週刊新潮の連載記事用に書きましたがそっちは没になったので、こちらに出します。
小を捨てて大をとる
「医者のけもの道」のタイトルとは関係ありませんが、30年以上のダイハードなサッカー・ファンとしては、この時期ワールドカップに言及しない訳にはいきません。サッカー興味ない人はご容赦あれ。
この原稿を書いているのは、日本が予選リーグ敗退したあとの話です。もちろん、とても残念な結果ではありました。ぼくもとても悔しい思いがしました。でも、それでも絶望する必要はないと思います。ワールドカップとは「そういうもの」だからです。
本項執筆時点で、ワールドカップに優勝した経験を持つ国はブラジル、ドイツ(西ドイツ含む)、イタリア、アルゼンチン、ウルグアイ、イングランド、フランス、スペイン、こんだけなのです。南米と西欧だけ。優勝したことがない国の方が圧倒的に多いわけで、ほとんどの国は優勝できていないんです。強豪国のオランダも、ポルトガルも、日本を打ち破ったコロンビアも優勝したことがないんです。
1982年スペイン・ワールドカップで西ドイツにアルジェリアが勝ち、1990年イタリア・ワールドカップでカメルーンが(マラドーナのいた)アルゼンチンに勝ち、サッカー界にアフリカという新勢力が生まれました。しかし、アルジェリアの「驚き」から32年、アフリカ勢はまだベスト4にすら入っていません。優勝を狙うほどの強豪国になるには、本当に長い歴史が必要なのです。前回(南アフリカ)優勝のスペインだって、何度も何度も敗戦の苦い歴史を経てきたのですから。
日本がワールドカップに初めて出たのは1998年(フランス)のことです。そのときは全く世界に通用しないサッカーでした。2002年(日韓)はホームの勢いだけでした。2006年(ドイツ)はコテンパンに強豪国にやられまくった苦い思い出だけが残るサッカーでした。2010年は「俺たちは弱い」と腹をくくって弱者のサッカー、守って守ってカウンターに徹してそれなりの成績を得ました。でも、このようなやり方ではさらなる上は目指せません。ザッケローニにはできないこともたくさんありましたが、日本代表の質を上げるためにしてくれたことのほうがずっと多かったとぼくは思います。ウソだと思ったら、2010年ワールドカップの日本戦をビデオで見直してみればよいです。あのときには全然できていなかった攻撃の形が、今年の日本にはありました。初戦のコートジボワール戦こそとても残念な内容でしたが、ギリシャ戦でもコロンビア戦でも相手を攻めるサッカーができていました。ギリシャ戦で相手に退場者が出て、露骨にどん引き、引き分け狙いの「弱者のサッカー」になってしまわなければ、コロンビア戦が「勝つしかない」試合でなければ、全然違う内容になっていたと思います。よく、06年のドイツ・ワールドカップと対比されますが、例えば同じく1対4で敗れたブラジル戦は、ボコボコにやられた4失点だったのに対して、コロンビア戦は、失点を覚悟でリスクを背負って攻めるサッカーを貫いた副産物だったのです。
今回のワールドカップで強く感じたのは、アジアの劣勢です。誤解してはいけませんが、アジアと世界のレベルは接近してきています。数十年前は、アジアの選手がヨーロッパでプレーすることは希有なことでしたが、いまでは当たり前になっています。アジアの国も単なる嚙ませ犬ではなく、アルゼンチンに敗れたイランのようにきわどい試合ができるようにはなっています。でも、勝てない。やはりもうワンランクのレベルアップが必要です。
日本も、日本のことばかり考えず、アジア全体のレベルアップのために共闘すべきだとぼくは思います。弱いアジア予選を勝って連続出場記録を伸ばしても、本戦で勝てるようにはなりません。アジア予選で敗れるリスクを背負っても、「全体のレベルアップ」を図るべきです。中国や韓国、インドネシア、中東各国など、資金力のある国を中心にアジア全体のレベルアップを図る。それは長い目で見れば、日本をワールドカップで優勝できる国にする最短な方策だと思います。そうでなければ、日本も韓国もいつまでたっても井の中の蛙であり、かつ「目糞鼻糞を笑う」関係に終始することでしょう。
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