注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
感染症BSLレポート
「院内発症の複雑性腹腔内感染症のエンピリック治療に有用な薬剤は何か?」
IDSAのガイドラインでは複雑性腹腔内感染症のエンピリック治療として、重症例または院内発症の場合、院内ローカルファクターを踏まえつつ、カルバペネムかβラクタマーゼ阻害薬による単剤治療、もしくはメトロニダゾールとセファロスポリン系かキノロン系の2剤併用治療を推奨している[1]。これらの薬剤に関して、薬物動態/薬物力学的にモンテカルロシミュレーションを行った研究がある[2]。複雑性腹腔内感染症原因菌に対する目標達成率(カルバペネム系抗菌薬:%T>MICが40%以上、βラクタマーゼ阻害薬・セファロスポリン系抗菌薬:%T>MICが50%以上を目標と定めた)はセフェピム+メトロニダゾールで79.5%(95%CI:78.3~80.6%)、セフタジジム+メトロニダゾールで74.6%(95%CI:73.4~75.8%)、イミペネムで93.4%(95%CI:92.7~94.1%)、ピペラシリン/タゾバクタムで88.4%(95%CI:87.5~89.2%)であった。上記薬剤は現在いずれも本邦で使用可能であるが、メトロニダゾールの静注薬は実用可能となってから日が浅く、未だに十分に流通しているとはいい難い状況である。一方、複雑性腹腔内感染症の原因菌の比率は、文献上Escherichia coli:40.8%、Streptococcus spp:17.4%、Enterococcus spp:14.9%、Klebsiella spp:7.6%、Pseudomonas aeruginosa:7.5%である[3]。Enterococcus sppのエンピリック治療に関してはIDSAのガイドライン上、重症の市中感染もしくは院内発症の場合に推奨されている[1]。以上より、頻度の高い原因菌に対するカバーや、現時点での薬剤使用状況と文献[2]の研究を踏まえて考えると、イミペネムを含むカルバペネム系抗菌薬かピペラシリン/タゾバクタムがエンピリック治療としては適切ではないかと考えられる。
次にイミペネムとピペラシリン/タゾバクタムが臨床的に複雑性腹腔内感染症の治療に有効であるか、どちらがより安全性・有効性に優れているかをErasmoらの研究[4]を通して調べてみた。院内発症の複雑性腹腔内感染症患者に、イミペネムとピペラシン/タゾバクタムをオープンラベルでランダムに投与し、有効率を調べている。推奨された期間で抗菌薬治療を完遂し、その後追加の抗菌薬投与を必要としなかった場合を臨床的に有効とみなした。また、抗菌薬治療後の培養検査にて原因菌が検出されなくなった場合を細菌学的に有効とみなした。臨床学的有効率はピペラシリン/タゾバクタムで97.3%(108/111例)、イミペネムで97.1%(100/103例)であった(p=1.0)。細菌学的有効率はピペラシリン/タゾバクタムで97.1%(67/69例)、イミペネムで95.3%(61/64例)であった(p=0.671)。薬剤関連副作用の出現はピペラシリン/タゾバクタムで16/149例、イミペネムで19/144例であった(p=0.640)。よって2剤の複雑性腹腔内感染症に対する安全性や、有効性は等しいものと言える。
ピペラシリン/タゾバクタムで治療を開始したところ、Eschelichia coli、Enterococcus faecalis、Pseudomonas aeruginosaが術中非開放膿から発育し、初期治療を続行したという症例を今回経験した。このことからも、院内発症の複雑性腹腔内感染症においては、原因菌として最も多い大腸菌をはじめとするグラム陰性桿菌と嫌気性菌に加え、院内感染で問題となる病原微生物に対するカバーも視野に入れた抗菌薬の選択が必要と言える。治療開始前に血液培養や腹腔内の膿を検体採取して、最適治療にde-escalationすることを念頭に置いた上で、院内発症の複雑性腹腔内感染症のエンピリック治療として広域抗菌薬のピペラシリン/タゾバクタムやイミペネムを選択することは有用であると考えられる。
[1] Joseph S.Solomkin et al.:Diagnosis and Management of Complicated Intra-abdominal Infection in Adults and Children:Guidelines by the Surgical Infection Society and the Infectious Diseases Society of America.:Clinical Inf- ectious Diseases 2010; 50:133–64 [2]Kathryn J.Eagye et al.:Empiric Therapy for Secondary Peritonitis: A Pharmacodynamic Analysis of Cefepime, Ceftazidime,Ceftriaxone, Imipenem, Levofloxacin, Piperacillin/Tazobac- tam, and Tigecycline Using Monte Carlo Simulation.:Clinical Therapeutics.2007 May;29(5):889-99. [3]Joseph S.Solomkin et al.:Ertapenem Versus Piperacillin/Tazobactam in the Treatment of Complicated Intraabdominal Infections Results of a DoubleBlind, Randomized Comparative Phase III Trial.:Annals of Surgery.2003 Feb;237(2):235-45. [4]Alex A.Erasmo et al.:Randomized Comparison of Piperacillin/Tazobactam Versus Imipenem/Cilastatin in the Treatment of Patients with Intra-abdominal Infection.:Asian Journal Surgery.2004 Jul;27(3):227-35.
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