シリーズ 外科医のための感染症 14. 各論篇 整形外科領域 化膿性関節炎 滑液包炎、腱滑膜炎
化膿性関節炎(septic arthritis)
整形外科領域の感染症はどれも怖くて難しくて治しにくいです。その中でも、とくに緊急性が高いのが化膿性関節炎です。関節炎を起こす疾患は数多くありますが、単関節に急性の関節炎を起こす疾患の代表例が、この化膿性関節炎と、痛風・偽痛風の結晶性関節炎です。前者は予後がとても悪く、後者はそんなに悪くない。
化膿性関節炎の多くは「敗血症のなれのはて」です。どこからか菌が入り、血行性に関節に飛んでいくのです。皮膚から飛んでくることが多いので、湿疹など皮膚疾患のある患者ほどリスクは高いです。膝、股関節、肩など大関節をおかすことが多いです。1割ほどですが、複数の関節に感染を起こすこともあります。とくに淋菌性(播種性淋菌感染症)では複数の関節がやられることが多いですね。
菌は壊れた関節の方が定着しやすい特徴があります。なので、痛風、偽痛風発作を起こした関節に化膿性関節炎を起こすことがまれにあります(土井朝子ら. Klebsiella oxytoca化膿性関節炎。偽痛風に合併した1例. 感染症学雑誌. 2006;80:750(会議録))。したがって、関節リウマチなど「もともと関節炎のある人」こそが化膿性関節炎のリスクです。というわけで、化膿性関節炎と結晶性関節炎は病歴でもたいていは峻別可能ですが、そうでないことも多いです。偽痛風の存在は、化膿性関節炎の非存在を証明しません(心不全と肺炎でも同じ問題が生じるのでしたね!)。やはり関節穿刺が一番信頼できる峻別方法です。化膿性関節炎を疑ったら、必ず関節穿刺が必要です。必ず細胞数を測りましょう(日本の整形外科医の先生には、細胞数を計測しない方が若干おいでです)。5万/mm3以上の白血球があれば化膿性関節炎と診断し、エンピリックに抗菌薬を開始します。もっとも、5万以下であっても化膿性関節炎は否定できないですし、3分の1のケースではそれより少ないのです。外科的なドレナージも必要で、ドレナージ・チューブの留置、洗浄が通常は推奨されます。細菌が作る酵素や毒素により軟骨などの軟部組織が破壊されてしまうからで、機能予後に影響するためです。ベッドサイドのドレナージと手術室でのそれの、臨床的なアウトカムの差は、岩田が知るかぎりは吟味されていません。
関節穿刺液は必ず培養に出してください。グラム染色もお願いしましょう。原因菌として多いのは黄色ブドウ球菌、連鎖球菌(肺炎球菌含む)などのグラム陽性菌が多いですが、淋菌も原因になりますし(性感染症)、腸管内のグラム陰性菌も1割くらいの原因となります。結核や鼠毒(Streptobacillus moniliformis)も、まれな、しかし日本にまだある関節炎の原因です。これも日本で報告されましたが、Whipple病(Tropheryma whipelii)も吸収不全を伴う関節炎の原因になります。小児ではインフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)やKingella kingaeが特にリスクとなります。こういうマニアックな細菌についていちいち知っておく必要はありません。感染症屋と協力して、外科的、内科的に治療をしていくのが肝心です。なお、淋菌は関節穿刺液培養では陰性になることが多く、生殖器や尿道、咽頭培養や遺伝子検査で診断します。咽頭検査が可能な遺伝子検査と、やってはいけない(他のナイセリアを間違えて見つけてしまう)検査もありますので、こういうヤヤコしい話も感染症屋に全部押し付けてしまうのがよいでしょう。ライム病も日本で見逃されやすい病気ですが、これは培養で生えないので、特殊な検査が必要です。
血流感染が多いので、必ず血液培養2セットはとりましょう。ブドウ球菌や淋菌などでは心内膜炎の合併を検討することもあります。これも感染症屋と相談して、それぞれの専門性を活かして役割分担するのがよいでしょう。
エンピリック治療は患者の重症度やグラム染色所見にもよります。グラム陽性菌が見えたらバンコマイシン、グラム陰性桿菌ならゾシンやメロペンなどから始め、培養結果を待ってもよいでしょう。淋菌を疑ったら(ロセフィン(セフトリアキソンあたりから初めてもよいでしょう。近年セフェム耐性の淋菌も増えていますが、それでも大多数の日本の淋菌なら大丈夫です(田中正利ら.日本全国から分離された淋菌の抗菌薬感受性に関する調査. 感染症学誌. 2011; 85:360-365)。海外からの輸入例では?これはやっぱり感染症屋コールが望ましいでしょう。治療期間は通常4~6週間です。CRP陰性になっても抗菌薬を中途半端に止めてはいけません。
化膿性滑液包炎(septic bursitis)
人体には150以上の滑液包があります。滑液包炎は非感染性のこともありますが、急性に発症したときは感染性の化膿性滑液包炎を考えます。外傷後が特に多いです。肘頭や膝蓋前皮下包などがよく感染します。
大事なのは、皮膚、皮下の蜂窩織炎と化膿性関節炎など近くにあるものとの峻別をすることです。他覚的可動域制限があれば関節炎を考え、それがなければ滑液包炎を考えます、、、がこんなの釈迦に説法ですよね。難しいときはMRIなど画像検査で峻別します。基本的に、化膿性滑液包炎の予後はよく、1~2週間程度の抗菌薬でよくなります。セファゾリンとかがファーストチョイスになることが多く、よくならない場合は穿刺、培養などのさらなるワークアップをします。関節炎と異なり、ドレナージは必須ではありません。
腱滑膜炎(tenosynovitis)
滑液鞘と腱に感染を起こすのが、腱滑膜炎ですが、テノシノバイティスという呼称の方が岩田にはすっきり来ます。通常は屈側に起きることが多く、要するに前腕の手のひら側、、、に炎症が起きます。
滑液鞘はばい菌のよい通り道になりますから、感染が起きると一気に手から肘へと炎症が波及します。でも、伸側は全然問題なし、、、という片側だけ焼いた魚みたいな状態になります。丁寧に触診すれば、蜂窩織炎とかとは全然違うことがすぐに分かります。蜂窩織炎が前腕屈側「だけ」に起きるなんて、不自然ですからね。皮膚の炎症も蜂窩織炎ほど派手でないことが多いです。
内科医も、あるいは救急のドクターも整形外科の先生ほど手足の診察は得意ではありません(膠原病科の先生を除く)。「腕が腫れている」という雑駁な診察をしていると、テノシノバイティスは見逃します。丁寧に腕の「どこ」が侵されているか、一所懸命診察します。
テノシノバイティスは怪我した、噛まれた、刺された、、みたいなエピソードを持つことが多いです。釣り針が刺さったとか、とげが刺さったとか。麻薬注射なんかもきっかけになります。
原因菌は整形外科領域にはおなじみのブドウ球菌や連鎖球菌が多いですが、「人に噛まれた」ときのEikinella corrodens(心内膜炎の原因としても有名)、Peptostreptococcus, Veillonella, Fusobacteriumといった嫌気性菌もしばしば原因になります。犬やネコに噛まれたら、Pasteurella multocidaやCapnocytophaga, Pseudomonasなどいろいろな菌が想定できます。Mycobacterium marinum, M. abscessusなどの抗酸菌も時々見ますね。
治療はアンピシリン・スルバクタムのようなブドウ球菌、嫌気性菌をカバーするような抗菌薬療法ですが、もちろんこれは原因菌によります。長期投与がよいことが多いですね。
外科的介入を要するケースも多く、ここが炎症でガチガチになると手が動かなくなります。鞘の中の液がどのくらい混濁しているかによってリスクを分類する方法もありますが、まあこのへんは整形外科の先生のご判断、って感じです。
文献
Ross JJ. Septic arthritis. Infect Dis Clin N Am. 2005;19:799-817.
Small LN, and Ross JJ. Suppurative tenosynovitis and septic bursitis. Infect Dis Clin N Am. 2005;19:991-1005
コメントありがとうございます。ご指摘の通りで、この問題はケースバイケースです。もっというと、検査前確率がどのくらいか、リスクと利益はバランスがとれているかで、穿刺をするか、回避するかを決めます。
投稿情報: georgebest1969 | 2015/05/01 14:14
しがない放射線科医をしているものです。直接治療に関わることは少ないのですが、普段から先生のご本で色々勉強をさせていただいております。
今回、化膿性関節炎における関節穿刺の適応について質問させていただきたく、コメントさせていただきました。
先日、MRIで化膿性関節炎を疑い関節穿刺を推奨したところ、整形外科医より穿刺経路に蜂窩織炎が疑われるので穿刺適応外と判断された症例を経験いたしました(確かに穿刺経路に軟部組織炎症を疑う画像上の変化がありました)。
関節穿刺の禁忌として、一般的に穿刺経路の感染症があることは小生も把握しております。
ただ、化膿性関節炎が画像上周囲の筋炎や蜂窩織炎を伴っている確率は非常に高い印象で(Skeltal Radiol(2012)41:1509-1516など)、穿刺経路に炎症が疑われるため穿刺できないのであれば、穿刺前に画像検査にまわってきた場合多くの症例で「穿刺は非推奨」とコメントしなくてはならないと思った次第です。
個人的に色々調べてみたのですが、穿刺経路の炎症を伴う化膿性関節炎疑いに対する関節穿刺の是非についての記載はほとんどなく、先生のご意見を伺わせていただければと思い、コメントさせていただきたました。
また、画像検査なしに関節穿刺を行っている場合、存在する軟部組織感染症に気づかず穿刺しまってるケースも比較的多く存在するのではと思いますが(USでは分からずMRIではわかるような症例など)、そのこと自体が診断や治療に実際に大きな影響を来すものなのでしょうか。
実際にはケースバイケースかと思いますが、お時間あるときにお答えいただけますと、幸いです。
投稿情報: TaK | 2015/04/29 12:10