「俺が勝つか、負けるか」が優先される社会だからである(だから、優秀な弁護士は極端なまでに高給取りなのである。真実優先なら、どんな訴訟においてもかかるコストは同じ、なはずだ)。
しかし、アメリカ社会はきちんと責任者の所在を明確にし、その責任をとる社会でもある。ABIMは率直に誤りを認め、謝罪し、そして真摯に即座に現場の批判に応えたのである。I have heard you – and ABIM's Board has heard you. We will continue to listen to your concerns and evolve our program to ensure it embodies our shared values as internists.といったのである。
ABIMはあきらかに間違っていた。教育専門家、学者にありがちな間違いであった。しかし、それでもABIMは偉かったのである。
翻って、アメリカよりもずっと謝罪の閾値が低い日本である。日本人はすぐ謝罪する。しかし責任の所在は明確でない。だれの責任かわからない。だれも責任を取らない。真摯な対応もしない。即効性のある対応はめったに期待できない。厚労省の、文科省の担当者が変わり、責任の所在があやふやになって、ようやくちょっとずつ制度が改まる。先般、指導医講習会のあり方を批判したが、これに対する厚労省の対応も酷いものであった。もっとも、このすぐあとに16時間連続ルールはわずかに改善したけれども(ブログにでているO氏はそれを知りつつ、現場の声を無視したのである!)、やはり責任の所在は不明確なままであった。批判の多い「16時間」の縛りはそのまんまだ。
現場の声に耳を傾けない厚労省や机上の空論に拘泥する医学教育村の専門家たちの問題も大きい。しかし、もっと問題なのは現場そのものである。アメリカでは理不尽な制度に対しては大きな批判の声が上がり、理不尽な制度に対してはたとえ相手がお役所だろうが、教育の専門家だろうが容赦しない。「おかみのおっしゃるとおり」「専門家の言うがまま」になっている我々現場がいけないのである。もっと現場から建設的な批判をするべきなのだ。(現行の日本の専門医制度のように)既得権維持のための政治圧力や駆け引きではなく、だ。
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