一度ならず、外科医の先生に「俺外科医っすからね、頭わりーんですよ」なんて言われたことがある。もちろん、これは謙遜である(本当にバカな外科医は自分を「頭が良い」と信じて疑わない)。しかし、内科医が頭が良くて、外科医は悪いというイメージが日本には割と定着しているようである。
ぼくの意見は断固として「否」だ。ぼくはたくさんの外科医を知っている。彼らの手術の技量を推し量る能力は少しもない。しかし、優秀な外科医とそうでない外科医を峻別することはできる。そして、優秀な外科医は皆すべからく「頭が良い」。間違いなく、頭が良い。
そして沖縄県立中部病院研修医時代の盟友、窪田忠夫先生は、ぼくが知る中でずば抜けて頭が良い外科医である。読めば分かるが、窪田先生はハリソン内科学を熟読している。ハリソンを読む外科医は窪田先生の他には西伊豆の仲田和正先生しか知らない。セイビストンを読む内科医がどれだけ希有かを考えれば、そのすごさが分かる。
その窪田先生が上梓したのが「ブラッシュアップ 急性腹症」だ。かつて、身体診察で高名な大船中央病院の須藤博先生は、「ぼくはCopeのAcute abdomenを知らない外科医はモグリだと判断する」とおっしゃった。まったく同意見だが、それは急性腹症が外科医にとって非常に大きな「山場」であるからだろう。急性腹症をどう扱うかで、外科医の技量が分かると言っても(そんなに)過言ではない。
で、そのエッセンスをまとめたのが本書である。いやいや、期待に違わぬ面白さだ。もちろん、急性腹症である。そんなに目新しいことが書いてあるわけではない。しかし、本書を読んで「そうだ、そうだ」と首肯するのがまさに「ブラッシュアップ」であろう。学生や研修医はCopeももちろん読んでほしいけれど、本書はそれに加えて読む価値がある。ぜひ、一読いただきたい。
情報に満ちた本は珍しくない。問題は、その情報の取り扱い方である。医学知識が数ヶ月で倍加してしまう現在において、「たくさん知っていること」はもはや価値ではない。それは単なる物知りしか生まない。問題は、その知識をどう解釈し、どう活かすかだ。そのメタ認知がこれまで以上に重要になっているのが現代医学である。
メタ認知にはクオリアが必要である。それは情でもあり、主観でもある。しかし、単なる主観は知性ではなく、単なるエゴである。知識、知性の先にある主観こそが、価値ある主観である。
H&P (History taking. Physical examination)を終えた段階で必ず初期診断を行う習慣をつける。トレーニングにおいてもっとも重要な過程であり、この反復によってのみ診察・診断能力を高めることができる。すなわち、一切の検査をする前に必ず初期診断と鑑別疾患をあげていなければならない。この作業は必須であり、もし行っていないならばそれは診察とはいえない(16p)。
わけのわからない代謝性アシドーシスは腸管虚血を疑え(159p)。
「イレウス」は「発熱」や「むくみ」、「胸水貯留」などと同じく原因疾患によって引き起こされた病態に過ぎないのだから、本来ここから診断が始まるはずなのに、イレウスと診断をつけて何となく保存治療をしていたら・・・・というケースが後を絶たない。
教授の前でプレゼンするときに「診断は何ですか」と聞かれて、「発熱です!!」と胸をはる人はいないはずだ(187p)。
(急性膵炎の「対症療法」について)以下を行えばよいということではない、その”質”を高めてはじめて"best" supportive therapyといえる。
PMX(エンドトキシン吸着療法)の評価、急性膵炎の治療で抗菌薬動注療法について言及すらしない潔さ、窪田先生の知性は武道家の知性である。昔から武士っぽいな、求道者って感じだな、って思っていたけど、今回再確認した。
もちろん、アメリカのやり方を全肯定なんてくだらないアプローチは窪田先生はとらない。よく誤解されているけど、沖縄中部は決して「アメリカ流」ではない。そのことは、直腸診の効果の限界を認識しながら、それを単に捨てる愚を諌めている中腰な知性からも感じられる。やっぱ、武士だな。
例えば、急性胆嚢炎の項で、「抗菌薬の選択については感染症の正書(ママ)を参照して」と書いてある。こういうのも知性だ。知性とは知識の総量のみならず(まあ、窪田先生の知識の総量もすごいけど)、自分の知識の限界を知り、その外に自分の知識の及ばない世界があるってことを理解しているということだ。だいたい、感染症の独立した教科書を開いたことのある外科医は何人くらいいるだろう。というか、感染症に独立した教科書が存在することだって知らない人が多いのじゃないか。
本書は外科医のみならず、急性腹症を診る可能性のある救急、プライマリケアなどいろいろなドクターに読んでほしい一冊である。知性ある外科医の基準は、本書で分かる。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。