シリーズ 外科医のための感染症 13. 予防接種も忘れずに
外科領域においても予防接種は大事です。
例えば、インフルエンザ・ワクチン。外科の先生が関与するたいていの患者さんにはインフルエンザ・ワクチンの適応があると思います。毎年秋になったらぜひワクチンを提供してください。もちろん、感染症屋にアウトソーシングして「打っといてね」でもOKです。あと、自分自身に接種するのも忘れずに。
麻疹、風疹、水痘、ムンプス
産婦人科領域では、妊婦のワクチンが重要になります。ただ、妊婦になってからでは生ワクチンは打てません。「妊婦になる前に」麻疹や風疹ワクチンを提供しておくことが大事になります(ジレンマですね)。もちろん、妊婦だけでなく妊婦のパートナーなどにも広く提供するのが大事です。2014年から水痘ワクチンもようやく定期接種に組み込まれます(もっとも、小児だけが対象で、日本の場合は「キャッチアップ」と呼ばれる大人にワクチンを提供するシステムが未整備です)。
麻疹、風疹、水痘、ムンプス(おたふく風邪)は、みんなが打っておいた方がよいワクチンです(どれも2回)。神戸大学では、一般の学生や職員は麻疹、風疹に、医学研究科や病院では4つ全ての病原体に対して抗体保有か予防接種歴の証明が求められています(http://www.kobe-u.ac.jp/campuslife/support/certificate/anti-measles-registrationH22.html http://www.med.kobe-u.ac.jp/info/2008/hashika_3.html)。
B型肝炎ワクチン。そして、HIV感染者の診療拒否をしないということ
医学研究科ではこれに加えて、毎年のインフルエンザ・ワクチンとB型肝炎ワクチンの提供も、原則必要とされています。自分や周囲を感染症から守るのは「常識」というわけです。
B型肝炎についてはワクチンで針刺し事故から身を守ることが可能です。半年かけて3回接種しますが、抗体ができない場合には、もう3回のシリーズを打ちます。それでも抗体ができない人もいますが、B型肝炎表面抗体そのものが防御抗体ではなく、あくまでこれはサロゲートマーカーに過ぎません。ワクチンは抗体が高まっていない人にも防御能を発揮していると考えられています。ケースバイケースですが、B型肝炎の免疫グロブリンを針刺し後に用いることで、感染を回避することも可能です。まあ、このへんの細かいところもみーんな感染症屋に「おまかせ」でもよいと思います。
HBVは予防接種による針刺し対応が基本ですが、HIVに関しても対応策があります。残念ながらHIVに対する有効なワクチンは存在しませんが、PEP(ペップ、postexposure prophylaxis)と呼ばれる曝露後予防薬の内服で、感染を防ぐことが可能なのです。とくに近年は抗HIV薬の進化が目覚ましく、飲みやすくて副作用の少ない抗ウイルス薬がたくさん存在します。
HIV患者の針刺しはまれです。その針刺しによる感染はさらにまれです。もともと、B型肝炎ウイルスはHIVの100倍、C型肝炎ウイルスは10倍の感染力があると言われます。しかも、C型肝炎ウイルスについては針刺し後の予防薬もワクチンも存在しません(もっとも、C型肝炎の治療薬はものすごく進歩していますから、これは早晩できるかもしれませんが)。針刺し対応という観点からは、HIVはもっとも御しやすいウイルスなのです。
それなのに、HIV患者の診療拒否をする外科医は残念ながらわずかにいます。肝炎ウイルスはOKなのに、不思議な話です。高知県では視界がHIV感染を理由に診療拒否をして、問題になりました(朝日新聞デジタル5月8日 http://www.asahi.com/articles/ASG547DT6G54PLPB010.html)。
1980年代にはアメリカにもHIV感染者の診療を拒否する外科医がいたそうです。しかし、HIVの感染力とそのウイルスがもたらす影響が十分に理解されている現在、治療効果についてもHBVやHCVよりもはるかに進歩している現在、HIV感染者が適切な治療で天寿を全うできる可能性が高くなっている現在、このウイルスの感染をもって診療拒否するというのはとても残念なんことだと思います。
神戸大学病院にはHIV感染者の手術や手技を拒否する外科医はひとりもいません。大学病院だからハイテクな対応が取れる、という理由のためではありません。やっている対応策は標準予防策。どの医療機関でも当たり前のようにできるようなスペックだけで十分に対応が可能です。
HIV感染をもって手術や手技を拒否する医師は、HIV感染のリスクを十分に理解しているから、ではありません。むしろ、HIVについて十分な知識を持たず、頭の中の観念、妄想、臆見、偏見などがそうさせているようです。医学的、ウイルス学的事実をちゃんと勉強した先生ほど、このような忌避的な態度からは離れています。
脾摘と肺炎球菌ワクチン
脾摘を行う患者は、必ず「脾摘(2週間くらい)前に」ニューモバックス(肺炎球菌ワクチン)を接種しましょう。5年後に再接種を検討するのも大事です。脾摘はニューモバックスの保険適用項目の一つです。また、2014年よりほんワクチンは定期接種に組み込まれ、65歳の方に用いることが可能になります。よく忘れられているので、できればパスかなにかに組み込んでいただけるとうれしいです。
まとめ
・インフルエンザワクチンは毎年患者と自分に
・麻疹、風疹、水痘、ムンプスは必須の生ワクチン。妊婦になる「前」に接種を。医療従事者もみんな接種を
・HBVワクチンは効果的な針刺し対策
・HIV感染者の診療拒否は止めましょう
・脾摘の「前に」肺炎球菌ワクチンを
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