シリーズ 外科医のための感染症 10. 術後院内肺炎(HAP/VAP)の診断と治療
院内肺炎の診断は案外難しいです。外科的に言うと、「アッペ」に近いもののような気がします。プレゼンテーションにはバリエーションが多く、典型的なものばかりを想定していると痛い目に合います。院内肺炎が分かった、、と思うと分からなくなる。経験を積めば積むほど怖くなる。こういう「アッペ的」難しさが院内肺炎にはあります。
しかしながら、ぼくはここではすっきり、さっぱり、分かりやすい感染症の解説「だけ」を行おうと思っています。なので、難しい話はおいておいて、「分かりやすい部分」だけに限定して説明しようと思います。分からないところは難しく議論、分かっているところはとことん分かりやすく、が学問の基本だと思います(多くはその逆を行くんですけど)。
化学性肺臓炎を認識する。
化学性肺臓炎(chemical pneumonitis)という概念があります。これは、感染症ではありません。食べ物などを誤嚥し、その化学的刺激で肺に炎症が起きます。熱が出て、咳が出て、肺に浸潤影が認められます。白血球もCRPも上がります。
ええ?それじゃ肺炎「そのもの」じゃない。化学性肺臓炎なんて診断できないよ。
いえいえ、そんなことはないんです。やはり大事なのは病歴だよ、ドクターG。初歩的なことだよ、ワトソン君。久しぶりだね、ヤマトの諸君。
化学性肺臓炎では、わりと「露骨な」誤嚥のエピソードがあります。ご飯食べさせていて、「露骨に」むせて、誤嚥した。エンシュア入れてて、「露骨に」誤嚥した。吸引したらご飯やエンシュアが引ける、、、、
こういう「露骨な」誤嚥の場合は、化学性肺臓炎の可能性が高いのです。感染症ではないので抗菌薬は要りません。1、2日様子を見ていれば自然に治り、熱は下がり、酸素化はよくなります。白血球やCRPも下がります。
ということはですね、「本当の」感染症としての誤嚥性肺炎はむしろ「露骨な」誤嚥はないものなんです。誤嚥性肺炎は大抵、「マイクロアスピレーション」といって、口腔内の菌がちょろちょろと少しずつ下気道に落ちていって、それが下気道で感染を成立させるんです。
院内の患者さんの口腔内常在菌は院内のグラム陰性菌など、、、たいていは耐性菌、、、に置き換えられています。そういうものが「院内の」誤嚥性肺炎の原因になります。術後の肺炎はたいていそうです。
市中の誤嚥性肺炎は口腔内の連鎖球菌や嫌気性菌を狙ってクリンダマイシンなどが用いられます。しかし、術後の誤嚥性肺炎は耐性菌もカバーすべく、ゾシンなど広域抗菌薬を用いることが多いです。もちろん「ワークアップの3点セット」は忘れずに。あとでde-escalationを狙いにいきます。
挿管されている患者であれば、グラム染色でけっこう当たりをつけることもできますが、そこまでマニアックなことを外科の先生がする必要はないでしょう。MRSA肺炎など「やや」特殊な肺炎が心配なら、感染症屋を呼んで「染めといて」と上から目線で頼んどいてください。我々はホイホイ言ってやりますよ。よっ、待ってました、染物屋。
このことは何を意味するかというとですね。術後の肺炎においては、普通の院内肺炎と、誤嚥性肺炎を区別する必要はないってことです。だって、治療法はいっしょですからね。もちろん、繰り返す誤嚥性肺炎の場合は嚥下機能の評価など、ロングタームのケアは必要になりますが、「差し当たって」行うアクションはおんなじです。
肺炎の治療期間は原則7日間です。MRSA、緑膿菌、アシネトバクター、ステノトロフォモナスなど特殊な菌が原因のときは14日間くらい行きます。挿管されているときの肺炎をventilator-associated pneumonia, VAPといいますが、そちらも診断、治療のプロセスはおんなじです。培養結果を見てのde-escalationもお忘れなく。
MRSA肺炎はまれなのか
ときどき、「日本にはMRSA肺炎はない」という意見を聞きます。本当でしょうか。
本当だ、ともそうでない、とも言えると思います。まあ、施設によって違うでしょう。
神戸大学病院で、「質の良い喀痰」で診断された人限定の後ろ向き研究では、実はMRSAが最大の原因菌でした(Iwata K et al. Hospital-acquired pneumonia in Japan may have a better mortality profile than HAP in the United States: a retrospective study. Journal of Infection and Chemotherapy: [Internet]. 2012 Apr 11 [cited 2012 Apr 20]; Available from: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22491995)。異なる結果を示す研究もありますが、喀痰の質が問題です。「つば」の培養結果は肺炎の原因を反映させませんから。
まあ、大学病院というのは特殊な場所なので、これを一般化しようとは思いません。でも、少なくとも日本ではMRSA肺炎はない、とかまれだ、ということは必ずしもあたっていないと思います。それは、「一羽でも白いカラスを見つければ、カラスの羽は黒い、を反証できる」カール・ポパーの反証主義に合致しているのです。
というわけで、院内肺炎の治療ではゾシンとかメロペンとかでよかったよかった、、、としてしまってはいけません。MRSAを必ずカバーする必要はありませんが、その可能性は頭のどこかにおいておく必要があります。ちなみに、ダプトマイシンはMRSA肺炎にはつけませんからね(サーファクタントで失活するから)。お気をつけて。
感染症以外も考えよう
とくに重要なのは心不全、肺塞栓、ARDSです。
心不全と肺炎の区別はとても難しいです。心不全でも(初期には)熱が出ますし、CRPも上がります。高齢者では拡張不全を持つ患者が多いので、心エコーで駆出率(EF)がよくっても心不全は否定できません。レントゲンやCTでも肺炎と心不全を峻別するのはしばしば困難です。というか、心不全が肺炎で増悪、とか心不全持ちが肺炎発症、みたいに「両方持ってる」患者も少なくありません。心不全も肺炎も非常にコモンな問題ですが、昔からこの二つは悩ましく、今でも悩ましいんです。
CRPもプロカルシトニンも感度、特異度には問題があり、両者でもって肺炎や心不全の全肯定、全否定するのは危険です。やはり臨床診断が大事ってことになり、CRPやプロカルシトニンを鵜呑みにするのはよくありません。これらを全否定する必要もありませんが。
CRPもプロカルシトニンも量的な概念なので、陽性か陰性か、ではなく「どのくらい高いか」が重要です。感染症屋はCRPにべったり依存して診断や治療に失敗する「とほほな」症例をたくさん経験しているので、どうしてもCRPには反感を抱きがちです。CRPが1から2になったので、フロモックスをアベロックスにしました、なんて話を聞くとたいていの感染症屋の各静脈は怒張し、アドレナリンが一桁上がり、直情派は「バカヤロー」の「バ」の口になるのを懸命に抑え、皮肉屋は肩をすくめて「やれやれだぜ」と言います。
しかし、いくら感染症屋がCRPダメだコリャ、なエピソードのシャワーを浴びていたとしても、「CRPが33です」と言われて、「そんなのに振り回されちゃいかん」というわけにはいきません。33は異常ですよ。思いっきり異常。
だから、CRPの3と33は全然違う、、、そこは程度問題なんだよ、という理解が大事です。言われてみればアッタリマエの話です。「外傷」といっても指のかすり傷と重症の多発外傷をいっしょにするアホウはいないのと、おんなじです。
CRPが33でそれを無視する感染症屋は、一種の原理主義に陥っていて、臨床的には危険です。ただ、CRPが33で頭真っ白になってしまう感染症屋もやはりナイーヴに過ぎるというものです。そこはクールに、「なぜCRPがそんなに高いのか」と考えることが必要になります。CRPが33、は治療薬について何も情報を教えてくれないのですから。もっと情報が必要だ、という意味に過ぎないのですから。
そこに心臓が止まっている患者がいる場合、心臓は「動かす」以外の選択肢はありません。心筋梗塞が原因であれ、出血が原因であれ、感染症が原因であれ。でも、CRPが33のときは慌ててとるべき「ひとつのアクション」はありません。抗菌薬を使うかどうかも必定ではありません。それが実は血管炎だった、、、というエピソードもよく経験するところです。
閑話休題、心不全の話に戻りましょう。
血液検査や画像で心不全と肺炎を峻別するのは難しいです。身体診察もICUになるとぱっとしないことも多く、「IVCの張りや呼吸性変動」「頸静脈の怒張」なども、人工呼吸器の陽圧など干渉するものが多くて決め手になりづらいです。何よりも、心不全の存在は、肺炎の非存在を証明するものではありません。両者が併存している可能性が、この問題をややこしくしています。
挿管されている患者で、肺炎と心不全問題で一番役に立つのは、喀痰です。肉眼的な見え方、顕微鏡的な見え方が心不全と肺炎では全然違うからです。しゃばしゃばな心不全、べっとり膿性な肺炎、、、ここが区別の最大のポイントだとぼくは思います。看護師さんに「数日の喀痰の量や性状の変化」を聞くのも効果的です。時間経過は、とても大切です。
それでもどうしても分からないときは、心不全も肺炎も両方治療、ということになります。こういうケースも多いです。
肺塞栓もやっかいです。これも酸素化が悪くなり、熱が出て頻脈があります。露骨な肺塞栓なら心エコーで分かりますが、露骨でないのは分かりません。造影CTの出番となりますが、ICUの患者の造影CTは簡単にできるとは限らない、、、、
肺野に陰影がない突然発症の低酸素血症なら「かなり」肺塞栓(PE)を疑いますが、ICUの患者さんで「肺野に影のない」患者は少数派に属します。肺塞栓そのものも胸水の原因(多くは漏出性)になりますから、レントゲンは白くなること多いです。とにかくこれは積極的に疑い、積極的に探しにいくことが大事です。予後は悪く、治療法は全然違うのですから。
ARDS(急性呼吸促迫症候群)は、「意外に」診断は簡単です。
繰り返しますが、細菌感染症は「よくなるか、悪くなるか」です。肺炎も同様で、よくなるか、悪くなるか。
しかも、細菌感染症や全パラメターが「よくなるか、悪くなるか」です。熱が下がり、脈拍が落ち着き、呼吸状態がよくなり、意識状態が改善します。
ただし、画像は水や線維化など変化しにくいものが影響しますから、改善にはタイムラグが生じます。肺炎の評価に「画像」はあまり使わない方がよいのは、そのためです。ぼくは肺炎のフォローで基本、画像はとりません。よくなっているときは、まずとらない。必要ないからです。
ところが、血圧、脈拍、意識状態、血液検査などが全部良くなり、解熱している肺炎患者なのに呼吸状態だけが悪いままの患者がいます。痰のグラム染色をすると、ちゃんと菌は見えなくなっている。抗菌薬は効いているはずだ。いったいどうして?
とこういう場合は大抵ARDSを合併しています。呼吸状態だけ、改善のパラメターの方向が「噛み合っていない」のです。
ちなみに、この「噛み合っていない」は他の合併症を吟味するのにも有用です。熱「だけ」が下がらない、、、は感染症治療失敗ではなく、薬剤熱など他の合併症の存在を示唆します。血圧「だけ」が上がらないは感染症治療失敗ではなく、出血、脱水、副腎不全などを示唆します。白血球「だけ」が上がりっ放しは、感染症治療失敗ではなく、類白血病反応という「経過観察でよい」現象の可能性が高いです。
繰り返します。細菌感染症は「よくなるか、悪くなるか」です。ぜーんぶ、よくなるか、悪くなるか、です。これが噛み合ない時に行うべきは、「感染症以外の問題の吟味」です。やってはいけないのは、「抗菌薬を替えること」でしたね。
一番よい選択は?我々感染症屋を呼ぶことです。ぼくらは微生物屋ではありません。感染症屋です。感染症とそれにまつわるトラブルシューティングのプロです。感染症にまつわる、感染症でない問題についても、当然熟知しているのです。
蛇足ですが、ARDSに対するシベレスタット(エラスポール)については、その無効性を示すメタ分析を岩田たちがやっています。「いや、日本人には効くんだよ」という国粋派のために日本人だけのサブ解析をやりましたが、結果は同じでした。ARDSにエラスポールは効かない、が岩田の結論です(Iwata K et al. Effect of neutrophil elastase inhibitor (sivelestat sodium) in the treatment of acute lung injury (ALI) and acute respiratory distress syndrome (ARDS): a systematic review and meta-analysis. Intern Med. 2010;49(22):2423–32)。
まとめ
・まずは、化学性肺臓炎を除外しよう
・MRSA肺炎はまれというわけでもない
・心不全や肺塞栓をわすれないで
・感染症は「よくなるか、悪くなるか」。噛み合ないときは感染症以外を考えよう
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