すでに述べたように、トンデモ本ぽくてトンデモでないこともありますが、トンデモぽくてやはりトンデモな本もあります。今回は上の二つについて考えます。ただ、「トンデモ」と決めつけるのではなく、なぜそう思うか、ぼくの意見を述べます。
現代医学の常識には当てはまらないことはたくさんあります。だから、「現代医学で説明できない」だけでは、その療法を「トンデモ」と決めつけるのはよくないと思います。
さて、高遠智子氏の「食べものだけで余命3か月のガンが消えた」(幻冬舎)。これはかなりセンセーショナルなタイトルの本です。20代で進行卵巣がんになったという著者の体験談です。手術、化学療法、放射線療法を受けましたが31歳の時に再発。絶望した著者はフランスに行きます。料理学校に行ったり、アロマやハーブのセラピストの資格をとったりしました。その後中国に渡り、自らもがんを克服、ガンが治るという料理教室を開いて他の方のがんも治しているという内容です。
ぼくは本書を「トンデモ」だと感じました。超常現象的にがんが治る人を全否定しているからではありません。
本書では「味覚を敏感にする」という理由で山椒を紹介したり、「ヨーロッパでよくとられている」発酵バターをすすめたりしています。しかし、ならば山椒をたくさんとる四川の人たちや発酵バターを定期的にとる多くのフランス人はがんにならなかったり、治ったりするはずです。個人的なエピソードがどうしても一般化できそうにありません。
料理教室で何人のがん患者に彼女のレシピを試して、何人がどういう経過を辿ったのか、というデータも皆無です。「がんが治る」という驚異的な食事であれば、関連データは全部公開するべきですし、そのほうが信憑性が増すはずです。
高遠氏には経歴詐称疑惑も指摘されているようですが、ご本人のホームページには本書で紹介されていた「パリのエコール・リッツエスコフィエに入学、4年がかりでフレンチガストロノミー上級ディプロマまで取得、同時期にアロマ・ハーブセラピスト資格取得」とか「中国北京中医薬大学薬膳学専科に入学」「国際中医薬膳師免許を取得」という内容がありません(閲覧日2014年10月24日)。日本オリーブオイルソムリエ協会認定オリーブオイルソムリエ取得、はホームページに載っているので、上記の資格もぜひホームページに載せとくべきだと思うんですけどね。
まあ一番よいのはご本人の診療録を開示することだと思います。患者さんの医療情報はもちろん非公開が原則ですが、この場合ご本人が進行がんだったとカミングアウトされ、それをネタにビジネスまでされているのですから。血液検査やCTの画像を公開すれば、高遠氏に対する疑惑も一掃されることでしょう。
ちなみに、高遠氏は本書で漢方診療や陰陽五行説についても書いていますが、漢方では進行がんは治せません。
ところで、がんが自然に治ることがあるのは昔から知られています。とくに腎細胞がんではそういう事例が多いといいます(Papac RJ. Spontaneous regression of cancer: possible mechanisms. In Vivo. 1998 Dec;12(6):571–8)。なので、「がんが治った」という事例そのものから高遠氏の本を否定しているわけではありません。ただ、たとえ彼女の進行がんが自然に治ったとしても、一例なので彼女が指摘するトマトとかその他のレシピのおかげかどうかはだれにも分からないです。いずれにしても、STAP騒動等、科学の世界では虚偽は徹底的に糾弾の対象になりますが、出版業界はゆるくていいですね。
西脇俊二氏の「ビタミンC点滴と断糖療法でがんが消える!」(KKベストセラーズ)は「超高濃度ビタミンC点滴」と「断糖食事療法」でがんをなおす、という本です。「従来のがん治療の常識を超えるほど優れた臨床結果が出ています」(31p)とあります。
まあしかし、この本も「トンデモ」だと思います。その理由は、本書の主張を有効性を説く論文(56p)と著者がいうのが、
1。2006年のアメリカの国立衛生研究所(NIH)での高濃度ビタミンC療法が「明らかに有効であった3症例」という報告
2。2007年に韓国で末期がん患者39名の症状が緩和したという報告
3。2007年にNIHの学者がビタミンCの抗がん作用のメカニズムについて説明。
4。2008年にビタミンCで腫瘍の成長を抑制するという報告。
5。2009年に金沢大学の医師がビタミンCによる治療の総説(解説)記事を書いた。
6。2010年に東京大学らの研究で腫瘍細胞の細胞死が高濃度ビタミンCでもたらされたという報告。
7。2012年にアメリカで転移性膵臓がんに対するビタミンCと化学療法併用療法の第一相試験を発表。
などだからです。
1は逸話的なエピソードに過ぎないので信憑性に欠ける、2は「症状」の話なので無関係(がんが治るという問題とは無関係)。3や5は解説なので無関係。4と6は実験室の話なので(実際の患者とは違う)無関係。7は化学療法との併用なので無関係(ビタミンCで治るなら化学療法いらないじゃん)。
というわけで、7つの紹介論文はいずれも「無関係」な論文なのです。誠実な医学者なら、「これらのデータを持って高濃度ビタミンCでがんが治ると証明するものではありません」と言うべきですが、西脇氏は「研究は急速な進展をみせ」とべた褒めです。この時点でかなり「トンデモ」の可能性が高いと思います。
ちなみに7については探しやすかったので実際の論文に当たってみました。14人の進行膵がん患者にジェムシタビンとエルロチニブという標準治療に加えて高用量のビタミンC注射を8週間行ったものです。9人が治療を完遂することができ、そのうち2人にがんの進行が認められました。また実験中、8つの重篤な有害事象が起きました(Monti DAら. Phase I evaluation of intravenous ascorbic acid in combination with gemcitabine and erlotinib in patients with metastatic pancreatic cancer. PLoS ONE. 2012;7(1):e29794)。
第一相試験は治療の効果を吟味するものではなく、「吟味する価値があるかどうか」を調べる小規模な試験です。この試験の結果を見てもビタミンCがよいのか悪いのか、まったく判断することはできません。
ところで、本書ではビタミンCががんの生存率を高める根拠として、1976年の比較試験を紹介しています(67p)。100人のビタミンC治療群の平均生存日が210日以上だったのに対して、対照群では50日。4倍以上の生存日数だったというのです(Cameron E, Pauling L. Supplemental ascorbate in the supportive treatment of cancer: Prolongation of survival times in terminal human cancer. Proc Natl Acad Sci U S A. 1976 Oct;73(10):3685–9.)。
しかし、これがむちゃくちゃなインチキ論文なんですね。もとの論文を読むと、ビタミンC投与を受けている患者に対して、年齢が似ていて、がんの臓器と組織(顕微鏡で見た形)が同じ10人の患者を比較するという研究方法です。でも、これだと末期ですぐに亡くなりそうな患者を対照群に組み込めばあっという間にビタミンC圧勝のストーリーを捏造できます。事実、対照群は平均50日で亡くなっており、あきらかに「亡くなりそう」な患者が選択されていたことは明白です。加えて言うならば、ビタミンC群の患者も結局は亡くなっており、「ビタミンCでがんが治る」ことをこの研究は示していませんから、語るに落ちたとはこのことです。「いやいや、この当時のビタミンC療法は私が使っているのとは違う」という反論もあるかもしれませんが、それなら本書でこの論文を引用する理由が分かりません。この程度のインチキ論文を大げさに引用するのだから、「トンデモ」の可能性は極めて高いわけです。
現代医学でも進行がんはなかなか治療は困難です。なのでこういう「トンデモ」がはびこりやすいのです。ぼくは進行がんが治ってくれるのならどのような方法でもよいので、「そんなことはない、実際に治ったというデータはある」というのであれば是非拝見したいです。そのときはこのブログの主張は撤回、謝罪し、心から新しい治療法を歓迎します。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。