シリーズ 外科医のための感染症 12. 術後下痢症の診断と治療
抗菌薬関連下痢症とは
抗菌薬関連下痢症(antibiotic-associated diarrhea)は抗菌薬によって起こされる下痢、と定義されます。そのまんまやん。
特に有名なのが偽膜性腸炎で、Clostridium difficileが原因になります。最近ではC. difficile disease, CDIと呼ぶのが流行りです。まあ、偽膜がないこともあるやん、下痢がでないこともあるねん、というのが名称変更の「言い訳」です。どんどん名称を変えて周りを煙にまき、自分を偉く見せようというのが、感染症屋の悲しい性です。
他にもアモキシシリンなどを使って発生する出血性腸炎があり、これはKlebsiella oxytocaが原因となります。比較的珍しいですが、ときどき見ます。
あと、抗菌薬そのものの副作用による下痢症があります。エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシンといったマクロライド系抗菌薬で多いです。
MRSA腸炎はどこへ行った?
ところで、80年代の終わりから90年代にかけて、主に外科病棟で「MRSA腸炎」なるものが多く見られました。術後の下痢症で便培養をとるとMRSAが見つかり、「MRSA腸炎」というわけです。
奇妙なことに、「MRSA腸炎」は日本でのみ多く報告され、海外ではその存在すら知られていませんでした。感染症の教科書にも「MRSA腸炎」なんて項目はありません。というか、ここ数年では日本でもその名前を聞くことは少なくなりました。いったいどうしたことでしょう。
「あれは、偽膜性腸炎を勘違いしたんだよ」という意見もあります。C. difficileは通常の便培養で生えにくい(だから、「難しい」という意味のdifficileというフランス語、もしくはラテン語が名前に入ってます)。抗菌薬を使うと腸内の菌は死滅してしまい、耐性菌のMRSAだけが残る。便培養で生える。だから「MRSA腸炎だ」と勘違いするわけです。「そこに菌がいる」ことと、「それが病気を起こしている」ことは同義ではありません。
「いいや、それでもMRSA腸炎はあるのだ」というガリレオみたいな意見もあります。感染症業界でもこの「あるなし論争」はときどき議論になりますが、地動説宜しく議論は平行線、水掛け論になっていました。とくに、アメリカでトレーニングを受けた医師は「あんなものないわい。だから日本の感染症は遅れてるんだ」と主張、バタ臭い医療を嫌う「ここは日本だ」論者は、「アメリカではでは、言うな、出羽の海」とお互い感情論になり、MRSA腸炎「あるなし」論争は、代理日米感染症紛争の様相を呈してきたのでした。
で、イラチなぼくは水掛け論が大嫌いですので、「決着ついてないことは、調べればいいやん」というわけで、やりました、システマティック・レビュー。MRSA腸炎と名がつく論文は片っ端から調べ、その存在の有無を吟味したのです。
結果は、「おそらく抗菌薬関連下痢症としてのMRSA腸炎は、おそらく存在する。しかし、日本からの症例報告のほとんどは、たぶんガセ」という喧嘩両成敗的なものでした(Iwata K et al. A systematic review for pursuing the presence of antibiotic associated enterocolitis caused by methicillin resistant Staphylococcus aureus. BMC Infectious Diseases. 2014 May 9;14(1):247)。
2千近くの英文、和文の論文をかき集めてきたのですが、CDIを除外していた論文はたったの45だけ。「これはMRSA腸炎としか呼びようがない」と確定できる論文は、ゼロ。ただ、状況証拠的には「ないと言い切るのはちょっと無理を感じるな」という感じでした。
MRSA腸炎は(たぶん)ある。でも、極めてまれで、日本の報告のほとんどは、たぶんガセ、、、というのがぼくの結論です。80年代から90年代には術後に経口セフェムがだされることが多かったので、そのために起きたCDIを誤診したものが大多数だったのでしょう。
CDIとは何か
で、代わりに出てきたのがCDIです。多剤耐性菌のC. difficileが毒素A, Bを出して腸炎を起こすのです。昔はクリンダマイシン(ダラシン)がリスクといわれましたが、他にもキノロン製剤、それから3世代セフェムもリスクになります。術後に3世代セフェムの経口薬を飲ませて、、、が問題なのは、そのためです。
日本ではCDIは少ない(3.11例/1万患者日)ことを示唆する報告が札幌の病院からなされています(Honda H et al. Incidence and mortality associated with Clostridium difficile infection at a Japanese tertiary care center. Anaerobe. 2014 Feb;25:5–10)。もっとも、これは施設依存性があるので、他の施設でもそうだかは調べてみる必要があります。なぜ、日本でCDIが少ないのかについてははっきり分かっていません。
C. difficileを持っていても無症状な入院患者は半数以上います。それと、1歳以下の乳児では毒素のレセプターを持っていないため、基本CDIにはなりません。
どうやって診断するのか
前述のように、C. difficileは特殊な培養をしないと生えないので、一般的には培養検査で診断はしません。大学病院などでは特殊培地を使った培養も可能ですが、「菌の存在は病気の存在とは同義ではない」ため、C. difficileという「菌の存在」だけではCDIと診断できません。MRSA腸炎騒ぎの二の舞を踏んではいけないのです。「原則として」入院患者の便培養は不要です。検査技師さんが困るだけなので、出すのはやめましょう。
そんなわけで、通常はトキシン・アッセイでC. diffiileが作る毒素を検出して診断します。昔はC.D.チェック・D-1という名のGDH(glutamate dehydrogenase)アッセイを用いていましたが、こちらは感度、特異度両方に問題があり、イケテナイ検査でした。ところが最近、検出感度を高めた「新しい」GDHアッセイが加わり、トキシン・アッセイといっしょにできるようになりました。トキシンも最初は毒素Aだけしか測れなかったのですが、毒素Bも検出できるようになり、感度はどんどん高くなっています。
ただし、GDH陽性、トキシンAB陰性のようにややこしいケースもあります。GDHは菌の存在を示唆しますが、「病気の存在」と同義かどうかは分からない。トキシン・アッセイは感度が100%ではないので偽陰性のリスクがあります。こういうときは「臨床診断」しかありません。今後は毒素のPCRなどが現場に入ってくる可能性があります。
ちなみに、感染管理についても同様です。CDIと診断したからには接触感染予防策、個室管理など適切な感染対策が必要になります。ここでも「臨床判断」が大事です。「マニュアルに書いてないから」と書類にこき使われてはいけません。マニュアルは人間の下位概念であり、その逆ではないのです!
治療はバンコマイシンでいいの?
昔はバンコマイシンでした。今では「経口メトロニダゾール」です。
メトロニダゾール(フラジール)は長いこと、「トリコモナス膣炎」にしか適応がなく、ぼくら感染症屋を憤慨させてきました。本当はアメーバとか各種嫌気性菌など、いろいろなものに使えるのにい!近年、感染症関連の行政部門が飛躍的に改善しており、「(偽膜性腸炎を含む)感染性腸炎」にも使用可能になりました。
フラジール(メトロニダゾール) 250mg 1日4回、あるいは500mg 1日3回を10~14日
で治療します。海外のガイドラインでは、中等症、重症のCDIでバンコマイシンが第一選択肢ですが、これはフラジール耐性菌、不応菌が増えたためです。幸か不幸か日本ではフラジールをトリコモナスにしか使えなかったため、現段階では治療失敗例はアメリカやカナダほどではありません。さあ、みなさん大きな声で、「ここは日本だ!」
それでも治療が上手くいかないときは、経口バンコマイシン散を用います。
バンコマイシン 125mg 1日4回を10~14日間
ただし、「一回治って再発」の場合は、同じフラジールを繰り返します。
それでも上手くいかないときは、、、この場合は感染症屋をコンサルトするのがよいと思います。プロバイオティックはよく話題になりますが、現段階ではエビデンスに乏しく、お薦めされていません。
あと、「原因となる抗菌薬の中止」も忘れずに。これも大事です。
ところで、絶食患者のCDIはどうやって治療するのか、、これは頭の痛い悩みでした。海外では「当然のように」あったメトロニダゾール注射薬が日本では承認されていなかったからです。でも大丈夫。ようやく注射薬、承認されました(https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/48029/Default.aspx?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter&utm_campaign=mixonlinejp)。アネメトロって変な名前ですけど。厚労省偉い!PMDA偉い!とたまにはヨイショしときます。
やはり予防が大事
英国では、キノロンとセフェムの使用を制限し、感染管理を教化したおかげでCDIを6割減らすことに成功しました(Walker AS et al; Infections in Oxfordshire Research Database. Characterisation of Clostridium difficile hospital ward-based transmission using extensive epidemiological data and molecular typing, PLoS Medicine. 2012;9:1001172. http://www.plosmedicine.org/article/fetchObject.action?uri=info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pmed.1001172&representation=PDF Accessed April 30, 2014.)。院内ではキノロンとセフェムをなるたけ使わないことが重要です。
院内伝播も多いので、手指消毒の徹底も大事ですが、残念ながらCDにはアルコール製剤が有効ではありません。水と石鹸の古典的な手洗いが必要になります。
まとめ
・抗菌薬関連下痢症はどの抗菌薬でも起こりうる。治療はその抗菌薬の中止。
・MRSA腸炎はたぶんあるけど、まれ。
・CDIは日本では少ないみたい。
・院内の下痢には便培養は原則不要。トキシン・アッセイやGDHを活用して「臨床診断」
・治療はフラジールが第一選択
・やはり予防が大事。不要な抗菌薬をやめよう。
文献
相野田祐介. 院内における下痢症(Clostridium difficult腸炎) KANSEN JOURNAL No. 25 2011 http://www.theidaten.jp/journal_cont/20110303J-25-1.htm
Bartlett JG. C diff: An Update from the Expert. Medscape Internal Medicine. May 20 2014.
http://www.medscape.com/viewarticle/824937?nlid=57754_430&src=wnl_edit_medp_fmed&uac=46045PX&spon=34 (登録必要)
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