シリーズ 外科医のための感染症 26. 耳鼻咽喉科篇 中耳炎、副鼻腔炎の抗菌薬使用
急性中耳炎と急性副鼻腔炎について、少し。慢性化した中耳炎と副鼻腔炎は非常に難解、複雑で、かつ感染症じゃないことも多いので、ここでは割愛します。興味のある方は、拙訳、「感染症のコントラバーシー」(医学書院)をご参照ください。
さて、急性中耳炎についてはすでに優れたガイドラインができています。
日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会、日本耳鼻咽喉科感染症・エアロゾル学会 小児急性中耳炎診療ガイドライン2013年版
ウェブ上でも読むことができます。素晴らしい!
http://www.jsiao.umin.jp/pdf/caom-guide.pdf
で、日本のガイドライン特有の鼓膜所見とかなんとかは、内科医の岩田が耳鼻科の先生に申し上げるなんて釈迦に説法もいいところですから、申し上げません(申し上げられません)。
キモとなるのは、次のこと。
1. 急性中耳炎には抗菌薬が要らないことも多い。
2. 抗菌薬を使うにしても、アモキシシリン(サワシリン)のような狭域抗菌薬でよいことも多い。
の2点です。
日本からはこのように優れたガイドラインがあるのですが、残念ながらこれをお読みでない耳鼻科の先生もおいでのようです。
すでに述べたように、ガイドラインはあくまで「道具」ですから、我々臨床医はガイドラインの僕(しもべ)になる必要はありません。ガイドラインを熟読した上で、「それはそれとして」と独自の判断を下すのはまったくOKですし、またそうあるべきだと思います。しかし、ガイドラインを読んでいなかったり、その存在すら知らないまま、「それはそれとして」と独自の診療を展開するのは問題です。特に、感染症診療に「原則」がないことは大問題です。
感染症診療の原則は何度も繰り返されています。それは、
1。微生物を殺すことではなく、患者が治ることが大事
2。抗菌薬の不利益よりも、利益の方が大きくなくてはならない。「よいこともある」という一意的な利益の存在「だけ」ではだめ。
ということで、急性中耳炎の場合、抗菌薬なしでも軽症例では多くは治ってしまいます。その原因微生物がウイルスか、細菌か、は関係ありません。昔は
・細菌感染なら抗菌薬
・ウイルス感染なら抗菌薬使わない
という考え方もありました。今は違います。原因微生物とは関係なく、
・患者に不利益より大きな利益があれば、抗菌薬
・そうでなければ、使わない
なのです。よって、抗菌薬は使わなくてよい人には使わず、使っても狭域のサワシリンなどで「たいていは」OKなのです。
ところで、この優れたガイドラインですが、ちょっとだけ残念なところもあります。
例えば、薬理学的には「いまいち」な3世代セフェム(経口)、セフジトレン・ピボキシル(メイアクト)が推奨薬に入っている点。しかも、推奨されている割にはその根拠となる文献も理路も全く記載があります(58p以降)。不思議ですね。
岩田自身ガイドライン作成の立ち場に立ってみても思うのですが、どうも日本のガイドライン作成委員は抗菌薬選択の根拠が甘い傾向にあります。「これはいつも使ってるから」とか「売れているから」という学術的には「そんな根拠で言いの?」という根拠で抗菌薬がするりと選ばれることは多いです。
セフジトレン・ピボキシル(メイアクト)は消化管からの吸収が極めて悪い抗菌薬です。「試験管の中」では抗菌効果は十分にありますが、患者には効果を期待できません。それでも臨床試験で「いいんじゃない」と評価されてきたのは、中耳炎が「たいていは」抗菌薬なしでも治ってしまう病気だからです。
それと、このガイドラインでは世界的にも希有な経口カルバペネム、テビペネム・ピボキシル(オラペネム)も推奨薬に入っています。これも、ちょっと納得いかない。
ちなみに、tevipenem pivotal, otitis mediaでpubmedのclinical queriesを検索すると(therapy/broad)、28の論文がヒットしました(2014年6月24日検索)。いずれも別の抗菌薬や別の病気を評価したり、あるいは微生物学的な研究などで、結局オラペネムの臨床効果を評価したスタディーは皆無でした。Pharmacokineticsのスタディーで、オラペネムの中耳浸出液内濃度は1.2μg/mlというデータはありましたが(Sugita R. Good transfer of tebipenem into middle ear effusion conduces to the favorable clinical outcomes of tebipenem pivoxil in pediatric patients with acute otitis media. J Infect Chemother. 2013 Jun;19(3):465–71)。Pubmedではヒットしないものの、セフジトレン・ピボキシル(メイアクト)高用量との比較試験はあり、そして非劣勢が示されました。が、「抗菌薬なしでもたいてい治る」病気の比較試験としてはあまりぱっとしません(砂川慶介 新規経口カルバペネム系抗菌薬「テビペネム ピボキシル」(オラペネム(R)小児用細粒10%)の薬理学的特性と臨床成績 日本化学療法学会雑誌 2009;57: 279-294)。
前述のように、メイアクトは消化管からの吸収が非常に悪い3世代経口セフェムです。で、吸収を少しでもよくするため、ピボキシル基をつけてプロドラッグにしています。そして、オラペネムもピボキシル基をつけて、なんとか吸収をよくしようとしています。そのピボキシル基は小児の低血糖発作などの原因になる低カルニチン血症を起こすことが知られており、医薬品医療機器総合機構(PMDA)から警告が出されています(http://www.info.pmda.go.jp/iyaku_info/file/tekisei_pmda_08.pdf)。
確かにオラペネムは高い菌消失率を持っています。しかし、そもそも「菌を消すこと」は臨床的な目的ではありません(だから、抗菌薬なし、という選択肢があるのです)。菌消失率を細菌感染症のアウトカムに設定するのは時代遅れな考え方で、ここはそれほど重要ではないのです。
小児重症感染症、例えば細菌性髄膜炎の治療薬は3世代セフェムやカルバペネムだったりします(ただし、点滴薬です!)。このような虎の子の抗菌薬を外来でポンポン使ってしまうのは、いかにも戦略性を欠いています。
薬理学的に妥当性がなく、臨床データも乏しく、戦略性を欠くメイアクトやオラペネム。このような抗菌薬を用いるのは、原則止めましょう。
急性副鼻腔炎は中耳炎と異なり、ちょっと大人にシフトした感染症です。しかし、考え方は同じです。それは、
1。抗菌薬を使った方が使わないよりもよい場合は、使う
2。そうでない場合は使わない。
3。使う場合も、まずはサワシリンのような狭域抗菌薬を優先的に使う
という点です。
抗菌薬は症状がきついあるいは増悪している、10日以上症状が続く(10 days rule)場合に用いられます。使う場合は
アモキシシリン・クラブラン酸(オーグメンチン、あるいはクラバモックス)
が推奨されます。大人の場合は、クラブラン酸の配合を考えて、
サワシリン250mg 2カプセル+オーグメンチン錠 を1日2回
にするのでした。治療期間は大人で7日程度、小児では10-14日程度です。アレルギーでペニシリン系が使えないとき、治療不応例ではキノロンなどが考慮されます。
こちらはアメリカのIDSAガイドラインが出ています。ご参照ください。
https://www.idsociety.org/uploadedFiles/IDSA/Guidelines-Patient_Care/PDF_Library/IDSA%20Clinical%20Practice%20Guideline%20for%20Acute%20Bacterial%20Rhinosinusitis%20in%20Children%20and%20Adults.pdf
まとめ
・急性中耳炎には抗菌薬なし、というオプションがある。
・使う場合もサワシリンなどでOKのことが多い。
・メイアクトやオラペネムは妥当な選択肢とは言いがたい。
・急性副鼻腔炎にも抗菌薬は必須ではない。
・重症例や10日以上症状が続く場合は、アモキシシリン・クラブラン酸を用いる。
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