いま、食と健康に関する「トンデモ」本を鋭意読書検証しています。で、本書もタイトルからして「トンデモ?」と買いましたが、全然そんなことありませんでした。ごめんなさい。
本書はダイエット本ではありますが、単に体重減少だけでなく、食と健康についてかなり深く検討した本です。
他の「健康トンデモ本」と一線を画する理由はいくつかありますが、その1つが豊富な臨床データを引用していることです。
また、「本書が主眼とする減量方法は万人向けではありません」と冒頭に述べており、こういう制限(limitation)をきちんと述べているのも素晴らしいです。
ただ残念なのは邦題。原題は「Escape the Diet Trap(ダイエットの罠にはまってはいけない)」であり、決して本書の内容は「脂肪をたくさん取りなさい」と主張しているわけではありません。朝日新聞出版、センスないなあ。
細かいところではブリファ氏も引用文献の使い方を間違えています。例えば、飽和脂肪酸を減らしても「心血管病のリスクや全死亡リスクを引き下げることはないと分かりました」と書かれていますが(102p)、原著論文を当たると、心血管病のリスクはメタ分析で減ったと書かれています(Hooper Lら. Reduced or modified dietary fat for preventing cardiovascular disease. Cochrane Database Syst Rev. 2011;(7):CD002137)。だから、ブリファ氏が「飽和脂肪酸を減らすのは意味がない」と主張しているのは必ずしも妥当とはいえません。
とはいえ、ブリファ氏は引用論文をきちんとリストアップしているので自分で検証するのはとても簡単です。健康本とはかくあるべきで、第三者がきちんと内容を吟味で切るようにするのが望ましいのです。
また、ブリファ氏は自説に都合の悪い論文も誠実に紹介しています。例えばブリファ氏はトランス脂肪を含むマーガリンを批判するのですが、しかし「トランス脂肪を食べることが人間の体重に与える影響を調べた研究はありません」(107p)とか、「疫学的証拠によって、マーガリンが心臓病を引き起こすことを証明することはできません」(110p)と誠実に記載しているのです。データはあいまい、私はこう思うという客観と主観がきちんと区別されていて、「トランス脂肪食べるのは最悪」的なトンデモ口調はありません。
なお、本書では「長期的には、1日小さじ1杯のマーガリンを摂取するごとに、心臓病のリスクが10パーセント上昇することが明らかになっています」(110p)とありますが、引用している原著論文を読むと、マーガリンを小さじ1杯とって10年後の心血管系疾患リスクは増加せず、11年目から21年目にかけて1.1倍(つまり10%増)になると書かれています。「摂取するごとに」という書き方はちょっと誤解のもとで、もしかしたら誤訳なのかもしれません。いずれにしても20年間毎日マーガリン食べてリスクが1割増しは、ぼくは「たいしたことないんじゃないの?少なくともたまにマーガリン摂るぐらいはどってことなさそう」と思いました。
本書では、「牛乳を飲んでも骨折は減らない」など、我々の「常識」を揺さぶるような興味深い研究結果をたくさん紹介しており、とても勉強になります(152p もと論文はBischoff-Ferrari HA, ら. Milk intake and risk of hip fracture in men and women: a meta-analysis of prospective cohort studies. J Bone Miner Res. 2011 Apr;26(4):833–9)。逆に「早食いは肥満のもと」という我々の「常識」に合致するような考えをデータで実証する論文も紹介しています(171p もと論文はMaruyama Kら. The joint impact on being overweight of self reported behaviours of eating quickly and eating until full: cross sectional survey. BMJ. 2008;337:a2002。これは日本からの論文ですね!)。地中海食が肥満によい根拠の1つはここにあるのではないかとぼくは思います。
あと、本書で良いのは「あれ」と「これ」をきちんと区別しています。例えば、有酸素運動は「減量にはあまり役に立たない」と批判していますが、「健康にはいい」と評価もしています(224p)。「トンデモ」本は白黒はっきりである食事を絶賛して「なんにでも効く」と賞賛し、別の食事を全否定します。ぼくはここに控えめで中庸の精神を持つよいイギリスの精神を感じます。本当は日本もこういう中庸の精神をエートスに持ってたんだと思うんですけどね。最近はアメリカの影響なのかどうか知りませんが、白黒はっきりの「トンデモ」論調が多くて危険だと思います。
本書は「人を惑わす間違った宣伝文句を信用してはいけない」(255p)と主張していますが、まったくその通りだと思います。「トンデモ」健康本であおっている人たちはよく聞いてくださいね。また、「健康に良くない食べ物への脱線は、食事全体のなかでとらえましょう。ヘルシーな食事は「オール・オア・ナッシング」というわけではありません」(256p)とここでも中庸の精神が発揮されています。
こう考えるとやはり邦題はもったいなかったですね。本書は「食べすぎは問題にならない」(216p)とは述べていますが、「食べ過ぎてもよい」とは述べていません。つまり、自分の満腹具合をきちんと把握していれば自然に食べ過ぎなくなるのであり、たとえばテレビを見ながら漫然と食べていたりすると過食になってしまう、と注意を促しています。食べすぎはやはりよくないのであって、「脂肪をたくさんとりなさい」はやはりミスリーディングで著者の本意が伝わっていません。
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