ネットで評判がよかったので購入。出張中に購読。
ぼくはもともと基礎医学者になりたかったし、一番最初に読んだ英語論文がマラリアの免疫、それからHIVだったので、久しぶりにこういう基礎医学的な本を読むのはとても楽しかった。普段聞き慣れない話だし、ぶっちゃけ、日常診療的には直接有用な情報ではないが、こういう勉強をしておくことは、間接的な滋養になるとは思っている。マニアックなCROIのプレゼンを聞いていても(今、ボストンです)、その思いを新たにした。GASの病態生理についてはIDフェロー1年目にかなり精緻にレビューしたこともあり、懐かしく読みなおした。HIVのアクセサリータンパク、赤痢菌発見時の志賀潔のコメントなど、本当によく調べているなあ、と思う。コレラについてもファーマーの翻訳をやったばかりなので興味深く読んだ。臨床屋、感染症屋もときにはこういう本を読むべきだと思う。
ゆえに、惜しい。ところどころに散見される記載が、執筆者に悪意はなかったんだろうけど、致命的な瑕疵をもたらしている。
例えば、84ページの鳥インフルエンザの感染から発症、治癒・重篤化の流れ。これをみると、オセルタミビルの早期投与をすると回復、治癒。しないとARDS、重篤化、死亡と読める。もちろん、臨床現場はそういうものではない。このへんの「センス」が臨床屋の目からは、致命的である。
また、91ページ。「日本のHIV感染はほぼ横ばい」。横ばいでは、もちろんない。新規感染者数が一定なだけだ。患者はどんどん増え続けている。外来の患者は増え続け、新規患者が紹介され続けている。こういう不用意な言葉は、使ってほしくない、ほんと。
あるいは、肺炎球菌による髄膜炎166ページにはペニシリンGの投与、回復・治癒、と書いてある。抗菌薬は回復・治癒を保証しない、という点で、そして「髄膜炎」にはペニシリンは必ずしも適切ではない、という点でもこのアルゴリズムは不適切であり、臨床屋の神経を逆なでする。まあ、ぼくはちょこっと、むっとしました。
薬剤耐性菌感染症のほとんどはMRSAに起因している(207p)、というコメントも、JANISのデータの誤読であり、「そうじゃないでしょ」と思ってしまう。MRSAとPRSPとMDRPとVREを直接比較しても、意味ないんだって、、、、
ワクチンについても、日本の行政上の対策について非常に甘いコメントが続くのも、問題だ(Hib、麻疹、風疹のところを読めば、その「無神経さ」ははっきり分かる)。髄膜炎菌の章が「肺炎球菌」とタイトルづけられている不注意も(これは編集の問題だと思うけど)、ちょっとイラ、である。
数字は、データは、そこにあるのだが、こういう無神経な表現を不用意に用いてしまうところが、日本の感染症界において、基礎と臨床のクロストークが不十分であることを象徴しているとぼくは思う。本書も臨床屋の監修があれば、こういう不注意は避けられたと思う。
日本の微生物学研究レベルは高い、とぼくは思う。本書でもDTaPの開発や北里、志賀、秦らの功績が紹介されている。なのに、なぜ、今も麻疹がアウトブレイクを起こしたりするのであろうか。臨床屋の不明がそこに寄与しているのは間違いない。だから、我々、臨床屋に猛省すべき点は多い。が、本書に見られる基礎医学の直接的臨床アプリケーション、という悪癖もまた、そこに寄与している部分が大きいとぼくは思うのである。
淋菌の漢字の意味など、ぼくが普段興味を持っているような知性のアプリケーションは本書にあふれている。データも有用である。本書は一読の価値はある。であるからこそ、惜しい。増刷時には、いろいろ直していただけると嬉しい、というタイプの本である。
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