シリーズ 外科医のための感染症 9. カテ感染(CRBSI)の診断と治療
さあ、これも病棟ではコモンなカテ感染です。一回理解しておけばあとは簡単。どんどん行きましょう。
カテ感染は、カテ感染ではない
いきなり、禅問答かよ。いやいや、これから説明しますからもう少しお付き合いください。
俗に「カテ感染」と呼ばれますが、本名を「カテーテル関連血流感染」と申します。英語ではcatheter related bloodstream infectionといい、略してCRBSI(しーあーるびーえすあい)と呼びます。
つまり、「カテーテルに関連した」「血流感染」、、、要するにカテ感染の正体は、「菌血症」ってことです。
カテーテルは感染のきっかけに過ぎません。だから、そこに感染は存在しないのです。「カテ感染は、カテ感染ではない」と申し上げたのはそのためです。
よって、カテの刺入部に炎症所見がある必要はありません。実は、CRBSI患者の9割では刺入部の所見が皆無です。もちろん、刺入部に炎症所見があればカテ感染を強く示唆しますが、所見がなくてもカテ感染は全然否定できないってことです。
では、どうやってCRBSIを診断すればよいのか。
簡単です。「血流感染」なんですから、検査すべきは「血液」です。
そう、血液培養です。
血液培養は必ず2セットとります。カテーテル採血は、カテの内腔についている菌と区別できないので、できるだけとらない方がよいです。どうしても、という場合は1セットをカテーテルから、もう1セットを皮膚からとります。カテ感染があれば、カテーテル側の血液培養のほうが数時間早く陽性になります。そうそう、もちろん血培2セットは「常識」ですよね(きっぱり)。
カテーテルは原則抜去した方がよいです。そのとき、カテ先培養は出さないこと。
カテ先培養は、小手先培養
なのでした。
治療は取りあえず、カルバペネム?
これもよく見る失敗のパターン。「とりあえずビール」はよいですが、「とりあえずカルバペネム」は困ります。
カテ感染の場合、最大の原因菌は耐性ブドウ球菌であり、βラクタムは全滅のことが多いです。そこで、ファーストラインは
バンコマイシン 1g 12時間おき
ということになります。血液培養の結果を見て、de-escalationをします。
ただし、グラム陰性菌や真菌が原因になるときもあります。超重症患者であとがない、場合はちゃんと培養を取った後で、
バンコマイシン
メロペン
ミカファンギン
のような複数の抗菌薬を併用します。何でミカファンギンかというと、カンジダのほとんどはこれがカバーしますし、アムホテリシンBのような副作用のリスクが小さいからです。
原因菌にもよりますが、治療期間は2週間くらいのことが多いです(治療期間は患者や菌によってバリエーションが多くて一般化は困難です)。
やはり、予防が第一
さて、中心静脈ラインが原因のカテ感染は現在では「ほとんどゼロ」にできることが知られています。それは、
手指消毒の徹底
マキシマム・バリヤー・プレコーションの使用
クロルヘキシジンによる皮膚消毒
鼠径への刺入を行わない
カテーテルの必要性の毎日のチェックと不要なカテの迅速な抜去
の5つになります。これでカテ感染をほぼゼロにすることが可能になります。ICUのような重症患者がいる場所でも、そうです(Berenholtz SM et al. Eliminating catheter-related bloodstream infection in the intensive care unit. Critical Care Medicine 2004;32:2014-2020. Pronovost P et al. An intervention to decrease catheter-
related bloodstream infections in the ICU. N Engl J Med. 2006 Dec 28;355(26):2725-
2732)。
残念ながら日本では妥当な濃度のクロルヘキシジン製剤がないので、このうち4つしかできませんが、少なくとも4つはきちんとすべきです。
クロルヘキシジンの皮膚消毒の濃度は海外では2%が標準的で、1%も「まあ、いいんじゃない」と許容するむきもあります(例えば、CDCは許容しています)。また、0.5%はダメだという意見(CDCら)と「0.5%でもいい」という異論が併存しています。
岩田は一番エビデンスの質が高い「2%クロルヘキシジン推奨派」ですが、「1%でもカテ感染は減るというエビデンスがある」という「1%容認派」もいます。ただし、1%が2%と同等にカテ感染を減らすという質の高いエビデンスはありません。「よい」と「よりよい」の違いには注意が必要です。
まあ、無い袖は振れないので、日本の場合は1%のクロルヘキシジンで皮膚消毒をするしかないでしょう。
マキシマム・バリヤー・プレコーションとは、中心静脈ラインの挿入に清潔手袋、ガウン、帽子、そして患者全体をおおうドレープという、手術室内同様の対応を取ることです。最近では中心静脈ライン挿入専用室や超音波も整備も整ってきました。昔は闘牛士のハンカチ(?)みたいなドレープでちょいちょいと入れていました(ぼくも)が、これはもうご法度です。挿入部位は鎖骨下や頸静脈がオススメで、緊急的に大腿部に挿入した場合も患者の安定を待って入れ替えるのがよいとされています。
日本の医療者は手指消毒・手洗いはしていない。
日本人は清潔好きな民族だ、というのは幻想に過ぎません。日本人がその清潔感覚を発動させるのは、「目に見えている」汚れだけです。
日本の複数施設による(外科病棟を含む)病棟の直接観察による手指消毒遵守率は、平均値で医師では19%、ナースでは23%しかありませんでした(Sakihama T et al. Hand Hygiene Adherence Among Health Care Workers at Japanese Hospitals: A Multicenter Observational Study in Japan. J Patient Saf. 2014 Apr 8)。シカゴの前向き研究ではがんばっている施設で7割以上、、、、とくに頑張っていない施設ですら5割以上の遵守率でしたから、日本の手指消毒遵守率はめちゃくちゃに悪いんです。
手指消毒を含む標準予防策は「標準」と書かれているだけあって、すべての基本です。外科の先生は清潔、不潔の概念が内科医よりもしっかりしている印象が(ぼくのなかでは)ありますが、まだ病棟の中ではその「しっかり」が活かされていません。
トイレに行って用を足したら、トイレットペーパーを使います。「知識として」使う人はいません。疲れていた、といって使い忘れる人もいません。
患者を診る前と診た後の手指消毒も、「トイレに行ったらトイレットペーパー」くらい自分の身体に、そして生理に落とし込む必要があります。「手指消毒をしなければ」と考えているうちはだめです。自然に手がアルコール製剤のほうに向かうように、そこに手がいかないと「生理的に気持ち悪い」と感じるまで、反復練習をしましょう。
そもそも、ラインが要らない人はさっさと抜く
反復練習と言えば、これ。毎日の患者回診のとき、必ずくっついているデバイスは指差し確認しましょう。
ぼくは回診のとき、研修医に「このラインはなぜ入ってるの」「この尿カテーテルは必要なの」と細かく厳しく指摘しています(教授回診でこんなのやってるのは日本広しといえどもぼくだけですかね)。必然性のないデバイスは1日も早く抜去。これを毎日の習慣にします。これも考えてやっているうちはダメです。自転車のこぎ方やボールの蹴り方を「考えてやっている」うちはダメなように。感染症屋は、わりと体育会系です。
アミノ酸製剤にご用心
アミノ酸は栄養ですが、菌にとっても栄養です。Bacillusなどのカテ感染は、アミノ酸製剤で増える可能性が示唆されています(麻生恭代 et al. Bacillus cereus 血流感染における輸液製剤と環境因子の検討. 環境感染誌. vol. 12. 81-90. 2012)。
もともとTPNなども感染のリスクとして知られていました(だから、経腸栄養が優先されるわけです)。栄養が人間だけでなく微生物の増殖に貢献するのです。もっとも、TPNはどうしても必要な患者もいますから、これはリスクと利益のトレードオフになります。でも、ビーフリードやアミノフリードといったアミノ酸製剤はせいぜい数百キロカロリー提供できるのみで、栄養価としてはとても「中途半端」です。諸外国にはこのアミノ酸製剤がないことを考えると、その存在の必然性はちょっと疑問です。
ぼくは栄養学が専門ではないので、教科書を読んでアミノ酸製剤の医学的な意義を調べてみました。しかし、「アミノ酸製剤を含めること」という教条的な記載は良く見ますが、それが患者に何をもたらしてくれるのか、エビデンスレベルでは非常に弱いと思います。
感染症屋目線で言うと、アミノ酸製剤はリスクと利益のバランスが取れていません。本気で経静脈的に栄養を提供したいのなら、TPNを用いるべきです。口から提供できるのなら、経腸栄養を用いるべきです。アミノ酸製剤はどっちつかずのハンパなヤローです(失礼)。病棟でこれがぶら下がっている患者はたくさん見ますが、主治医に「どうしてアミノ酸製剤でないとダメなのか」と問い合わせても、だれもクリアな回答をくれません。「いつも使っているから」というのが最大の理由みたいです。
繰り返しますが、カテ感染は「ゼロにすべき」感染症です。カテーテルが入っていなければ、カテ感染は100%起こりえません。必要のないリスクを回避し、「入院患者には点滴を吊るしているもの」という前提を疑いましょう。
まとめ
・カテ感染は、カテ感染ではない
・血流感染だから、血液培養は必然。当然、2セット
・カテ先培養は、小手先培養
・ケアバンドルで、CRBSIはゼロを目指そう
・日本人は清潔好き、は幻想に過ぎない
・アミノ酸製剤にご用心
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