以下、序文を転載します。
内科系教科書の賞味期限はだいたい5,6年です。Antibiotic Basics for Clinicians原書版が出たのが2007年、日本語訳の「抗菌薬マスター戦略」が出たのが2008年です。そろそろ、バージョンアップの時期ということです。
本書は細菌学、薬理学(抗菌薬学)といった基礎医学的領域と、臨床医学(感染症学)がバランスよく融和されたとてもよい入門書です。
臨床感染症学の教科書では、抗菌薬の基礎的な知識を端折っていることが多いです。例えば、「なぜ」カルバペネムがこんなに広域なのか。なぜ第5世代のセフェムはMRSAにも効果があるのか。そんなことは、例えばサンフォード・ガイドには書いてありません。つまり、そういう知識はなくても、日常診療は可能なのです。
でも、「なぜ」という疑問を持つ姿勢は臨床医にとってとても重要です。頭痛に頭痛薬、不眠に睡眠薬ではなく、「なぜこの患者は頭を痛がっているのか」「なぜこの患者は眠れないのか」とさらに深く追求することで、患者の真の問題に迫ることが可能になります。「頭痛薬」では得られない真の回答、側頭動脈炎や髄膜炎や脳腫瘍の診断はそのようにしてもたらされます。「睡眠薬」では得られなかった患者の生活上の不安や、むずむず足症候群の存在が分かるかもしれません。
抗菌薬の構造式を暗記することに臨床上の意味はほとんどありません。でも、構造式のどこがこの抗菌薬のレゾンデートルになっているのか、追求する知的好奇心はメタなレベルで感染症診療の質を高めてくれるものと監訳者は思います。
本書はまた、臨床医学的なまなざしもきちんとカバーしています。「人間は試験管ではない」のです。だから、本書は教えてくれます。いくらin vitroで感受性があっても腸内細菌群にセフェムが使えない(こともある)と。非定型病原体にクリンダマイシンは「やめておけ」と。緑膿菌感染と分かっているのにピペラシリン・タゾバクタムを用いるのは臨床的に「無意味だ」と。
本書は、基礎医学的な知識が、単なる知的遊戯に終わらないよう、あくまで本書は臨床家に、臨床医にならんとする学生のために書かれた教科書なのです。
もちろん、臨床家とは医師だけではありません。看護師、薬剤師、検査技師たちにとっても本書は有用な教科書です。
本書の練習問題を、監訳者は医学部4年生の問題解決型実習などに用いています。そういう使い方もありますから、指導医の方はぜひご参照ください。ところどころにちりばめられた蘊蓄やユーモアも、本書を類書から区別させる、ある種の特別さを醸し出しています。
読者の皆さんが本書をいろいろな意味で楽しく読んでいただけますよう、お祈り申し上げます。
2013年12月 岩田健太郎
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