シリーズ 外科医のための感染症 11. 術後院内尿路感染の診断と治療
さあ、病院内感染で一番多いのは、尿路感染(UTI)です。どの科の先生にとっても避けて通れない問題、UTI、きちんとマスターしておきましょう。
意外に難しい、UTI
尿路感染なんて簡単さ、と思われがちですが、意外に難しいものです。
まず、検査の特異度がぱっとしない。白血球尿、細菌尿があっても尿路感染じゃないことはしょっちゅうです。特に入院患者さんはそうですね。
まあ、もっとも検査の「感度」は悪くないので、白血球尿も細菌尿もなければ、尿路感染はまず否定できます。少なくとも外科系の患者であればそうです(血液内科病棟とかだと、こうもいかないことはあります)。
尿培養のカットオフ値は諸説あります。ので、あまり気にしないでください。10の3乗でも、4乗でも、5乗でも尿路感染のこともあるし、そうでないこともあります。
とくに糖尿病の患者さんだと、膀胱に細菌をくっつけていることが多いです。これを「無症候性細菌尿」といいます。そこに細菌がいるだけで、感染症ではないですから、別に治療は必要ありません。もっとも妊婦や、泌尿器科の手術の前にはこれを「除菌」する必要がありますが。
まとめますと、発熱患者で白血球尿や細菌尿があり、他の原因が除外されたら、「まあ、UTIかな〜」って感じです。肋骨椎骨角(CVA)の圧痛とかはあれば気になりますが、ないことも多いです。尿路感染かな〜と思っていたら、実は胆嚢炎だった、なんてことも珍しくありません。右のCVAを叩くと、前の胆嚢に響くから「イタかった」というわけ。
尿路感染症の約半数では血培陽性になりますから、当然血培2セットは「常識」です。尿培養が陽性でも尿路感染とは限りませんが、血液から同じ菌が生えてくれば、もうかなりの確率で尿路感染です(これも例外はあるけど、マニアックに過ぎるので放っときましょう)。
尿検査と尿培養は「もちろん」必須です。夜間でも冷蔵庫など活用して検体はとりましょう、という話はしました。「臨床診断で尿検査、尿培養なしで尿路感染症治療してます」という驚異的なプラクティスを時々見ますが、そのくせ実は椎体炎だったリします(実話)。気をつけましょう。
基本的には単一菌。嫌気カバーは要らない
原則、尿路感染は一つの菌による単一菌感染で、最大の原因は大腸菌です。嫌気性菌が原因となるのはとてもまれで、従って嫌気カバーは要りません。血液培養から複数菌や嫌気性菌が検出されたときは、たぶん尿路感染ではありません。他の原因、例えば胆道感染などを探した方がよいです(複数菌による尿路感染は存在しますが、マニアックな感染症屋の守備範囲です)。
つまり、基本的には、メロペンのようなカルバペネムやゾシンは使う必要はないってことです。「尿路感染疑って、ゾシン入れときました」なんてうちの後期研修医(フェロー)が言おうものなら、岩田の水平チョップが飛んできます。
これは病院のアンチバイオグラムにもよりますが、神戸大病院感染症内科が推奨する院内UTIのエンピリックな治療はモダシンとかセフェピムとかのセフェムになります。で、原因菌が判明したらde-escalationします。セファゾリンとかビクシリンで治療できるケースも多いですよ。
尿路感染では大腸菌やクレブシエラなどグラム陰性菌が原因ですが、腸球菌もたまに尿路感染を起こします。ブドウ球菌は基本UTIは起こさないと思ってください。カンジダも同様。こういう菌が尿から見つかることは多いですが、原則無視、、、「そこにいるだけ」と思ってください。ただし、患者に原因不明の熱があったりしたら、「まれな現象」が起きているかもしれません。そういうときは、感染症屋を呼んでください。
治療は原則2週間
キノロンであれば、治療は1週間でもOKで、入院期間を短くするのに命をかけているアメリカだったらこれでいくでしょう。でも、すでに述べたようにキノロンの使い過ぎはいろいろ問題なので、ここは2週間の治療を行うのが原則です。WJカテーテルが入っているなど、「特殊な事情」がある患者さんでは治療期間を延ばします。
治療がうまくいかないときは
UTIは通常、3日くらいは熱が下がりません。熱が下がらない、CRPが下がらない、で「治療失敗」と勘違いし、別の抗菌薬に替えないことが肝心です。4日経っても熱が下がらないときは?このときは、「診断の間違い」をチェックしつつ、造影CTなどで腎膿瘍形成の有無を確認します。わりと多い合併症です。ドレナージにより治療します。もちろん、ここでも「抗菌薬を替える」はご法度です。
尿カテーテルは要るのか?
ここでも「予防は治療に勝る」です。
尿カテーテルが1日挿入されていると、尿路感染症のリスクは3%増します。10日で30%、1ヶ月でほぼ100%のリスクになります。1日3%のアブソルート・リスクですよ。関西の悪質な街金でもこんなにとりません。
逆に言えば、1日でも早く尿カテーテルを抜去すれば、その分3%もUTIのリスクを減らしてくれます。毎日必ずチェックしましょう。カテーテルを抜去するチャンスはないか、と。
そもそも、みなさん、自分の尿路にカテーテルぶち込まれている姿、想像できます?自分のおしっこが周囲の目にさらされているような状況は?このような一般社会では明らかに「異常」な状況が、医療界では常態化しています。ぼくらはみんな、麻痺しているんです。一般社会ではぼくらの常識は明らかに「非常識」です。尿カテーテルは「入っていない」のが「普通」です。「入っている」のが「普通」の病院は異常です。入院患者で、尿カテーテルが必要ない人はたくさんいます。毎日3%。ここに医療安全の大きな介入ポイントがあります。PDCAサイクルぐるぐる回すより、会議で時間を浪費するより、毎日全ての患者の尿カテーテルの必要性をチェックするほうが、病院内の患者の安全に寄与することは大きい、と考える岩田でした。
まとめ
・尿路感染は意外に難しい
・嫌気カバーは原則不要
・熱は3日くらいは下がらなくてもOK。それ以上続くときはCTを。「抗菌薬を替える」はご法度
・尿カテーテルは1日でも早く抜去
ゾシンの感受性を保つためにピペラシリンを使うよりはモダシンなど方がよいのですね。
ありがとうございました。
投稿情報: ren1222 | 2014/06/09 13:58
院内のアンチバイオグラムにもよりますが、ピペラシリンも「あり」だと思います。でも、ゾシンの有効活用を考えるとあえて使うかなあ、という感じです。
投稿情報: georgebest1969 | 2014/06/07 05:02
岩田先生
質問させてください。先日末期の卵巣癌の方で突然発熱した患者さんがいて、理学所見で明らかな感染源が予想できなかったために尿のGram染色をしたところ陰性桿菌を多数認めました。一見すると大腸菌のように見えましたが、万一違っていたら大変と考えて自分なりに悩んでピペラシリンを選択しました。
先生は院内UTIのエンピリックな治療はモダシンとかセフェピムとかのセフェムと記されてますが、ピペラシリンはいかがでしょうか、上記に比べてこの点で劣るといったことがあればご教授ください。
投稿情報: ren1222 | 2014/06/07 01:31