注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
壊死性筋膜炎と糖尿病
1. 壊死性筋膜炎(Necrotizing Fasciitis, NF)とは
NFとは筋膜とその周囲の血流の少ない脂肪織などの組織が細菌に侵されていく稀な感染症で、起因菌の性質によって大きくI型とII型に分類される(ただし、その定義は文献によって曖昧である。本レポートでは溶連菌の有無に焦点を絞った文献1の定義を用いる)。I型はBacteroidesやPeptostreptococcusなどの嫌気性菌と腸内細菌や溶連菌以外の連鎖球菌などの通性嫌気性菌の複数菌感染症と定義され、臨床症状として末端部だけでなく頸部や腹壁、手術創への感染が多く、ガス産生が見られることが多い。II型は溶連菌単独、もしくは溶連菌とその他の菌(主にS. aureus)との複数菌感染症と定義され、多くが四肢末端部位に発症し、Streptococcal Toxic Shock Syndromeを伴うことがある。近年はこの他にVibrio属などの海水性グラム陰性菌が単独で引き起こす病態をIII型と定義しようとする意見もある。
NFは軽微な外傷や褥瘡、化膿創、腸管穿孔など何らかの侵入経路から菌が軟部組織の深部に入り込んで発症し、初発症状は表面的には発赤、腫脹、疼痛など蜂窩織炎に似たものに留まる場合が多い。しかし、皮膚の微小血管の塞栓や浮腫によるcompartment syndromeによって表皮は急速に感覚が麻痺し壊死していくため、時に数時間で致死的な経過を辿るほど進行は早く、迅速に診断し治療を開始する必要がある 。診断には開創した創部の所見が最も重要であり、典型例では「 食器を洗った後の水(wash water) 」と形容される悪臭のする浸出液と、筋膜と脂肪組織が壊死して容易に指で切離できる「 指試験(finger test)」の陽性が認められる。そのため所見として発熱、CKの上昇、目視できる発赤領域以上に拡大する浮腫や疼痛などを認めれば、NFを疑って外科的処置をためらわないことが重要である。 診断がつけば同時にdebridementを行い、empiric therapyと並行してグラム染色や培養によって起因菌を判断し、適切な抗生物質による治療を行う。培養結果が確認できるまでは複数の広域抗菌薬を使用するが、それでも致死率は高く15%程度と推定されている1,2。日本の一施設での報告でも死亡例が18例中2例 (11%)と同程度の死亡率が記録されている3。
2.糖尿病患者におけるNF
糖尿病患者は易感染性となり様々な感染症に罹患しやすくなるが、NFもそのうちの1つである。糖尿病がNFの独立したリスクファクターであるかについては議論があるが、2005年から2008年にかけて米国National Surgical Quality Improvement Programに登録された患者を調べた調査では、NFやガス壊疽などの壊死性軟部組織感染症で手術を受けた患者での糖尿病合併率が47%と他の疾患の手術患者の糖尿病合併率15%を有意に上回っている4。前述の日本国内の報告においても糖尿病の合併頻度は18例中11例 (61%)と多い3。
また、健常者のNFは病原性の高い溶連菌を含む II型が多いのに対し、糖尿病患者では II型以外の健常者には見られない菌の感染や複数菌感染の割合が高いと考えられている。シンガポールの病院でNFと診断された89人を調べた報告からは、II型以外の患者81人のうち62人の7割以上が糖尿病であるのに対して、II型患者8人中で糖尿病などの合併症を持っていた患者は1人だけであったと報告されている5。さらに、多くの場合NFの起因菌は細菌であるが、Aspergillus属などの真菌が検出される稀なNFの症例報告でも糖尿病の合併が散見され、多様な起因菌による感染が起きることが推察される6,7。
感染部位としても、糖尿病の場合は通常足の蜂窩織炎が多く、NFも足部末端に発症することが多いが、フルニエ壊疽 (Fournier's gangrene)と呼ばれる陰部のNFや頭頸部に発症するNFにおいても糖尿病の合併率は高く、注意が必要であると考えられる1。
まとめ
- NFは急速に進行する致死的な疾患で、病巣が皮膚の深部にあることが多いため診断は困難であるが、早期に疑い外科的な介入によって診断を行うことが重要である。
- 糖尿病はNFのリスクファクターで、複数菌感染を呈する場合が多く、病巣も下肢を中心に頭頸部や陰部など様々な場所に起こりうる。
1. UpToDate-Necrotizing soft tissue infections, http://www.uptodate.com/contents/necrotizing-soft-tissue-infections/, access date: 22/10/14
2. Mandell, Douglas, and Bennett's principles and practice of infectious diseases 8th ed, 95. Cellulitis, Necrotizing Fasciitis, and Subcutaneous tissue infection., 2015, Elsevier pp 1211-14
3. Sasaki K et al., Skin Surgery. 2008 17(2); 74-79
4. Mills MK et al., Am J Surg. 2010 Dec;200(6):790-6
5. Wong CH et al., J Bone Joint Surg Am. 2003 Aug;85-A(8):1454-60.
6. Parasanna KS et al., Ear Nose Throat J. 2014 Mar;93(3):E18-21.
7. Falsey AR et al., Yale J Biol Med. 1990 Jan-Feb;63(1):9-13.
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